王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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王子様は…。

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今のは…どういう意味だ?!


俺は問うようにアストンを見たが、あいつはシリルだけを見ている。

アストンほどの剣士が、俺の視線に気づかないはずがない。
おそらく、俺の問いに答える気がないのだろう。

アストンはゆっくりと足をシリルへと進めたが、シリルは表情を変えることなく、黙って自分を見つめ近づいてくるアストンに
「お前はバカか?この状況下で、何を言っているんだ。」

アストンは小さな声で、「参ったぜ。」と苦笑すると
「こんな状況だから、お前が俺に靡くと思ったんだか…甘かったな。やっぱり…お前とは切りあう運命か…。」

フゥ~と大きく息を吐き、ようやく俺を見ると、苦笑気味に
「なぁ…王子様よ。俺がこいつを切る前に、思い出してやらないと、こいつは死んでも死に切れないぞ。」

と嘯くアストンに、俺が口を開こうとする前に、大きな声がこの場を包んだ。



「アストン!!あんたは黙ってなさい!」


そう叫んだアデリーナは、アストンを睨みつけ
「800年振りにようやく会えたんだから…あんたの色恋はあとにして!」

そして、俺に向かってにっこり笑うと、短剣を振り上げ
「ねぇ、この女がいなければ…私の元に戻って来てくれる?」



この女…?

その言葉に、俺はなぜか小柄な背中を見た。

この女…それはやっぱり…そういうことなのか?


『ねぇ、この女がいなければ…私の元に戻って来てくれる?』そう言いながら笑う、アデリーナ。

『堂々と恋敵の前で…愛していると言ってやるさ。』そう言って俺を見たアストン。

そして…誰にもシリルに触れさせたくないと思った俺の心。


あぁ…見つからなかったピースを見つけた。
ピースが徐々に埋まってゆく。

すべてはまだ揃っていないが…全体の図柄が見えた。


フッ…なんだ…困惑する意味などなかったのだ。


俺は小柄な背中をにまた目をやった。

主君と騎士という間柄だけとは思いたくない。だが…名前さえもわからない。
シリルと言う名は男性の名だ。おそらく…本当の名は違うのだろう。

お前の名前を知りたい。

願うように見た小柄な背中は、凛として俺を庇うように前に立っている。

その背中に俺は、僅かに視線を外した。
教えてはくれないだろう。いや、聞いてはならないんだ。
お前の名前は…俺自身が思い出さなくてはならないんだ。

必ず…思い出してやる。すべてを思い出す。

レイピアを握りなおすシリルの動きに、俺はハッとして視線をもどすと
異常な様子のアデリーナに、シリルは立ち位置をゆっくりと俺の前から離れようとしていた。


主君の俺を守るために、俺の前に立っていたシリルは…、狙いは自分だと知って、俺から離れようとしている。俺はそれを眼で追って、剣に手をかけた。

鯉口を切る音に、シリルが叫んだ。

「殿下はアデリーナ様に剣を向けてはなりません!」

そう言って、俺に振り返って
「好きな方に剣を向けられたら…アデリーナ様は…」

そのあとの続きをアストンが、シリルを庇うように前に立ちながら
「本当の化け物になるって、言いたいのか?俺はもう手遅れだと思うがな。」

アストンは剣を抜くと、剣先をアデリーナに向けたと同時に、シリルが動いた。
アストンの右手を捻り、足を払ったのだ。

まさか…と思ったのだろう。地面に倒れ唖然としたアストンにシリルが…
「お前も手を出すな!アデリーナ様は…例え腕の立つ者でも、剣では殺れない。犬死するだけだ。」

そう言って微笑むと
「お前は私を切るんだろう。あとで相手をしてやるから…待ってろ。」

剣ではダメだ…私でないと…それは…

「シリル!まさか…お前は…」

俺の声に、シリルは背を向けたまま
「ルシアン殿下、騎士である私は殿下の盾、そして剣だと思っております。そして今がまさしく言葉通りの状況…」

と言いながら、シリルはアデリーナに一歩近づき、振り返ることなく俺に

「私の体がアデリーナ様にとっては剣なのです。悪魔との契約を切り離す事ができる剣なんです。」


その気迫に俺は動けなかった。
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