王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

文字の大きさ
上 下
74 / 214

もうひとつの人生。

しおりを挟む
本当に…この格好で行くの?


私は鏡に映る私に言った。



あの日以来の青いドレス。

あの時は…浮かれていた。
初めてドレスを着ての仮面舞踏会。
初めて女性のパートを踊れると、徹夜で練習したんだった。


でも…


手に持っていたルージュが、花柄のカーペットの上に落ちていった。


*****




あの日、お父様が揃うと、ルシアン王子は言われた。
「2日後、夜会を開く。」


夜会…?なぜ…こんなときに夜会なのだろう?


お父様やミランダ姫が目を見開く中、ルシアン王子はまた言われた。
「アデリーナを城内にいる者に、婚約者として紹介するために夜会を開こうと思う。」


声が出なかった。
呆然としてしまった私の代わりにミランダ姫が


「ま、待って!おばあ様達がおじい様を襲ったのよ。それも異様な姿で…。城の者はそれを見たのよ!そんなときに婚約者を紹介だなんて…あり得ないわ!」

「城の者達は、化け物に陛下が襲われそうになった事は知ってはいるが、それが王大后と王妃だと思ってはいない。」

「それって……」

「あぁ…顔の判別ができなかった。だからあのドレスと宝石を見て、王大后と王妃だと思ったのだ。」


ルシアン王子の言葉に、「お可哀想に…」と呟かれ、ミランダ姫は両手で顔を覆われた。

「ミランダ…」
労わるようにミランダ姫の名前を呼ばれたルシアン王子に、ミランダ姫は頷きながら「大丈夫」と仰り、顔を上げられ

「叔父様は人質のようにローラン国に連れて行かれて、有無を言わせず結婚させられる予定だったから、妻となられる方をこの国の者は、ううん…子供とはいえ、姪の私でさえもその方の顔を知る事ができなかった。確かに…良い案だと思うわ。アデリーナ嬢を紹介したいと言えば、ローラン王は夜会に出席せざる得ないものね。」

ミランダ姫の視線を感じたが、その視線から逃げるように、私は眼を伏せた。


「罠を仕掛けるのね。ローラン王に…」

「俺は、ローラン王に罠を仕掛けるつもりで言っているのではない。ましてや、人質になった覚えもないぞ。」

「まだ、信じているの?あの…王様を…」
ブスッとした声に、ルシアン王子は困ったように笑うと、人差し指で軽くミランダ姫の額を弾かれ

「アデリーナを皆に紹介したい気持ちは本当だ。だが…」
そう言って、ルシアン王子はミランダ姫を抱き上げると

「だが、なによりも…。ローラン王とアデリーナの疑いを晴らしたい。」

「…今は…」

「今は…?」

「そう、今はいいわ。でも…必ず叔父様の頭の中に植え付けられた紛い物を…引き抜いて見せるから!」

ミランダ姫のその言葉に、ルシアン王子は笑いながら
「お前にだけは…俺が好きになった人を認めて欲しいんだけどな。」

「…認めるわ。本当に、本当に叔父様が好きになった方なら認める!」

「……ミランダ?」

ルシアン王子は愛しそうに眼を細め、微笑まれると

「焼き餅か?」

「はぁ~?!」

「お前は俺にべったりだったからな。」

「それは!叔父様が妙なところが抜けているから心配だったからよ!!」

「まぁ…そういうことにしてやろう。」

「もう~!!」

ルシアン王子が大きな声で笑い、そしてお父様は微笑んでいらしたが…でも、私は気になることがあって、笑みを作ることができなかった。


気になること…それは…
なぜ、今になって陛下を襲ったこと。

陛下が倒れられて、もう数年の月日が経っている、狙う機会は何度も合ったはずなのに、今までに一度もなかった。それが…なぜ?今になって…なぜ?


なにかがあるはず。今陛下のお命を狙う理由が…。



「ルシアン殿下。私は心配です。長い間眠っていらしている陛下をなぜ…今頃になって、それも王大后様と王妃様を使ってまでも、陛下のお命を狙ったのでしょうか?今、陛下を狙わなくてはならない理由があるのでは?もし、私の考えが当たっていれば…また陛下は狙われます。ですが…あの部屋で、どうやって陛下をお守りしたら良いのでしょうか?」




数百年前、たった一人の職人が十年かけて作った陛下の寝室は、城の2階の端にあり、外からの進入を防ぐためか…登るにつれ角度が増し、しまいには垂直近くまで角度があがっている。

そして出入り口はひとつ。

確かに敵の侵入は防げるが、味方の応援は望めない。

出入り口を数十人で守っても、相手が…あの修道女と呼ばれる者なら…いくら多数で守っても…守りきれるのだろうか?ましてや剣を使う可能性が大なら、部屋の中は数人しか入れない。それが部屋の中で戦うセオリー。
ギュウギュウ詰めで兵士を入れれば、剣を使うことは危険だからだ。


魔法が使える者と一流の剣士がいれば…。
あの修道女とアストンなら…。


陛下の部屋には侵入されそうだ。
そうしたら…勝てるだろうか?

