王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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守りたいと思う心

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「…細く、小さな手だ。」

「えっ?」

「その体で、ここまで強くなったのは、才能もあるだろう、だが、相当な努力をしてきたのだろうな。」

「殿下。」

なんだか、胸が熱くなっていく。

剣は好きだったが、その鍛錬は並大抵ではなく、あまりの辛さに好きだった剣が、嫌いになった時期もあった。

綺麗なドレスも、長い髪も捨てて…いったい何をやっているんだろう…と、剣ダコができた手のひらを見つめては、悲しくて堪らなかった時もあった。

貴族の娘なのに、華やかな社交界とは全く無縁の世界。
そんな世界に身を置かねばならない、自分の境遇が悲しかった…でも…もういい。

ルシアン王子の言葉ですべては報われた。
まだ…頑張れる。まだ、私は殿下のお役に立てる。


そう思いながら、目を瞑った私に聞こえてきた声は…

「もう…終わりにしろ。」


熱くなっていた胸に…小さなヒビが入った気がした。

終わり?どういう意味?言われている意味が解からない。

「……?」

唖然としていた私を、苛立ったように殿下は、私の手を高く上へ持ち上げられると

「もう、男の真似などするな。お前は女だ。この細い腕に見合った人生を歩め。」

「殿下…」

「爵位は男にしか受け継げないと言う事が、お前を縛っているのなら、その件は俺が王太子に必ず意見をする…だから安心しろ。」


違う。今、私の頭を過ぎったのは侯爵家のことなどではない。
今…頭の中は…

「侯爵家のことなど…どうでもいいんです!」

「ロザリー…?」

「女に戻れとは…どういう意味ですか?それは騎士であることを…やめろと言っておいでなのですか?」

「…その通りだ。」

「で、でも、まだ私には騎士としてやるべきことがあります。」

「今宵の事なら…お前は来る必要はない。」

「どうしてですか!先程は…付き合えと…」

あぁ…そうか…アストンだ。
アストンからエイブに、私が約束の時間前に行かない事が、耳に入ることを恐れて…あの場はそう言われたんだ。

始めから…私を置いて行くおつもりだったのか。

だけど…

「エイブは!エイブは私を殺したいほど憎んでいます!その私が、約束の場所に現れなかった時点で、エイブはミランダ姫を手にかけるかもしれません!」

「エイブが殺したいほど憎んでいるシリルと言う名の騎士は…この世には存在しない男だ。」

シリルは…存在しない。
そんな名前の騎士は…存在しない。

嫌だ、こんな…こんな形で終わることなんかできやしない。

問いかけるように赤い瞳を見ると、迷いのない赤い瞳が私を見つめて居られる。
赤い瞳は揺れてはいない…迷ってはいらっしゃらない。ダメなんだ。もうそうお決めになられたんだ。

…私はうな垂れて唇を噛んだ。

ずっと…ずっと…憧れていた。
力強く、そして流れるような剣捌きに…
国民の前で、ほんの少し照れくさそうに微笑む姿に…憧れていた。

でもそれは、ルシアン王子の一部分だった。


『俺は…はぁはぁ…信用していない者は、男でも…女でも…自分の後ろには…やらん。』
それほどルシアン王子にとって王宮は、危険で…そして孤独だったことを知り、胸が震えた。

女物のコート着た私に、『脱げ!』とムキになって、子供みたいに剥れた顔。

『シリル…盾になることは断じて許さん。』私の迷いを見抜いた赤い瞳の鋭さ。

『ロザリー、あの時はありがとう。』優しい言葉と綺麗な微笑み。


ルシアン王子の姿を知る度に、いつしか憧れが、恋に変わっていったが、どうにもならないとわかっていた。だから叶うことなどない恋だから…この手で好きな方を守りたいと思った。

女として、ルシアン王子の側にいられないのなら、せめて騎士としてお守りしたい…と、なのにそれさえも…許してはもらえないんだ。


……嫌。やっぱり嫌だ!
男と偽って、生きてきたのは…こんなときの為だもの。

「…私は…シリルです。」

「ロザリー!!」

「私は殿下に騎士の誓いをたてた騎士です。」

「バカを言うな!お前は女なんだぞ!」

「私は殿下の剣であり、盾です。」

「いい加減しにしろ!惚れた女を危い目にあわせられるか!!」

「…えっ?」

「……」

「今…」

「…惚れていると言った。」

「…殿下…」

握られていた腕が引っ張られ…ルシアン王子の胸の中で、私は切ない声を聞いた。

「こんな形で…想いを打ち明ける事になるとは…。」

「…わ、私…」

「悪い。このままで居てくれ。お前の顔を見ては言えそうもないんだ。俺は……青いドレスで踊るお前を見た時から…惹かれていた。でも俺はお前に、愛も…将来も…何も与えることが出来ない。だからせめてお前の命だけは守りたいんだ。だから…わかってくれ。」

「…」

「ロザリー…?」

「私は!私は騎士なんです。守ってもらうのではない、守りたいんです。」

ルシアン王子の胸を押しながら
「だって騎士じゃないと…殿下のお側にいられない…。」

「ロザリー、お前…」

視線が絡み合ったが、ルシアン王子は眼を逸らして、呟くように
「すまない…」

その言葉と同時に、ルシアン王子が私のみぞおちに当身を入れられた。

「うっ……」

赤い瞳が揺れるのが見えたのが最後、意識は…ここで途切れてしまった。




「ロザリー」

ルシアン王子が震えながら私の名前を呼び…私の唇に触れられたことも…知らないまま…


時は…20時を回ろうとしていた。




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