王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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王子様はダメだと言った。

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シリルは自分を取り囲む女性達に、柔らかい笑みを口元に浮かべてはいたが、ダンスに誘って欲しそうな女性の視線から、逃げているように見えた。アデリーナにもそう見えたのだろう。

「シリル様は、心に決めた方がいらっしゃるのかしら?」

アデリーナの言葉に、俺の胸がチクリとした。
何だ?今のは…

「ダンスさえも、その方以外は踊るつもりがないみたい。それほどシリル様を虜にされた方に興味を惹かれますわね。」

「アデリーナ、お前が誘ってみたらどうだ?お前ほどの美人が誘ってみても、心が動かぬか…見たいし。」
ローラン王の言葉に、チクリとした痛みが、ズキンとした鈍い痛みへと変わった瞬間、俺は…口していた。



「ダメだ!」



「ルシアン殿下?どうなったのです。」

「…い、いや…」

思わず出た大声に、自分自身が驚き、それ以上次の言葉が出てこなくて、黙り込んだ俺にローラン王が

「ルシアンは焼き餅を焼いているのだろう。」

「まぁ?私があのシリル様に心が動くとでも…まさか…ありえませんわ。私は殿下だけ…。」

嬉しそうなアデリーナの声に、俺は僅かに頭を上下に振ったが…。

だが、俺はシリルが誰かと微笑みあって踊る姿を見たくないと思った。
そう思ったのだ。


自分の心がわからない。なぜ…そんなことを思ったのだろう。

「ルシアン…」
ローラン王が俺に呼びかけられ、クスリと笑われると

「ルシアン…どうやら…」と言って、視線を俺からフロアへと動かされた。
俺もローラン王の視線の後を追うと、フロアからまっすぐここに向かって、シリルが歩いてくる姿に息を飲んだ。



「どうやら…シリルはアデリーナをダンスに誘うつもりだな。」

ローラン王の声に俺は黙って、こちらへとやってくるシリルの澄んだ青い瞳を見ていた。


青い瞳は視線を俺から外すことなく、俺の前で跪くと

「どうか殿下の婚約者で在らせられるアデリーナ様を、ダンスに誘うご無礼をお許しください。」
そう言って頭を下げたシリルに俺は…


「今日は姪を連れてくると聞いていたが…良いのか?放っておいて。」

「姪は、先程おなかが空いたと申しますので、別室にて軽く食事をさせております。」


打ち合わせでは、もしローラン王とアデリーナが…人で在らざるものであることがわかれば、早急にミランダを避難させる計画だった。

シリルの瞳が言っている。

ローラン王とアデリーナは…



俺は…


「良いではないか、私もお前と今後のことを話したいし…シリルはルシアンが信用している騎士のひとりだ。アデリーナを任せても大丈夫だろう?アデリーナもシリルから見たルシアンの話を聞いてみたいと思わないか?」

「そうですわね。私が知らないルシアン殿下のお顔も知りたい気もしますわ。」


俺は…


シリルは、にっこりと笑うとアデリーナに向かって
「こんなにお美しい方と踊る事が出来たら、一生の思い出になります。」

「まぁ、シリル様の恋人から恨まれそうだわ。」

「…恋人などおりません、ついこの間失恋したばかりです。」
そう言って、シリルは微笑むと、アデリーナに手を差し伸べた。


なぜだ?ミランダの眼はローラン王とアデリーナが人ではないと…見えたのではないのか?

それなら…なぜ、アデリーナを誘う?
なぜアデリーナとふたりになろうとする?

ぁ…シリルは…アデリーナを…切るつもりなのか?!

「…ダ…メ…だ。」

「おいおい、焼き餅もいい加減しろ。大勢の臣下の前で…みっともないぞ。」
ローラン王はそう言って苦笑し、アデリーナは頬を染めて微笑み、


シリルは…

一瞬泣きそうな顔で俺を見たが…青い瞳を細めて、(どちらを信じますか?)と言っているように見える。



ローラン王とアデリーナを疑うことの方が多いことはわかっている。

アデリーナが、ウィンスレット侯爵譲りの両手使いの剣士など…あり得るはずはない。

そしてなにより、ミランダの眼がそう見たのなら…間違いないだろう。

だが、俺は母に似たアデリーナを…。

そして母の兄で在るローラン王を…。


信じたい。
母の思い出を感じるふたりを信じたい。



俺はローラン王へと、問うように視線を移すと、ローラン王は俺からの視線を避けることなく、俺を見られた。




「キャア~!」


それは突然だった。

アデリーナの声に、俺はハッとして視線を移すと、唖然としたシリルと真っ青な顔で右手を握りしめたアデリーナがいた。

「ご、ごめんなさい。シリル様の手に触れたら、静電気かしら…ビリッとしちゃって」

アデリーナはそう言って、微笑んだがその顔色は、異常な程青くそして震えている。

「アデリーナ、休んだほうが…」
と言った俺の言葉が聞こえていないのか、アデリーナはまたゆっくりとシリルの手の上に、自分の手を重ね

「シリル様、私と踊って頂けるかしら」

「もちろんです。」

「…行ってこい、アデリーナ。」

「はい、陛下。」


嫌な…そう嫌な予感がした。

止めなくては…、止めないと…俺はきっと後悔する。そんな気がして、ふたりを追いかけようとしたら、ローラン王が俺を呼び止められた。

「どうしたのだ?顔色が悪いぞ。」

「すみません、なんだか嫌な予感がして…」

ローラン王は笑みを浮かべて、それは楽しそうに
「それは…あのふたりのどちらかが…死ぬという予感か?」

その言葉を聞いた瞬間…俺の脳裏にシリルが血を吐きながら、倒れる姿が見えた気がした。

「今、なにが見えた?」

「ぁ…シリル!行くな!」

だが叫んだ俺の声は、流れるワルツの曲にかき消されてしまい、シリルには聞こえなかったのだろう…どんどんと離れてゆく。

「くそっ!」

追いかけようとした俺に、ローラン王は言われた。

「アデリーナの楽しみを奪うな。」

そう言われて、グラスの酒を一気に飲み干し
「シリルの相手はアデリーナだ。そしてお前の相手は…私だ。」

…ぁ…。その言葉の意味がわかって、俺は唇を噛んだ。

母が殺された日、黙って俺を抱きしめてくれた人だった。
王大后や王妃のように、人を肌の色で優越を決めるような者がいるこの国は…俺にとっては辛く、寂しかった。
そんな俺に…(辛かったら、いつでもローラン国へ来い。)と言って居場所があることを教えてくれた人だった。

だから…信じていた、信じていたかった。

ローラン王はクスクスと笑われると
「そんなに気になるのなら、あのふたりを追って行ってもいいぞ。だが800年前だったか?あの日みたいに簡単に…死ぬなよ。」


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