王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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男心と女心

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天井となった出入り口から、外へと出ると、数メートル下では、多くの敵が剣を片手に馬車を取り囲んでいた。

「…50ぐらいですか?」

「多分、それぐらいだ。だが弓を引く別の部隊が…200メートル程先にいるようだ。」

「弓を持つ者がいるのなら、早く片付けたほうがいいですね。」

「…そうだな。」




と、言われたルシアン王子だったが動かれる様子はなくて、私は眉を顰めながら、顔をルシアン王子に向けると、ルシアン王子も眉を顰めて私を見ていらした。

「えっ…と、なにか?」

「…」

「はぁ?今なんと?」

「だから!なぜ…そんな服を着る。」

「いや…好んで着ているわけではないんですよ。このポケットの位置も高すぎるし、だいたい…ズボンの横のこのライン!許せないです!茶色のズボンに紫のラインですよ。有り得ない!やっぱりルシアン殿下もそう思われたんですね。ダザイって…。そうですよね、ダサイ。私だってこんなダサイ服を…」

「違う!!!」

「へっ?違う?」

「だから、見も知らぬ男の服など…着るな!着るなら俺のを着ろ!」

「はぁ?いやいや…大きさが…」

私が素直に頷かなかったからか、ムッとした顔で、ルシアン王子は突然服を脱ごうとされた。

「な、何を考えているんですか?!この状況下で!!まったく…さぁ、片付けますよ。」

そう言っても、ムッとした顔はなかなか戻らず

「はぁ~もう~、先に行かせてもらいます!」

そう言って、私は馬車から飛び降り、向かってくる兵士を投げ飛ばすと、その兵士のサーベルを取って、馬車の上のルシアン王子に

「いつまで、そんなところで休まれるおつもりですか?」

「バカ言え!」

そう言いながら、ルシアン王子は馬車から飛び降り、二人の兵士に剣を振り下ろし

「だいたい!おまえは頑固者過ぎる。」

「はぁ~!どういう意味ですか?!」

まっすぐ私に向かってきた兵士の、横面を殴るとルシアン王子へと視線を動かし

「私は頑固者ではありません!殿下こそ、自分勝手です!ローラン国王になると言う話を、ひ・と・こ・とも、私にはお話してくださらなかったじゃないですか!」

「あの夜、俺は言っただろう!俺を信じろと!なのに…あの夜以来、おまえが俺を避けるから、話す時間もなかったんだ!」

そう言われ、襟首を掴んだ兵士の顔面に強烈な左フックを出された。

「殿下にはおわかりにならない。王となられる方に…私が…ふさわしいとは思えない事を…。」

ルシアン王子が怒った顔で、私を見られたが私は…次に出てくる言葉を飲み込む事はしなかった。
「だって!ローラン国が諸手を挙げて、ルシアン殿下を待っているわけじゃないから」

そう言って、周りを囲むローラン国の兵士らに目をやり
「少しでも、ローラン国をまとめるのなら…ローラン国の女性をお后様に娶られたほうが、うまく行くと思ったんです!」

「ロザリー!俺を信じていなかったのか?!俺の思いを…俺の力を信じていなかったのか!」

ルシアン王子の声は、震えていた。

「信じてます。ルシアン殿下を信じてます!!でも……好きな方が辛く、苦しい立場になるのを知っていながら、お側にはいられないって…そう、思うじゃないですか!!でも…あきらめきれなくて…。この気持ちをあきらめきれなくて…どうしたらいいのか…わからなくなって…。」


私の言葉に赤い瞳が揺れ…小さな声で
「…このバカ」

そう言って、
「あとで…おまえに男心を教えてやる。」


私は鼻を啜りながら
「こちらこそ、殿下に女心をお教えさせて戴きます!」

私の返答に、ムッとしていた顔が…優しい笑みに顔変わり…。

その柔らかく、包み込むようなルシアン王子の微笑みに、胸はドキンと大きな音をたてて、体は捕らわれたように動きが止まった…その瞬間…!

