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【閑話】暗躍する者たち⑤
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「まだ、迷っていらっしゃるのですか?」
女の声は、暗闇の中で低く響いた。
「・・・」
何も答えようとはしない男に、小さな声で(どちらでもいいんだけど…)と口して、溜め息を吐くと
「あの方もルシアン王子のお命だけは助けるおつもりのようですし…。私はルシアン王子さえ頂ければ、どちらを選ばれても一向に構いませんわ。」
「…なぜなんだ。なぜ…?」
「なぜ?とは…どういう意味でしょうか?」
「お前といい、あの男といい…なぜそこまでルシアンに拘る?!」
「うふふふ…ルシアン王子は、あの方にとっては愛おしい半面、禍々しい男。そして私にとっては運命の男だからですわ。」
「手を出さないと言ったではないか!王家の人間をすべて排除するつもりなのか!ぁ…あぁ…このままだと国が…国が滅んでしまう…。」
「この国のどこに価値があると言われるのかしら?異能を持つひとりの人間に、誰もがひれ伏し、その人間の為に犠牲になってゆく者達。そんな王家など、そんな歪な国など、滅んでも構わないと、私は思っておりますけど。」
「…確かに、異能を持つ者ひとりが、治める国は歪かも知れん。だが、わかっているのか?だからと言って国を滅ぼせば、多くの流浪の民が生まれるのだぞ。それは…多くの人間が死ぬことにもなるんだ。」
「だから?」
「えっ?」
「だから、なんなのです?」
女は真っ赤に塗られた唇を舐めると
「だから、異能を持つ者の横暴に我慢しろと仰るのですか?」
男は唇を噛み
「横暴だと…何を、何を言っている!」
「まぁ、怖い。」
その言葉とは裏腹に、女はうっとうしそうに、首筋に落ちてきた髪を手櫛で直しながら
「私とて、国をここまで繁栄させたのは今の陛下のお力だと思っておりますわ。見事な手腕ですわね。…女性に対しても…。」
「なにが言いたい?!」
「女性に対して少々お手が早いと、言っておりますの。ルシアン王子の生母様の件は酷うございましたわね。王妃様はずいぶんショックだったと聞いておりますわ。自分の側室になれと言って、娘ほど離れた姫を攫うようにして、この国に連れてきて、頷かない姫を北の塔に監禁し…あぁ御労しいことに、そこで…無理やり。お子ができれば諦めて、自分の側室になると思われたのでしょうね。」
ガシャン!
「す、すまない…。」
男がテーブルを叩いたことで、カップが大きな音を立てて、床に落ち…そして粉々に割れた。
女はクスリと笑うと腰をかがめ、割れたカップの欠片を集めながら
「あなた様は陛下と違って…お優しい。国の為、妻の為、そして子供の為に、そんなひ弱な仮面をつけて、私達の言う通りに動いてくださる。今回も頷いてくださいませ。」
「頷けるか!」
「あら…この国の権力をその手に把握できますのよ。異能を持つ者を根絶やしにして、ようやく人が治める国することができますのに…」
「その為に、陛下を……ミランダを…」
「殺すのです。子供はまた作ればいい、異能持ちではない普通の子を」
「約束を守れば、誰にも手を出さないと言ったじゃないか!だから私と妻は…」
「約束…?あぁ、そう言えばそんなことを申しましたわね。この国は、異能を持つ者が生まれたら、その者が次期国王。それを阻止すれば…民にも王家の人間にも、手を出さないという約束でしたかしら?」
「そうだ!私が次期国王になれば、お前達は誰も殺さないと言ったではないか!この国に手を出さないと言ったではないか!だから私は…ミランダが次期国王になれないように…いろいろと画策して…」
「ですわね。可愛くてたまらない娘に冷たくして…頑張っておいででしたものね。」
女はにっこりと笑い、男の顎に指をかけ
「本当に王太子様は…お優しい方。」
「私に!私に触るな!!」
「でも、計画が変わったのですもの。仕方ありませんわ。」
「何が…何が仕方ないだ!私にミランダを殺すことなど…できるはずはない!あの男…、あの男は!!」
「そこまでです!王太子様。」
「あの方のお名前は口にされませんように、もしあの方のお名前を口にされたら、民も…王家の方々も…お判りでしょうが、血の海でのたうち回って頂きます。」
女はそう言って、クスリと笑った。
「貴様!」
「民の命と、異能を持つ者の命…どちらを選ぶかと言うだけの、簡単な話ですのに。何をそんなにグズグズと仰るのやら、私にはさっぱりわかりませんわ。」
「ぁぁ…あ…ぁ…」
唇が震えて、言葉を発する事が出来ないまま、崩れるように座り込んだ王太子の後ろから、女は王太子の首に腕を回し、耳元に唇を寄せ
「あぁ~お優しい王太子様は、家族を守るのか?あるいは民を守るか?お返事が楽しみですわ。」