唇を噛む私に、ミランダ姫が
「それは侯爵が、一番良い方法を知っているわ。」

私は慌ててお父様をみると、お父様はミランダ姫の言葉に唖然としていらしたが、その口元がゆっくりと笑みを作ると、深く頭を下げられた。

「ご存知でいらっしゃるのですね。」

「一応、この国を治める次の君主は私だもの。」

「さすがでございます。姫は…」

「どう言う事ですか?!」

お父様の言葉が終わる前に、私はたまらず声をあげると。

そんな私に、ルシアン王子は

「王家とウィンスレット侯爵家の結びつきは、お前が思っているより、もっと深くて強いのだ。」

「えっ?」

「あのね。おじい様のあの部屋は、ウィンスレット侯爵の屋敷と繋がっているの。」


「えっ?!!」


陛下の寝室と屋敷が繋がっている?


あっ?!

「だから…だから、あの日父上は…陛下のお部屋に…」

「そうだ。ミランダ姫をお救いするために、お前と殿下が向かわれた。そうなると城は…無防備だ。陛下を狙う者にとっては好機。あの秘密の通路が作られてから数百年、使ったのは…私が最初だろうな。」

「でも…なぜ?」

私の問いに、お父様は少し困ったように笑われると、その様子を見ていたミランダ姫が仰られた。
「昔ね、うちの祖先にあたる王女と、ウィンスレット侯爵家の次男ロイが恋をしたの。でも…当時は建国したばかりで、ふたりが結ばれることは難しかった。ところがね、反対されればされるほど…燃え上がちゃって、ふたりはある職人に頼んで、城と侯爵家を繋ぐ通路を作ろうとしたのよ。」

「えっ?そんな…」

「でも、通路ができあがる前に、隣国と戦争になりロイは戦争に…そして行方不明。でもうちの祖先は諦めが悪くて、ずっとロイを捜して、ようやく見つけたの。だけどロイは記憶を失ってて、他の女性と結婚する寸前だった。どうやって記憶が戻ったのかはよくわからないけど、記憶が戻ったロイは、反対に今度は…結婚する予定だったその女性のことも含めて、行方不明になっていた期間のことを忘れてしまったの。だから…」

「だから…?」

「…どうなったのですか?」

私の声に、ミランダ姫は微笑まれると
「あくまで言い伝えだから、どこまでが真実かは不確かなんだけど、その女性は神に仕える者だったらしいわ。信仰を捨ててまで、ロイが好きだったのね。だから行き場を失った恋は凶器となって…」

「…ロイは…その女性に…殺されたのですか?」

「…言い伝えでは…その女性は王女を狙ったんだけど、ロイは王女を庇って…亡くなったと…。」






眼の前に突然…黒い服を着た女性が、何度も頭を振りながら、真っ赤に染まった両手を見ている姿が見えた。
そして、誰かが私を抱きしめている。

『・・・!!』

私が叫んでいる。その人の名前を…泣きながら呼んでいる。
でもわからない、その人の名前を呼んでいるのに、私の耳は、その人の名を呼ぶ私の声を拾おうとはしない。

なに…これは…いったい…なに?


その人は荒い息を吐きながら
『相変わらす…大きな声だな。』と言って、フゥ~と息を吐くと、私の唇の上で『…愛してる。』と囁くように言って、ゆっくりと眼を閉じて行く。


心臓が大きな音をたて…唇が言葉を、またその人の名前を叫んだ。何度も泣きながら叫ぶような声は、はっきりと言えていないのに、私の耳はその声を…その名前をようやく拾った。




「……ロイ…」





「…?」

「どうしたのだ?」

「ロザリー?!!」



この記憶はなんなのだろうか?

私は…いったい…

それから後はよく覚えていない。ルシアン王子が、ミランダ姫が、そしてお父様が、なにか言われたが、聞こえているのに、心だけがどこかに行ってしまったようで、私は人形のようになっていた。


*****


鏡に写った泣きそうな自分の顔…


すべてではないが、私は…私の中でもうひとつの人生があったことに気がついた。


あの日私は…いや前世の私は愛する人を失い、そして彼女はロイを刺した剣を自分の喉に突き刺し…ロイを追ったが、でも、私は…彼女のようにあの人を追う事は出来なかった。

後を追おうとした私を止めたのは、私を国から追ってきた騎士の声だった。

『陛下が…王太子様が…戦死されました。姫!どうか国に戻ってくださいませ。このままだと、国はバラバラになってしまいます。上に立つ方が必要なのです!どうか姫!』


ロイ…。
私は…今、あなたの下へは逝けない。


ロイ…。私は逝けない。



前世の記憶が私を責める。
これ以上、愛する人を追えば、また悲劇が起こると…

だから、追うなと言っている。


もう…なにがなんだかわからなくなっていた。
しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】結婚して12年一度も会った事ありませんけど? それでも旦那様は全てが欲しいそうです

との
恋愛
結婚して12年目のシエナは白い結婚継続中。 白い結婚を理由に離婚したら、全てを失うシエナは漸く離婚に向けて動けるチャンスを見つけ・・  沈黙を続けていたルカが、 「新しく商会を作って、その先は?」 ーーーーーー 題名 少し改変しました

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

処理中です...