王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

文字の大きさ
上 下
120 / 214
結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

2日目④

しおりを挟む
黙り込んだ私をチラリ見て、クスリと笑い
「ここは笑えよ。」

と言って、ナダルはまたゴロンとベットに横たわった。

「どう見たって、俺は王子って柄じゃねぇよな。まぁ、ここにきてまもなく死んだ母親も、育ててくれたジャスミンの母親も農民だったらしいし、それじゃぁ、どう逆立ちしたって、品良くは育たないさ。だがロイは…母親も俺達と同じ農民だったのに、あいつには王家の血が流れていると、感じさせるものがあったんだ。それは赤い瞳だからと、やっかむ輩もいたが、俺はそうは思えなかった。」


ロイはレックスの愛称だ。
レックス(Rex)…ラテン語で【王】

まさしく名は体を表す…か。

ロイ…。
ルシアン殿下と似たような容姿を持ち、ルシアン殿下の前世での名を持つ男。

運命とは…不思議なものだ。
その男と命の駆け引きをすることに、なるやもしれないとは…


そして…


底知れない暗闇と…自分の懐に入れた者を愛し守ろうとするこの男ナダルとも、命の駆け引きをすることになるのだろうか。
何とも言えない気持ちでナダルを見た。





「なぁ、ルチアーノ。あの時、ああすればよかったと後悔した事はないか?」

「えっ?」

「俺は後悔ばかりだ。」

そう言って、右手で顔を覆い、突然ナダルは語りだした。
「ここは王が一度手を付けた女ばかりが集まった町だ、どこの家も母ひとり、子ひとりの家ばかりだったから、2つ下のロイと5つ下のジャスミンとは、兄弟のように育ったんだ。

だから、城に行くことになったロイが心配だった。

確かにロイには、王家の血を感じさせるものを俺は感じていたが、農民の子が、生まれた時から人に傅かれて、育てられた王の子達と一緒に暮らせるはずはない。つらい目にあうだけだと思っていたからな。
だから、城なんかに行かず、この村にいれば、すべてがうまく行くと思っていた。

今思えば、うまく行くはずはないとわかる。

同じ王の子供なのに、赤い瞳でないという理由で、この町に流されてきた女達とその子供。
同じ境遇だったから、励ましあい、助け合うことができていたんだ。
そんな思いで結ばれた女達の輪の中から、華やかな世界へと戻って行こうとする者を、どうして温かく送ってやれるだろうか。


だから、ロイに城から迎えが来ると連絡が入ると、町の女達の陰口や嫌がらせが、より陰湿になって行った。


城からロイを迎えに来たあの日。

いつもなら、朝からジャスミンとロイの3人で、遊ぶのが日課だったが、今日は遊べるのだろうかと、ジャスミンの手を握って迷っていた。いや、今日だけじゃない、もうずっと遊べないんだと思うと、辛くて悲しくて…

城なんかに行かなきゃいいのに…ずっと三人でいられればいいのにと…思っていたからだろうか。


だから…


『私…あの女のふりをして城に手紙を書いたの。もちろん傲慢なあの女らしくね。』

『なんて、書いたのよ。』

『私の部屋は王宮の南側、海が見える部屋にしてください…ってね。』

『えっ?…南側は王妃様がいらっしゃるお部屋じゃない!』

『それってちょっとやりすぎよ。下手をしたら、あの女だけじゃなく、ロイも殺されるわよ?』


水場で口さがない女達のそんなかげ口が、俺をロイのもとへと走らせた。

それがロイを待っている未来のように思えたんだ。






『ロイ、逃げよう!城に行ったら殺されるかもしれないって、おばさんたちが言ってる。なぁジャスミンと3人で逃げよう。』

『お母さんは…?』

『用があるのはおまえだけだ、おまえの母ちゃんに、用があるわけじゃないから大丈夫だ。行こう!夕方には城から来るんだぞ!』

ロイを無理矢理、家から連れ出したが、だが当時9つの俺と4つのジャスミン、そして7つのロイが逃げると言っても、町はずれの廃屋に身を隠すぐらいだった。


あれはポツンポツンと降っていた雨が、夕方になってザァーと音をたてて降り出したころだった。
隠れていた廃屋のトタン屋根の音がうるさいなと思っていたら、その音に交じって、人の声がかすかに聞こえてきたんだ。


『城から兵士が来てるみたいだな。』

『僕を探しているのかな…。』

『雨もひどくなったし、そのうち諦めるさ。』


そう言った俺の声に被るように…
激しく振り出した雨を切り裂くように…

『…ロイ!!!』と呼ぶ声と……悲鳴が聞こえた。



『…お母さん?お母さん!』

ロイの声はだんだん大きくなり、俺の手を振り払うと、外へと飛び出そうとした。

行かせたくなかった。

あの悲鳴は…何があったのか、子供だった俺にも、ロイにも想像できることだったから、だから俺はまた手を伸ばし、ロイを止めようとしたが、ロイは小刻みに頭を横に振って、飛び出して行った。


想像通りだったよ。
飛び出したロイの目に映ったのは、数人の兵士に切られ、泥だらけの地面に倒れている母親だった。

15年たっても…この耳に、あの時のロイの声が残っている。
いつも穏やかなロイが狂ったように『お母さん!お母さん!』と叫ぶ声を俺は忘れることはできない。」



そう言って、目の端に涙が残る顔で私を見て

「無力なガキだったと思い知らされたのは…それだけじゃなかった。


ロイの母親を切った兵士が、泣き叫ぶロイを抱きあげ

『ようやく見つけた。おとなしくしろよ、王子様。』

と言って連れ去ろうといるのに…足が…動かなかったんだ。

ロイを離せ!と言いたいのに、口が開かなかったんだ。





『これで城に戻れるな。町の者は全員始末したか?』

『あぁ、しかし…命令とはいえ後味悪いな。女子供を殺すのは…。』

『しょうがないだろう。この女がその平穏を壊したんだ。城に【私の部屋は王宮の南側、海が見える部屋にしてください。】なんて、手紙を書くもんだから、事を知らない王妃様や側妃様方、大臣、貴族らまで巻き込んで、大騒ぎになっちまって…こうするしかなかったんだ。』

『でもこの子供はどうすんだよ。』

『この赤い瞳の子供は、完全に消さないとならないとあの方は仰っておいでだったが、どうするのかは知らない。ただ自分のところに連れてこいと命令されたんだ。俺たち下の者はそうすればいいんだよ。』


ロイが殺される話を兵士たちがしているのに…

俺は…あの時俺は、ロイを助けに行くどころか、その場から動くこともできず、ただ震えるジャスミンを抱きしめるだけで精一杯で……俺は何にもできないガキだった。



9つのあの時の自分には、何もできることなどなかったとわかっている。

わかっているんだけど夢を…今もあの時の夢を見る。


そして目覚めた時にいつも思うんだ。

あの時、ロイを連れて行こうとする兵士を殺していれば…。
その後、ロイに降りかかる辛い運命を払うことができたんじゃないかと…そうすれば…




ロイは顔を失うことも…声を失うこともなかったのに…とな。」





見えた気がした。
ナダルの底知れぬ闇は、悲しみと悔しさから生まれたものだと…。




しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

処理中です...