王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

2日目⑧

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日が暮れて、薄暗くなった部屋で

『ロイは、本当のロイは…もう死んでいるんじゃないかって…思うの。だってルシアンは、安定した国を作りの為に、自分以外のローラン王家の血筋はすべて始末するって言ってたのよ!だからロイも!ロイも…きっと。』

ジャスミンは両手で顔を覆い
『あの容姿、そして剣の使い手ならブラチフォード王になりたいと口にすれば、ルシアンを推す者が大勢いただろうに、いつも一歩控え国王や王太子を立てるその人柄を、このローラン国内でも誉めたたえる者は多かったわ。

そんなルシアンが、妃はひとりだと公言し、ローラン国の王になると話を聞いたとき、悪魔に魅入られたローラン王家に救世主が現れたと思った。
だから…だから【自分以外のローラン王家の血筋はすべて始末する。】とルシアンが言っていると聞いても信じられなくて、ルシアンを倒そう。殺される前に殺すんだと言われても…ナダルも私もどうしていいのかわからなかった。

そんな時に…ロイの寝室に火が…

【自分以外のローラン王家の血筋はすべて始末する。】と聞いた時にすぐに立ち上がっていれば準備は整っていたのに…。ロイが瀕死の重傷を負い、ようやく覚悟を決め立ち上がったのでは遅かったんだ。遅かったから…だからロイは殺されたんだわ。やっぱり…ルシアンも悪魔に魅入られた者なんだ!』


そう言って、泣きだしたジャスミンを思い出し、私は何度目かのため息をついた。


【自分以外のローラン王家の血筋はすべて始末する。】
そんな噂を流して、ナダル達を引き込もうとする輩がいたなんて、想像すらしなかった。


ローラン国に来て3ヵ月あまり。
私がやったことはウェディングドレスのデザインに一喜一憂し、ルシアン殿下と踊る予定のワルツを何度も一人で練習し、絆や愛が深まると言われる刺繍を、寝る間も惜しんでやっていただけ。
もっと、もっと、この国の為にやることを考えなくてはならなかった、勉強しなくてはならなかったのに…私は浮かれていた。

ルシアン殿下がローラン国王になることで、すべてが解決すると思っていたなんて…安易に思っていたことが恥ずかしい。

ルシアン殿下の国に対する思いを、そして幼いながらも、覚悟を持って国を治める決心をされるミランダ姫を、お側で見てきたのに私は何をしていたんだろう。

王家の血がその体に流れているが故に、運命に翻弄される…ナダル、ジャスミン、ロイ、そしてルシアン殿下…。


私以外、誰もいない部屋に…
母を殺された幼い子供たちの泣き声が、聞こえる気がした。







眠れなくて、何度も寝返りをうっていたはずの体は、いつの間にか糸が切れたように、ベットの端で丸くなっていたようだった。

…寒い…

うっすらを目を開けると…まだ部屋は暗い。

…疲れた。体がと言うより、心がすごく疲れた。

体を丸くし、また目を瞑ると

…ぁ…水の音?

ぼんやりとした私の耳に聞こえるかすかな水音が……いつの間にか激しく降る雨音に変わっていた。






窓を叩きつける雨音に交じって

『黒髪と赤い瞳を持つ者は…心のどこかに悪魔を飼っているのだろうか。』ルシアン殿下がそう言われた。



ぁ…これはあの時だ…。
ローラン国に入って2カ月経った頃、厳しい顔で窓ガラスの自分を睨むルシアン殿下が呟くように言った言葉だった。





『ルシアン殿下?』

ハッとしたように、私を見られたルシアン殿下は、ぎこちない笑みを浮かべ
『いや…なんでもない。』

『そのようには見えませんでした。なにかあればお聞かせください。ルシアン殿下の背中を守るのは、私だと思っております。』

ルシアン殿下は苦笑されると
『ドレスに身を包んでも、ロザリーは俺の一番の騎士なんだ。』

『誤魔化さないでください。いったい何があったのです。』

『…誤魔化してなどいないさ。昨夜、王の部屋にある隠し部屋から、先々代のローラン王の日記が見つかり、その日記に書いてあったことが、あまりにも情けなくて…。』

ルシアン殿下はふう~と息を吐き

『俺の祖父にあたる先々代のローラン王は、王としての裁量がないことを自分でもわかっておいでだったようだ。だがだからと言って、他のものに王位を取られたくないと泣き言を書いてあった。万が一退位することになっても、居心地の良い場所は確保したかったようで…バカなことをやっていたという話だ。』


誤魔化された…というより、まだ言いたくないのだろうと思った。


話をされて、ルシアン殿下の心が軽くなるのなら、どんな話でも冷静に聞く自信がある。
だが…話をされることが、苦痛しかもたらさないのなら…待つしかない。
ルシアン殿下の身もそして心も守りたいから…今は待つ。


黙ってルシアン殿下を見る私の心が見えたのだろうか、ルシアン殿下は微笑まれた。

良かった。通じたんだ。

何も言わなくても、心が通じたような気がして、にやけそうになった顔を隠そうと俯いた私へ、ルシアン殿下が、そっと手を伸ばされ、結い上げた私の髪に触れられた。

『髪…結い上げれるほど、長くなったんだな。』

そう言いながら、ルシアン殿下の指先が項へと動き、私の心臓が大きな音を立てた。


な、なに?
突然、何?この雰囲気は…!


慌てふためく私は、思わず大きな声で
『も、もう、キリキリに引っ張りあげてるんです。このままだとハ、ハゲてしまうんじゃないかと…し、心配で…あはは…』

私の態度に、一瞬目を丸くしたルシアン殿下だったが、大きな声で笑いだし
『では、ロザリーが禿げる前に…』

そう言われて、私の髪飾りを外された。
肩を越して、胸元近くまで伸びていた私の髪が落ちてくると、大きな手が髪をそっとすくい、唇を寄せられ

『ロザリーの金色の髪の輝きは…俺の中にある呪われた血を清めてくれるようだ。』

『ルシアン殿下?』

大きな手が私の両頬に添えられた。

『…でも今は…金色の髪の輝きだけでは足りないようだ。ロザリー…』
苦しそうな顔で私の見つめる赤い瞳が近づき…唇からルシアン殿下の苦しみや、悲しみが流れてきた。



あれは…2か月前。

だから…これは夢。唇に感じるこの熱も…夢だ。


その後、ルシアン殿下は多忙になり、そして私も結婚式の準備に追われ、ふたりだけで話をする機会がなかった。
もしかして…あの時、先々代のローラン王の日記には、この町の事が書かれていたかもしれない。

こんなに優しいルシアン殿下が、ナダルやジャスミンが言うように、ローラン王家の血を引く方を殺そうなどと思うはずない。でもどうやれば、ルシアン殿下を信じてもらえるのだろうか。


……!

突然、すごくそばで人の気配を感じた。
それは…唇が触れるほど…近かった。

…えっ?こんなに近くで…私が気配を感じないほどの者がいるなんて…有り得ない。

目を開いたと同時、その者を突き飛ばし、枕元に置いていた短剣を抜いた。
「…誰だ。」


相当だ…相当の腕を持っている。
私に気配を感じさせなかった人物は…今までにお父様とルシアン殿下。
そのおふたりとて、毎回その気配を隠せることはできない。

背中が…震えた。

暗闇の中で私の側に立つ男を睨むと、男は被っていたタオルで髪を拭きながら、私に背を向け窓側のベットに座った。



ロイ…?

「…ロイ…なのか?」

私の呼びかけに、男の手は一瞬止まったが、また髪を拭き始めた。








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