84 / 214
誰にも触れさせたくはない。
しおりを挟む
「女の争いは怖ぇーな。」
一歩進んだ足が止まった。
聞き覚えのあるその声の方向に体を向けると、さっき蹴り飛ばしたレイピアが、弧を描いて飛んできた。とっさに左手でレイピアを掴み
「アストン!!!」と叫ぶと、
「ひとりの男を取り合う女の争いか…俺もそれほど惚れられたいもんだ。」
そう言いながら奴は出て来ると大きな声で笑った。
アストンの笑い声に、勝利を確信したのだろう。アデリーナ様が
「アストン、早くあの女を殺ってしまいなさい。今なら肩を脱臼しているから、簡単なはずよ。」
だがアストンは眉を上げ、アデリーナ様を一瞥すると
「なぁ…修道女さんよ、俺はあんたが作った化け物の手下じゃねぇ。利害が一致したからここにいるんだ。」
「利害?…アストン…あなたは…」
意味がわからないと言った顔で、アストンを見るアデリーナ様の顔は困惑していた。
相手は一枚岩ではないのか…?
そんな私の考えが分かったように
「俺は強い相手と、戦えるということで入ったんだ。化けもんの恋なんざ、興味ねぇよ。」
顔を一瞬歪めたアデリーナ様だったが、口元に笑みを浮かべ
「別にあなたに私の恋をわかってもらうつもりはないし、そんなことはどうでもいいわ。でも、この女は殺るつもりなんでしょう?だって、あなたが言う強い相手だもの。」
アストンはニヤリと笑うと…
「あぁ…」と言って、私に向かって笑った。
参った。なぜ、ここでアストンなんだ。
ローラン王とアデリーナ様のふたりを殺ることは、心のどこかで、この腕では無理だろうと思っていた。
だからせめて、アデリーナ様と刺し違いならと思ったが…どうやら状況は最悪のようだ。
アストンと戦ったら…もし万が一勝てたとしても…おそらくそのあとは使い物にはならないだろう。
その後は、簡単に一兵士にも殺られるかもしれない。
どうする?あとで殺されてやるから、先にアデリーナ様とやらせてくれとでも言うのか…
フッ…
私らしくもない。本当に私らしくないや。
あとで殺されてやるなんて…しっかりしろ!
私は騎士だ。
例え、死神がこの手を握っていても、最後まで戦い、勝てないとわかっていても、愛する人を守りたいと思う気持ちで、前を見て戦う騎士なんだ。
敵に命を乞う様な真似なんて…出来るはずはない。
最後まで、誇りを持って戦う者でいたい。騎士でいたい。
私は左手に持ったレイピアをアストンに向けた。
アストンは笑った。笑って自分のサーベルを腰の鞘に納めると
「やっぱりお前はいいな。だから戦いたい。だから万全なお前の剣捌きを見てみたい。」
そう言って、私に近寄り
「右肩を入れてやる。」
「えっ…?」
「アストン!!!」
アデリーナ様が大きな声で叫ばれたが、アストンはまるで聞こえなかったかのように私に向かって
「さすがに、肩はひとりでは入れられないだろう。」
「なぜだ?なぜ…」
「言っただろう。万全なお前と戦いたいと…。」
唖然とする私の耳に、アデリーナ様の声が…
「…これなんだ。ローラン王が恐れていたのはこれなんだ。私やローラン王のように、悪魔と契約した者を浄化できる力だけじゃないんだ。この女の力は…人の心も、くすんでいた心の色も…浄化する力があるんだわ。」
その声がアストンにも聞こえたのだろう、アストンは眉間に皺をよせ
「修道女さんよ。ふざけた事を言ってんじゃねぇよ。俺はなにひとつ変わってなんかいねぇよ。俺は強い奴と戦いたいだけだ。あんたが言うと、まるで俺が聖人になったようだぜ。気味が悪いことを言うなよな。俺はこいつやルシアン王子のような強い奴とやりたいだけだ。」
そう言いながら、私へと手を伸ばしたアストンだったが…その手を止めた。
「まったく…」
小さな声で言ったその声は、別の声に掻き消された。
「そいつに触るな。」
その声にアストンは鼻先で笑うと
「こいつが誰なのか…。こんな傷だらけになってまでも、こいつが守りたいものがなんなのか…、思い出せないような男に、そんなことを言える権利はない……と思いますが、ルシアン殿下。」
「…だな。確かに言えないな。」
そう言って、俯かれたルシアン王子の顔は黒髪に隠されたが、クスリを笑われると
「ただ…そう、ただ…俺は。」
ゆっくりと顔を上げ、アストンに向かって
「こいつを誰にも触れさせたくはない。いや…あの青く澄んだ瞳に他の者が映る事も嫌なんだ!」
赤い瞳がそう言って…私を見た。
一歩進んだ足が止まった。
聞き覚えのあるその声の方向に体を向けると、さっき蹴り飛ばしたレイピアが、弧を描いて飛んできた。とっさに左手でレイピアを掴み
「アストン!!!」と叫ぶと、
「ひとりの男を取り合う女の争いか…俺もそれほど惚れられたいもんだ。」
そう言いながら奴は出て来ると大きな声で笑った。
アストンの笑い声に、勝利を確信したのだろう。アデリーナ様が
「アストン、早くあの女を殺ってしまいなさい。今なら肩を脱臼しているから、簡単なはずよ。」
だがアストンは眉を上げ、アデリーナ様を一瞥すると
「なぁ…修道女さんよ、俺はあんたが作った化け物の手下じゃねぇ。利害が一致したからここにいるんだ。」
「利害?…アストン…あなたは…」
意味がわからないと言った顔で、アストンを見るアデリーナ様の顔は困惑していた。
相手は一枚岩ではないのか…?