あれほど、触れられることを毛嫌っていた王太子だったが…ぼんやりと一点を見つめ、女の好きにさせていた。
女の声は、暗闇の中で低く響いた。
「・・・」
何も答えようとはしない男に、小さな声で(どちらでもいいんだけど…)と口して、溜め息を吐くと
「あの方もルシアン王子のお命だけは助けるおつもりのようですし…。私はルシアン王子さえ頂ければ、どちらを選ばれても一向に構いませんわ。」
「…なぜなんだ。なぜ…?」
「なぜ?とは…どういう意味でしょうか?」
「お前といい、あの男といい…なぜそこまでルシアンに拘る?!」
「うふふふ…ルシアン王子は、あの方にとっては愛おしい半面、禍々しい男。そして私にとっては運命の男だからですわ。」
「手を出さないと言ったではないか!王家の人間をすべて排除するつもりなのか!ぁ…あぁ…このままだと国が…国が滅んでしまう…。」
「この国のどこに価値があると言われるのかしら?異能を持つひとりの人間に、誰もがひれ伏し、その人間の為に犠牲になってゆく者達。そんな王家など、そんな歪な国など、滅んでも構わないと、私は思っておりますけど。」
「…確かに、異能を持つ者ひとりが、治める国は歪かも知れん。だが、わかっているのか?だからと言って国を滅ぼせば、多くの流浪の民が生まれるのだぞ。それは…多くの人間が死ぬことにもなるんだ。」
「だから?」
「えっ?」
「だから、なんなのです?」
女は真っ赤に塗られた唇を舐めると
「だから、異能を持つ者の横暴に我慢しろと仰るのですか?」
男は唇を噛み
「横暴だと…何を、何を言っている!」
「まぁ、怖い。」
その言葉とは裏腹に、女はうっとうしそうに、首筋に落ちてきた髪を手櫛で直しながら
「私とて、国をここまで繁栄させたのは今の陛下のお力だと思っておりますわ。見事な手腕ですわね。…女性に対しても…。」
「なにが言いたい?!」
「女性に対して少々お手が早いと、言っておりますの。ルシアン王子の生母様の件は酷うございましたわね。王妃様はずいぶんショックだったと聞いておりますわ。自分の側室になれと言って、娘ほど離れた姫を攫うようにして、この国に連れてきて、頷かない姫を北の塔に監禁し…あぁ御労しいことに、そこで…無理やり。お子ができれば諦めて、自分の側室になると思われたのでしょうね。」
ガシャン!
「す、すまない…。」
男がテーブルを叩いたことで、カップが大きな音を立てて、床に落ち…そして粉々に割れた。
女はクスリと笑うと腰をかがめ、割れたカップの欠片を集めながら
「あなた様は陛下と違って…お優しい。国の為、妻の為、そして子供の為に、そんなひ弱な仮面をつけて、私達の言う通りに動いてくださる。今回も頷いてくださいませ。」
「頷けるか!」
「あら…この国の権力をその手に把握できますのよ。異能を持つ者を根絶やしにして、ようやく人が治める国することができますのに…」
「その為に、陛下を……ミランダを…」
「殺すのです。子供はまた作ればいい、異能持ちではない普通の子を」
「約束を守れば、誰にも手を出さないと言ったじゃないか!だから私と妻は…」
「約束…?あぁ、そう言えばそんなことを申しましたわね。この国は、異能を持つ者が生まれたら、その者が次期国王。それを阻止すれば…民にも王家の人間にも、手を出さないという約束でしたかしら?」
「そうだ!私が次期国王になれば、お前達は誰も殺さないと言ったではないか!この国に手を出さないと言ったではないか!だから私は…ミランダが次期国王になれないように…いろいろと画策して…」
「ですわね。可愛くてたまらない娘に冷たくして…頑張っておいででしたものね。」
女はにっこりと笑い、男の顎に指をかけ
「本当に王太子様は…お優しい方。」
「私に!私に触るな!!」
「でも、計画が変わったのですもの。仕方ありませんわ。」
「何が…何が仕方ないだ!私にミランダを殺すことなど…できるはずはない!あの男…、あの男は!!」
「そこまでです!王太子様。」
「あの方のお名前は口にされませんように、もしあの方のお名前を口にされたら、民も…王家の方々も…お判りでしょうが、血の海でのたうち回って頂きます。」
女はそう言って、クスリと笑った。
「貴様!」
「民の命と、異能を持つ者の命…どちらを選ぶかと言うだけの、簡単な話ですのに。何をそんなにグズグズと仰るのやら、私にはさっぱりわかりませんわ。」
「ぁぁ…あ…ぁ…」
唇が震えて、言葉を発する事が出来ないまま、崩れるように座り込んだ王太子の後ろから、女は王太子の首に腕を回し、耳元に唇を寄せ
「あぁ~お優しい王太子様は、家族を守るのか?あるいは民を守るか?お返事が楽しみですわ。」
あれほど、触れられることを毛嫌っていた王太子だったが…ぼんやりと一点を見つめ、女の好きにさせていた。
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