王子様と過ごした90日間。

【閑話】暗躍する者たち⑥

ガシャン！！

ガラスが割れる大きな音に、ローラン王は口元を緩め
「機嫌が悪いようだな。」

「…機嫌が悪いわけでは…ただ…」

「ただ？」

「薬は…ルシアン王子に間違いなく…」

「あぁ、ちゃんと首筋に刺したぞ。」

そう言いながら、心の中で
（まぁ…ウィンスレット侯爵にも、刺してしまったが、あれは…しょうがないことだ。）

アデリーナが床に叩き付けたグラスに眼をやり
「ルシアンとお楽しみ中だと思っていたが、なにか…あったのか？」

「…シリル様の声を聞いた途端、薬から覚められたのです。ルシアン王子が心に思う女性が入れば、忘れさせ、その記憶に私が入り込むつもりだったのに…。」


薄い笑みを唇に浮かべながら
「奪われた？！おいおい、違うだろう。前世のルシアンには恋人がいた…いや前世ではロイだったなぁ。」

そう言って、アデリーナの歪んだ顔に、冷めた眼を向け
「たまたま事故で記憶を失ったロイに惚れ、必死に愛を乞い、挙げ句の果てには、昔恋人同士だったなどと、嘘をついて、ロイの記憶をすり替えようとしたんだろう？どこが…奪われたというんだ？しかし、また数百年前と同じ事をやろうとしていたとは…笑えるな。」


アデリーナは唇を噛み、ローラン王を睨んだが、大きく息を吐くと…笑みを浮かべると
「それは恋をする私を愚かだと言っておいでなのですか！陛下とて…」

「私も愚かだと言いたのか？！」

「陛下がブラチフォード国王の暗殺を企み、ある男をけしかけたことですわ。あれこそ愚かなこと」

大きな声で笑いながら、ローラン王は
「あれは…参った。まさかこの国の王家には、人の心を色として見える者が生まれるなぞ、思いもよらなかったからな……あの男は私の色を見たのだろうな。だから、スミラ達を狙ったんだろう。だがあれで、この国の秘密を知り、お前を知った。」

「でしたわね。ようやくロイがルシアン王子に生まれ変わった事がわかり、ブラチフォード国に入った途端…あの騒ぎ。」

「あぁ…そうだった。」

「今にも、死にそうなお顔の陛下に、魂は何れ輪廻の輪に乗り、またこの世に戻って来る話をしたら、死にそうなお顔だったのに、…陛下の眼は突然輝き…叫ばれましたわね。あれは尋常ではありませんでしたわ。」

そう言ってクスクスと笑うアデリーナにローラン王は
「スミラの魂も戻るのか？！と叫んだ私は……お前から見たら妹に愛を乞う愚かな男に見えたわけだ。」

「…愛を乞うのは…愚かだとは思いませんわ！」

「…さぁ、どうだろう。だが愛を乞う為に、化け物になったのは…愚かじゃないとは言えないだろうな。」

アデリーナは浮かんだ涙を拭うと
「陛下はスミラ様の魂が、またこの世界に戻る事を待つために…人を捨てられた。私も貴方様も同じ。好きな人を追いかける為に、人を捨てなければ…その人とはもう会えないのですもの。うまく同じ時代に、生まれる事が可能なら私だって…人でいたかった。」

アデリーナの切なげな声に、ローラン王は小さな声で笑うと
「そうだったな。私はもはや人ではなかったんだ。」

「陛下…？」

「しおらしく話すお前は…スミラと似ているな…。」

なにかを誤魔化すようにローラン王はそう言って、アデリーナの腰を抱くと、ゆっくりと引き寄せ

「寂しさを体で誤魔化すのは…嫌か？」

「それこそ、愚かしいことだと私は思いますが？」

「…だが今は、そうしないと…私は壊れそうなのだ。」


ローラン王はそう言って、アデリーナの唇を荒々しく奪っていった。