王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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王子様の背中。

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目の前を小石が、横切ったその瞬間……俺は笑っていた。

(当身は…もう少し強くても良かったようだ。)

小石はエイブの顔面に見事にあたって、弾丸は乾いた音だけをこの場に残し、俺の右の肩先を抜けて行った。

エイブは顔面に流れる血を拭いながら、なにやら叫んでいたが…俺の顔を見て青褪め、小さな悲鳴を上げ、慌ててもう一度引き金に指をかけようとしたが

「やらせるか!!」

俺は剣を振りかざし、銃を弾き飛ばすと、エイブの首筋に一撃を加え気を失わせ、小石が飛んで来た方向へと視線だけ動かした。

…視線の先には…

金色の髪を風に靡かせ、大きく肩で息をする騎士が、不安そうに揺れる青い瞳で俺を見ていた。

……やはり彼女だった。

太古の昔から、助けに来るのは王子で、助けられるのは姫だろう。
そう思うと、まだ危機から脱していないのに、また笑ってしまいそうだ。
だが、まだだ。ロザリーと無事を喜ぶのはまだだ。


ミランダを…

そう、俺は瞳で言うと、わかったのだろう。
ロザリーは口元に笑みを浮かべ、俺の横を走り抜けると、ミランダを捕まえている男の頭を、腰を捻って蹴り上げた。


カッコ良すぎだろう…ロザリー。

ミランダの泣き声が聞こえる。
そして…(もう大丈夫です。)と柔らかい声が聞こえる。


あぁ…そうだった。俺が…ロザリーに惹かれたのは…
妖精のように見えたあの可憐さ、ミランダを見るときの慈愛に満ちたあの微笑だけじゃない。

俺がロザリーに惹かれたのは…
ドレスの袖を引きちぎって、止血をするあの冷静さと潔さだったじゃないか…。
そう、あの男前のところだ。

そして…

俺がシリルを信じたのは…
剣捌きに一点の曇りもなく、ただひたすらに忠義をつくす生真面目さと、主君である俺の言葉に納得できなければ、頭を立てに振らない頑固者のところも…

…参った。


俺はロザリー達に、向かってくる輩に剣を向けて、これ以上近づかせないようにして、後ろのロザリーへと叫んだ。

「ミランダを俺のところへ!」

「はい。」

俺は頷くと、まだ涙が止まらないミランダを彼女から受け取り…息を飲んだ。目の端にロザリーの腰に帯びた剣が見えたから…。

それは彼女が得意とするレイピアではなく、サーベルだった。

レイピアでは…一撃では殺れない。

ミランダがいる以上、長引かせる戦いは危ないと冷静な判断をし、大勢に囲まれると覚悟と、その輩を切る覚悟でここに来たことが、サーベルを帯刀してきたことでわかった。

…本当に参った。

ロザリーの時でも、シリルの時でも…俺の心を揺らすのは彼女だけだな。


大きく息を吸い、彼女を見た。
それは惚れた女に言う言葉ではなかった。

「…お前の命は俺が預かる。」

「御意。」

男は女を守る者だと頑なに思っていた、だからどんなに剣の腕が良くても、ロザリーを戦いの場には、連れて行きたくはなかった。

覚悟を決めろとロザリーに言ったが、覚悟を決めるのは俺のほうだ。
俺と対等に剣を交える事ができる者は、女どころか、男だって早々にいない。今…この国の為にはどうしても欲しい人物だと、わかっていたが…俺は躊躇っていた。

いつか後悔する時が来るかもしれない。
どんなに腕があっても…傷を負うことはある。それは…死と隣りあわせだと言うことだ。

彼女を失いたくない。

だが、彼女だけを守る事はできない。

そして…彼女だけを愛することができない。

そんなジレンマに、きっと一生苦しむかもしれない。

…だから…

だから、せめて…


「シリル!」

「…は、はい。」


俺はお前に命を預ける。
誰も信用できずに預け切れなかった俺の背中を…お前にだけに…愛しているお前だけに…


「俺の背中をお前に預ける。」


彼女の青い瞳が大きく見開くと、袖で目元を拭い
「…は、はい!お任せください!」

「さぁ、シリル行くぞ!」

不死身の体を持つ輩に、俺の背中を守る騎士と…向かっていった。









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