王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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王子様とアストン。

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「…いいのかよ…?」

ロザリーを乗せた担架が、運ばれて行くのを、黙って見つめていた俺にアストンはそう言った。

「いいのか?!と聞いてんだ!なんか言えよ。好きな女が…!!」
そう言って、唇を噛んだアストンに…

「良い訳はないだろう…。良い訳が!!!」

ロザリーの姿が見えなくなっても、俺は眼を外す事ができない。

側にいたい…大切な人が生死を彷徨っているんだ。
変われるものなら…変わってやりたい。


だが……ロザリーがそれを望んでいるとは思えない。


あの時のロザリーは俺の騎士だった。
主君を、そして国を守りたいから、自らが剣になり……盾となった騎士だった。


その思いに答えない訳には行かない。


逆方向に歩き出した俺に、アストンが叫んだ。
「見捨てるのか?!あの女を!見捨てるのか!」

「…お前には聞こえなかったのか?ロザリーの思いが…」

「…何言ってんだよ?!」

「俺には聞こえた。この国を守って欲しいと…」

「騎士としてのあいつ声しか聞こえないとは…都合が言いように聞こえる耳だな。でも、女としてのあいつの声はどうなんだよ。それには耳を塞ぐのか!」

俺は…笑みを浮かべ
「それもお前には聞こえなかったのか?いや…見えなかったのか?」

「何を言っているんだ…?」

「体を張って、俺を、そして国を守ろうとしたあの姿は…言っていた。」

「…?」

「好きだとな。命をかけても良いと思うほど、俺を好きだと……言っていた。だから、俺は行く。」

俺はアストンを見た。

「ロザリーが好きなのは、民を愛し、国を守る、そういう俺だと思う。だから、ここでとまっていたら、ロザリーに愛想をつかれる。」

アストンは…唖然とした顔で俺を見ていたが、大きな声で笑い出し
「ずげぇ、自信だよな。だが…反論できねぇや。あいつならそう言い出しかねない。じゃぁ…ローラン王のところに行くのかよ。」

「あぁ…今度はミランダだ。必ず止める。止めなければ…ロザリーに天国で会わせる顔がない。」

「死ぬつもりか?」

「バカ言え。死ぬつもりはない。惚れた女にキスひとつ出来ずに、死ぬのは…心残りだからな。」

突然、大きな溜め息をついたアストンは…ボソッと
「…俺は…」

「アストン?」

「俺は…抜ける。」

そう言って頭を垂れ、
「なんだかバカバカしくなった。王子様とここで剣を交え、万が一勝っても、得るものはないしな。」

心の中にあるものを一つ一つ確かめるように、アストンは言葉にしていた。

この男…変わった。

この男の気は、どんなときでも殺気だっていた。
だが…今は感じない。だから今、口にしている事はおそらく本音だろう。

「お前は…変わったな。」

「…ロザリーの力とかじゃないからな。」

そう言って、アストンはロザリーが城内に入っていた入り口を見つめる姿に、ミランダのように、この男の心の色が見えるような気がした。

やはりこの男が変わったのはロザリーだ。
それはロザリーの浄化の力かもしれない、あるいは…ロザリーのまっすぐな心根と、その生き方かもしれない。

ロザリーと一緒ならば、この男はもっと変わって行くかもしれない、だが…だからと言って、ロザリーを譲る気は毛頭ない。

だから…

「ロザリーと呼ぶな。あいつは俺のだ。」

アストンは苦笑すると
「でも王子様よ。生きて帰ってこないことには、あんたのものではない。その時はあいつは貰いますよ。」

「させるか…。」

アストンはニヤリと笑い、俺の足元に跪くと、
「ならば、ルシアン殿下のお帰りをお待ち申しております。せいぜい頑張ってくださいませ。」

「あぁ、待っていろ。今度はお前に、ロザリーとのキスを見せてやるから。」

アストンの少し歪んだ顔を見て、俺は苦笑すると、大きく息を吐き走りだした。





剣は役に立たない。
俺には、ロザリーのような浄化をする力などない。


だが…俺だからできる事があるはずだ。俺だから、ローラン王を止めることがあるはずだ。


母上、どうか俺に力を…

ローラン王の凶行を止める方法を…俺に教えてください。

母上を、妹と知らずに愛してしまった哀れな男を救う方法を…教えてください。

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