切り裂かれた空気が、私の横を吹きぬけた。


ハッとして横をみると、兵士が…私の横で倒れている。


つい…見とれてしまって…周りが見えていなかったなんて…バカ…なにやってんの。

ルシアン王子の赤い瞳が、楽しそうに…そして得意げに
「怪我をして以来、体が鈍っているようだな。ロザリー。」


あっ…ぁ…なんだか、ルシアン王子が楽しんでいるように感じる。
ううん、私も心のどこかで楽しいと思っている。

一緒に戦える事を、ルシアン王子と困難を乗り越えることが…こんなにも楽しい。

ルシアン王子を剣で、そして…そして…愛で…守ることが、こんなにもやりがいを感じる。
騎士でも、侯爵令嬢でも、どんな立場になっても、私はルシアン王子を守れることが嬉しい。

嬉しくて、唇が綻んでゆく。

「私はルシアン王子の御身も、その御心も守る騎士です。こんな失態はもうしません。」

「心…俺の心を…守る。」


その言葉が終わる前に…

私は短剣をルシアン王子の左から、襲ってくる兵士へと投げた。


「殿下こそ、ぼんやりしていらっしゃる時間はございませんよ。」

「…ぼんやりじゃない。おまえに見とれていたんだ。」

えっ?…

見とれる…。
今、見とれるって…どうしてこんなダサイ服の時に…言うんですか…?

あぁ…女心がわからないルシアン王子だから、もうこんなことないかもしれない。
こんな非常時に、体が動けなるくらいドキドキすることを言われるなんて、もっと、時と場所を選んで欲しかった。素敵なシチュエーションで…ドレスを着ているときに言われたかった…。


「ロザリー?」

あぁ…あの顔はやっぱり、わかっていらしゃらない。
ドレスの時に、言って貰えないだろうか…一生の思い出にしたいなぁ。ダメかなぁ…

右側にいる敵に、剣を振り下ろされたルシアン王子が、また…

「ロザリー?」


私は左に剣を水平に払いながら、未練がましく
「あ、あの…できれば…あとで」

「あとで…?」

剣の裏刃に角度をつけて、相手の裏側を切り込んだルシアン王子は…

「あとでいいのか?愛してるって言うのは?」そう言って、ニヤリと笑われた。

「…?!」



わ、忘れてた。
ルシアン王子は…【たらし】だった……それも無自覚の。

窓際に立ったルシアン王子を、ミランダ姫と一緒に見上げた時のように…
ルシアン王子が、赤い瞳を細め、口元を綻ばせていらっしゃる。


ドキン…と、また胸が大きく音を立てて、心臓がまるで、駆け出したかのように、ドキドキと早く打ち出す。


ミランダ姫…
また本物の【たらし】に、心臓を突き刺されてしまいました。
まだまだ修行が足らないようです。

嬉しいんですけど、でもなんか悔しいです!私ばっかり…ドキドキして…!!


私はサーベルを地面に突き刺すと、上体をひねり、その上体のねじれを戻す勢いで、下半身を前に振り出し、正面にいた敵を蹴り上げた。

敵は持っていたレイピアを落として、吹っ飛ぶように倒れ、私は蹴り上げた足で今度はレイピアを蹴り上げ、手に取ると
「この服がお気に召されないのなら、ドレスで今の回し蹴りをやればよろしかったでしょうか…殿下。」

ルシアン王子は溜め息をつくと、少し顔を歪め
「…それはもっと許せんな。」

ほんの少し気分を良くし、得意げに微笑んだ私を、可笑しそうに見られたルシアン王子だったが、私に背中を向けて…

「じゃぁ片付けるか、ロザリー。俺の背中を頼むぞ。おまえに俺の命を預けた。」

「あっ…」
固まった。体が…石になったかのように固まった。
でも固まった体はだんだんと熱を持ち体中に、熱くなった血が全身に回る。


侯爵令嬢の私は…ルシアン王子から【愛している】と言う言葉が欲しかった。

騎士の私は…ルシアン王子から【背中を預ける】と言う言葉が欲しかった。


そのどちらも貰えるなんて、私は…幸せだ。

「…御意!!」

「さぁ、早く片付けて、ローラン国へ行くぞ!」


そう言われたが…私へとまた視線を移し
「聞こえるか?」

遠くから馬の蹄の音と父の声が聞こえ、思わず笑みが零れた。
「はい。」

「じゃぁ…任せるか。」

「えっ?どういう意味でか?」

ルシアン王子はにっこりを笑われると、周りを囲む兵士らに言われた。

「自分の国の民になるお前達を切るつもりはなかったが…これ以上、手向かうなら容赦しない!切る!」

兵士らが息を呑んだ。

そんな兵士らを一瞥し、「ピィ~」と指笛を吹かれると、指笛の音に、忠実なルシアン王子の愛馬が駆けてくるのが見えた。
ルシアン王子の黒い愛馬は剣を持つ兵士らなど、目に入ってないかのように、まっすぐルシアン王子の下へやってくると声高く嘶き、ルシアン王子に甘えるように顔を寄せた。

