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誰にも触れさせたくはない。

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「女の争いは怖ぇーな。」

 一歩進んだ足が止まった。


聞き覚えのあるその声の方向に体を向けると、さっき蹴り飛ばしたレイピアが、弧を描いて飛んできた。とっさに左手でレイピアを掴み

「アストン!!!」と叫ぶと、

「ひとりの男を取り合う女の争いか…俺もそれほど惚れられたいもんだ。」
そう言いながら奴は出て来ると大きな声で笑った。

アストンの笑い声に、勝利を確信したのだろう。アデリーナ様が
「アストン、早くあの女を殺ってしまいなさい。今なら肩を脱臼しているから、簡単なはずよ。」

だがアストンは眉を上げ、アデリーナ様を一瞥すると
「なぁ…修道女さんよ、俺はあんたが作った化け物の手下じゃねぇ。利害が一致したからここにいるんだ。」

「利害?…アストン…あなたは…」

意味がわからないと言った顔で、アストンを見るアデリーナ様の顔は困惑していた。
相手は一枚岩ではないのか…?

そんな私の考えが分かったように
「俺は強い相手と、戦えるということで入ったんだ。化けもんの恋なんざ、興味ねぇよ。」

顔を一瞬歪めたアデリーナ様だったが、口元に笑みを浮かべ
「別にあなたに私の恋をわかってもらうつもりはないし、そんなことはどうでもいいわ。でも、この女は殺るつもりなんでしょう?だって、あなたが言う強い相手だもの。」

アストンはニヤリと笑うと…
「あぁ…」と言って、私に向かって笑った。




参った。なぜ、ここでアストンなんだ。

ローラン王とアデリーナ様のふたりを殺ることは、心のどこかで、この腕では無理だろうと思っていた。
だからせめて、アデリーナ様と刺し違いならと思ったが…どうやら状況は最悪のようだ。

アストンと戦ったら…もし万が一勝てたとしても…おそらくそのあとは使い物にはならないだろう。

その後は、簡単に一兵士にも殺られるかもしれない。


どうする?あとで殺されてやるから、先にアデリーナ様とやらせてくれとでも言うのか…

フッ…

私らしくもない。本当に私らしくないや。
あとで殺されてやるなんて…しっかりしろ!

私は騎士だ。
例え、死神がこの手を握っていても、最後まで戦い、勝てないとわかっていても、愛する人を守りたいと思う気持ちで、前を見て戦う騎士なんだ。

敵に命を乞う様な真似なんて…出来るはずはない。
最後まで、誇りを持って戦う者でいたい。騎士でいたい。

私は左手に持ったレイピアをアストンに向けた。

アストンは笑った。笑って自分のサーベルを腰の鞘に納めると
「やっぱりお前はいいな。だから戦いたい。だから万全なお前の剣捌きを見てみたい。」

そう言って、私に近寄り
「右肩を入れてやる。」

「えっ…?」

「アストン!!!」

アデリーナ様が大きな声で叫ばれたが、アストンはまるで聞こえなかったかのように私に向かって
「さすがに、肩はひとりでは入れられないだろう。」

「なぜだ?なぜ…」

「言っただろう。万全なお前と戦いたいと…。」


唖然とする私の耳に、アデリーナ様の声が…
「…これなんだ。ローラン王が恐れていたのはこれなんだ。私やローラン王のように、悪魔と契約した者を浄化できる力だけじゃないんだ。この女の力は…人の心も、くすんでいた心の色も…浄化する力があるんだわ。」


その声がアストンにも聞こえたのだろう、アストンは眉間に皺をよせ
「修道女さんよ。ふざけた事を言ってんじゃねぇよ。俺はなにひとつ変わってなんかいねぇよ。俺は強い奴と戦いたいだけだ。あんたが言うと、まるで俺が聖人になったようだぜ。気味が悪いことを言うなよな。俺はこいつやルシアン王子のような強い奴とやりたいだけだ。」



そう言いながら、私へと手を伸ばしたアストンだったが…その手を止めた。

「まったく…」

小さな声で言ったその声は、別の声に掻き消された。




「そいつに触るな。」



その声にアストンは鼻先で笑うと
「こいつが誰なのか…。こんな傷だらけになってまでも、こいつが守りたいものがなんなのか…、思い出せないような男に、そんなことを言える権利はない……と思いますが、ルシアン殿下。」

「…だな。確かに言えないな。」

そう言って、俯かれたルシアン王子の顔は黒髪に隠されたが、クスリを笑われると
「ただ…そう、ただ…俺は。」


ゆっくりと顔を上げ、アストンに向かって
「こいつを誰にも触れさせたくはない。いや…あの青く澄んだ瞳に他の者が映る事も嫌なんだ!」




 赤い瞳がそう言って…私を見た。
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