王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

文字の大きさ
上 下
68 / 214

王子様が感じたものは…。

しおりを挟む
眼の前に跪く、少年のような騎士は、鋭い眼で
「ご報告があります。」と言った。

視線の強さに、俺は押されたように頷くと、シリルは
「申し訳ありません。殿下とふたりでお話ししたいのですが。」
 
その言葉に、アデリーナの空気が変わった。

アデリーナ…?


視線をシリルから、アデリーナにやった。
俺はこの女性が気になっている。それは…母とそっくりなその容姿だけではない、うまく言えないが…もっと深いところで、離れられないものを感じている。
それがなんなのかはわからない。初めて会ったのに、どうしてそう思うのだろうか?

だが今のは…、アデリーナから感じたものは…、先程のアデリーナから感じたものとは違う。

いったいなんだったのだ?
一瞬だったが、この心地良い空気に…混じったものは…?

ぼんやりする頭を軽く横に振り、跪く騎士を見た。



心地良い空気か…
その空気はこの少年だ。

この少年がこの部屋に入った来た時、感じたものは…おそらくミランダがよく言っている。綺麗な色というものだろう。

俺には、ミランダのような力はないが…清らかな色を持つ者の空気とはこういう物なのかも知れない…ミランダがこの者を知れば、きっと夢中になるだろうな。


あぁ…ほんの数十分前に、ひどい頭痛と嘔吐感に…ようやく現実に戻って来たと思ったが、あれはまだ意識がはっきりとしていなかったのだろうな。

今、この者の持つ空気を感じて、ようやく俺の頭は動き出したような気がする。


「わかった。アデリーナ嬢、席を外してくれ。」

「で、でも…私は殿下のお体が心配です!」

「アデリーナ嬢、席を外してくれ。」

俺の言葉に、アデリーナは頷いたが…彼女から感じる空気がまた変わった事に、俺は眉を顰めた。

これは…いったい…?

俺の視線に気が付いたのか、慌てて俯いたアデリーナは…小さな声で
「わかりました。」と言って、部屋を出て行った。


その背中を見つめ…
彼女から感じたものはなんだったんだと…俺はアデリーナが出てゆくまで、眼が離せなかった。





ひどい頭痛と嘔吐感に、意識が戻ったのは、ほんの30分程前だった。
眼を開くことはできなかったが、痛む頭の押さえて、浮かんだのは…彼女に会いたい。と思う気持ちだった。

だが…彼女?…彼女って誰だ?…その女性がわからないことに愕然としたが、唇だけがその女性を知っているかのように、何度も何度も…唇がその女性の名前を呼んでいる。

だが、呼んでいるはずの俺には聞こえず…苦しくて【助けてくれ】と…手を伸ばした、その瞬間だった。誰かが俺の手に触れ……俺は眼を開いた。


『殿下』
そう言って、微笑んだ女性を見て、息が止まりそうだった。

なぜ…母上が…まだ…俺は眠っているのか?

『…は…はうえ…?』

唖然とした俺に…その女性は困ったように、首を傾げると
『やはり、絵姿を見て頂けていなかったのですね。』

そう言って、俺の頬に触れ
『ローラン国のアデリーナでございます。』

『…ローラン国……アデリーナ。』

『はい。』


彼女が…俺の…婚約者。
その事に不思議と違和感を感じなかった。

ぼんやりした頭だったが、この女性は…知っている。母に似ているからではない。もっと…そう、魂が知っていると…俺に言っているような…。

アデリーナは優しい微笑を浮かべると、
『お会いしたかった。』と言って、俺に凭れてきた。

柔らかく甘い香りに誘われるように、そっと手を伸ばすと…頭が痛み、また嘔吐感に襲われ、慌てて、彼女へと伸ばした手で口を押さえ
『…風にあたりたい。』と言って、ベットから起き上がり窓を開けた。

ようやく…吹き込む心地良い風に、息を吐いたら、アデリーナが涙を溜めて、俺の前に立つと
『私がお気に召さないのですか?』

どういったら良いのかわからなかった。ぼんやりとする頭で
『…そういうわけではない。』

そう言った俺に…アデリーナは笑みを見せたが…だんだんと切ない顔で
『婚約者になった時は夢のようでした。覚えておいでではないでしょうが、昔、私たちは…』
その次の言葉が出てこないのか、ただ俺の顔を見つめ、ポロポロと涙を零すと…

俺の腕の中に飛び込み
『お願いです。私を…愛してください。』

『…アデリーナ。』

『私たちは結ばれる運命だったんです。もう…誰にも邪魔はさせない。だから…私を…』

そう言って、俺の首に両手を回し、唇を請うように…俺を見た。

『お願い。』

そう言って、近づく唇に…俺は動けずにいた。
その時だ。白いカーテンが舞い上がり、カーテンの隙間から…キラリと光るものが見え、そちらに誘われるように、視線が動いた事で、アデリーナの唇は…俺の唇ではなく頬に触れた。



「ルシアン殿下、急ぎお知らせしたい事があり、無礼を承知でお邪魔いたしました。」



その声に…。その凛とした声に…。
カーテンの隙間から、キラリと光ったあの金色の髪に…。

俺は囚われたように、ぼんやりと見つめていた。



まるであの瞬間の俺は、この金色の髪と青い瞳の少年に…一目ぼれしたような感じだったな。

少年に一目ぼれか…おいおい…


バカなことを考え、クスリと笑った俺だったが、跪く少年は俺の笑った声にも動ぜず、ただ俺の言葉を待っているようだった。


その態度が、シリルの父親のウィンスレット侯爵の生真面目さと重なり、今度はクスリどころか、大きな声で笑い出しそうになってしまい、必死でその笑いを押し殺しながら
「その報告を聞こう。」

笑うのを堪えた為、震える声でそう言うと、シリルはようやく口元を少し緩めた。

だが…すぐに厳しい顔で
「殿下は、なにがあって倒れられたのですか?それを覚えておいでですか?!」

「…覚えて…?」

シリルのその言葉に…俺は小さな叫び声を上げた。

そうだ…なぜ俺は…意識がなかったのだ?
その前にいったい俺はどこで、なにをしていたのだ?



しおりを挟む
感想 38

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめる事にしました 〜once again〜

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【アゼリア亡き後、残された人々のその後の物語】 白血病で僅か20歳でこの世を去った前作のヒロイン、アゼリア。彼女を大切に思っていた人々のその後の物語 ※他サイトでも投稿中

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

治療係ですが、公爵令息様がものすごく懐いて困る~私、男装しているだけで、女性です!~

百門一新
恋愛
男装姿で旅をしていたエリザは、長期滞在してしまった異国の王都で【赤い魔法使い(男)】と呼ばれることに。職業は完全に誤解なのだが、そのせいで女性恐怖症の公爵令息の治療係に……!?「待って。私、女なんですけども」しかも公爵令息の騎士様、なぜかものすごい懐いてきて…!? 男装の魔法使い(職業誤解)×女性が大の苦手のはずなのに、ロックオンして攻めに転じたらぐいぐいいく騎士様!? ※小説家になろう様、ベリーズカフェ様、カクヨム様にも掲載しています。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される

風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。 しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。 そんな時、隣国から王太子がやって来た。 王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。 すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。 アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。 そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。 アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。 そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

処理中です...