ルシアン王子は、そんな愛馬に微笑むと、私に手を伸ばされ

「さぁ、行こう。」と言われたが…なかなか手を伸ばさない私に、戸惑うような目で私を見ると

「俺は…女心がわかっていないのか…やっぱり?」

「いいえ…この場面では最高です。」

ドキドキして、手が伸ばせなかったことが、ばれないように…笑って
「まぁ…こういう場面は女心の初級編ですから…誰にでもできること。でも、これからが大変なんです。まだまだ頑張って戴かないといけませんね。」

伸ばされたルシアン王子の手に重ねると、ルシアン王子がクスリと笑われた。

ぁ…手が震えていることに気がつかれたんだ。…うぁ…ヤバイ。

笑みを浮かべつつ、ルシアン王子の前に座ると…私の耳元で
「ではおまえには男心の初級編を…じっくりと指南してやろう。」

「いや…あの…それは、何れまたの機会に…」

そう言った私の言葉を無視されると、私の耳を食まれ、呆然とする兵士らを横目に馬を走らせられた。


あぁ…ダメだ。心臓がもたないかも…

平原を吹き抜ける風に目を瞑った私の手の上に、手綱を握る大きな手がそっと重なった。

「わ、私とて…ぁ…あの、男心には些か覚えがございます!!なんたって18年男をやっておりましたので!」

ルシアン王子は大きな声で笑われると
「いい加減に素直になって、おまえも俺をはっきりと愛していると言え。」

「…」

「もっと大きな声で、騎士団で鍛えた腹筋があるだろう?」

ガ~ンと頭を殴られた気がした。
そうですよ。私はお腹を刺されても内臓を損傷しなかった、シックスパックですよ。


「で、殿下!!!殿下はやっぱり、お…女心がまったくわかっておいではない~!女性に腹筋の話は禁句です!ましてや愛してる方に【鍛えた腹筋】と言われたら、どんなにショックか!!」

「愛してる男に【鍛えた腹筋】と言われるのは嫌なんだな。愛してる男に…」

「そうです!めちゃめちゃ愛してる男性に、【鍛えた腹筋】と言われて、喜ぶ女性なんているわけないじゃないですか!……あっ?!あれ?ぁ…ぁ…」

「そうか、おまえは俺をめちゃめちゃ愛してるんだ。」


や、やられた。
真っ赤になって、俯いた私に…
「俺もめちゃめちゃ愛しているから、引き分けにしてやる。この負けず嫌い。」

そう言われ、私は小さく溜め息をつくと言った。
「私のほうが…負けです。殿下をこの命をかけても良いくらい愛しているから…」

背中で息を呑むルシアン王子を感じた瞬間、手綱を真後ろに引かれ、馬の足を止めると

「…今夜まで、我慢できないことを言うな。」

えっ?愛してると言えって…言われたから…


ルシアン王子は、私の額に自分の額をそっとつけると

「参った。」

そう言って、微笑まれ

「ロザリー・ウィンスレット」

「ぁ、はい!」

「ローラン国では、きっと…辛い日々が待っているだろう。それをわかっていながら、俺はおまえを連れて行きたい。一緒に俺の母の国を守って欲しい。」

そう言われて、唇をよせながら
「ロザリー結婚してくれ。」

その声はまるで、私に愛を乞うように聞こえた。

「俺を信じろ。と仰ったではないですか?信じているから…愛しているからついて行きます。」

そう言って、私は微笑むと
「謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、

「それは…それは騎士の誓いというより…ぁ…まるで…結婚の誓い。」

ルシアン王子は震えながら、私の体をきつく抱きしめ
「…かっこ良すぎだろう。」

「当たり前です。私は殿下の御身もそして…お心も守る騎士でもありますから」

ルシアン王子はクスリと笑うと、私をより強く抱きしめられ
「だが今宵は…ただの女で俺の側にいろ。」

ぁ…あ…えっと…
「ぎょ、御意!!」

一瞬、固まったルシアン王子だったが、お腹を抱えて笑い出された。

笑うよね。この場面で…御意はないよね。

力のない笑みを浮かべた私の頬に両手をやられて
「そんなおまえを愛してる。」

「私も…」

そう言ってルシアン王子の唇に、触れるようなキスをすると、唇の上でルシアン王子が微笑んだようだった。






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