そんな私の考えが分かったように
「俺は強い相手と、戦えるということで入ったんだ。化けもんの恋なんざ、興味ねぇよ。」
顔を一瞬歪めたアデリーナ様だったが、口元に笑みを浮かべ
「別にあなたに私の恋をわかってもらうつもりはないし、そんなことはどうでもいいわ。でも、この女は殺るつもりなんでしょう?だって、あなたが言う強い相手だもの。」
アストンはニヤリと笑うと…
「あぁ…」と言って、私に向かって笑った。
参った。なぜ、ここでアストンなんだ。
ローラン王とアデリーナ様のふたりを殺ることは、心のどこかで、この腕では無理だろうと思っていた。
だからせめて、アデリーナ様と刺し違いならと思ったが…どうやら状況は最悪のようだ。
アストンと戦ったら…もし万が一勝てたとしても…おそらくそのあとは使い物にはならないだろう。
その後は、簡単に一兵士にも殺られるかもしれない。
どうする?あとで殺されてやるから、先にアデリーナ様とやらせてくれとでも言うのか…
フッ…
私らしくもない。本当に私らしくないや。
あとで殺されてやるなんて…しっかりしろ!
私は騎士だ。
例え、死神がこの手を握っていても、最後まで戦い、勝てないとわかっていても、愛する人を守りたいと思う気持ちで、前を見て戦う騎士なんだ。
敵に命を乞う様な真似なんて…出来るはずはない。
最後まで、誇りを持って戦う者でいたい。騎士でいたい。
私は左手に持ったレイピアをアストンに向けた。
アストンは笑った。笑って自分のサーベルを腰の鞘に納めると
「やっぱりお前はいいな。だから戦いたい。だから万全なお前の剣捌きを見てみたい。」
そう言って、私に近寄り
「右肩を入れてやる。」
「えっ…?」
「アストン!!!」
アデリーナ様が大きな声で叫ばれたが、アストンはまるで聞こえなかったかのように私に向かって
「さすがに、肩はひとりでは入れられないだろう。」
「なぜだ?なぜ…」
「言っただろう。万全なお前と戦いたいと…。」
唖然とする私の耳に、アデリーナ様の声が…
「…これなんだ。ローラン王が恐れていたのはこれなんだ。私やローラン王のように、悪魔と契約した者を浄化できる力だけじゃないんだ。この女の力は…人の心も、くすんでいた心の色も…浄化する力があるんだわ。」
その声がアストンにも聞こえたのだろう、アストンは眉間に皺をよせ
「修道女さんよ。ふざけた事を言ってんじゃねぇよ。俺はなにひとつ変わってなんかいねぇよ。俺は強い奴と戦いたいだけだ。あんたが言うと、まるで俺が聖人になったようだぜ。気味が悪いことを言うなよな。俺はこいつやルシアン王子のような強い奴とやりたいだけだ。」
そう言いながら、私へと手を伸ばしたアストンだったが…その手を止めた。
「まったく…」
小さな声で言ったその声は、別の声に掻き消された。
「そいつに触るな。」
その声にアストンは鼻先で笑うと
「こいつが誰なのか…。こんな傷だらけになってまでも、こいつが守りたいものがなんなのか…、思い出せないような男に、そんなことを言える権利はない……と思いますが、ルシアン殿下。」
「…だな。確かに言えないな。」
そう言って、俯かれたルシアン王子の顔は黒髪に隠されたが、クスリを笑われると
「ただ…そう、ただ…俺は。」
ゆっくりと顔を上げ、アストンに向かって
「こいつを誰にも触れさせたくはない。いや…あの青く澄んだ瞳に他の者が映る事も嫌なんだ!」
赤い瞳がそう言って…私を見た。
0
お気に入りに追加
1,378
あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~
緑谷めい
恋愛
ドーラは金で買われたも同然の妻だった――
レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。
※ 全10話完結予定
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる