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王子様は心の中で…

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アストンは笑っていた。

嘲笑いたくもなるだろうな。


『本当は殿下だって気づいていたんでしょう。こいつが…女だと言うことを…』


気づいていた…というより感じていた。
手合わせをした時、その違和感はより増したが、でも…認めたくはなかった。
認めれば、彼女に惹かれて行く自分を認める事になるようで、その違和感に蓋をした。

そう思いながら、揺れ動く心に嘲笑ったら…アストンには。そうは見えなかったようだ。

「おやおや…この女と父親である侯爵を信じてるんですか?だからそうやって笑っておられるのですか?ふ~ん…でも…この女と父親は、侯爵と言う地位を手放したくなくて、双子などと偽って、殿下を欺いていたんですよ。本来なら斬首ものだ。」


何か秘密があるとは、わかっていた。だが、侯爵に言った通り、国や俺を裏切っていないのなら…良いと思っていた。ミランダがあんなに慕うふたりに、疚しい心があると思えなかったからだ。
なにも答えない俺に、アストンは小声で「じゃぁ…これはどうだ。」と言うと

「見たでしょう?」

すぐに何を言っているのかわかった。
平静な顔を作ったつもりだったが、声はそうではなかったようだ。

「何を言っている?」

「声が…震えていらっしゃる。殿下は…こっちのほうが気になっていらっしゃるのか…」

そう言って笑うと
「俺とこいつとのキスシーンは、結構ハードだったでしょう?」

アストンはそう言いながら、俺を鋭い眼で睨むと

「こいつは俺の女で、俺に頼まれ…殿下の動きを探っていたんです。」

隣から、叫ぶ声がした。
「アストン!!貴様!な、なにを!言っている!殿下、嘘です!」

嘘だとはわかっている。
だが…アストンと唇を重ねていた彼女姿が、頭から離れなくてすぐに言葉が出てこなかった。

そんな俺を彼女は唇を震わせ…俺の前に跪き
「…お疑いですか?殿下。」

「そりゃ、疑うさ。18年も騙されていたんだぜ。」

「黙れ!アストン!」

彼女はそう叫ぶと、力を失ったように両手を地面につけ
「私は確かに…女です。18年偽って参りました。でも…それは国を守るためにどうしても、侯爵家をエイブに渡すわけには行かなかったからなんです。信じてください。」

青褪めた彼女の顔に涙が…一滴零れていった。

あの…シリルが、いやロザリーが…泣いている。
強くて、元気な…彼女が…



「女の涙かよ。ズルイな…お前は…。」

「アストン!」

「女とバレたら、その武器を使うなんて、恐れ入ったぜ。」

「アストン!」

彼女は腕を振り上げ、アストンに殴りかかろうとしたが…アストンが笑って
「ロザリー、そんなに腕を振り上げたら、せっかく胸元を直したのに…また肌蹴るぜ。いいのか…俺と良い事をした名残を殿下にお見せして」


俺は眼を伏せた。
そうだ、彼女の胸元は乱れ…キスを…

彼女は頭を横に振り
「信じてください…お願いです。殿下!」

そう言って、俺の前に跪き…ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「謙虚であれ、誠実であれ、裏切ることなく、欺くことなく、弱者には常に優しく、強者には常に勇ましく、己の品位を高め、堂々と振る舞い、民を守る盾となり、主の敵を討つ矛となり、騎士である身を忘れることなく、この命を主に…尽くすことを誓う。」

俺から視線を外すことなく、騎士の誓いを口にすると、大きく息を吸って

「ミランダ姫を助けるまでは、どうか私をこのままお側に置いてくださいませ。その後はどうなってもかまいません。いかなる処分でも受ける覚悟です。」
そう言って、頭を下げた。

騎士の誓い。

彼女はここに来ると決めた時……決めていたんだ。
俺とミランダの為に…人を殺める覚悟を、そして…その戦いにおいて死ぬ覚悟を

だが…俺は…

「…俺は…」

ようやく出た俺の声に、彼女は慌てて顔を上げ俺を見た。
俺の眼の前に跪き、青い瞳を潤ませて、俺を見る金色の髪の騎士は…
あの時の青いドレスを着た…ロザリー。

「今夜ミランダを助けに行くためには、あの手紙通りにお前と一緒に行かなければならない。付き合え。」

「殿下!」

「だが…」

「…?」

「だが…ミランダを助けた後は、お前の任を解く。」

「…殿下…私は…」

「俺はこの国を出てゆく男だ。処分は、次期王である王太子が決める事だ。」




『医者を呼ぶなと仰るのなら、殿下の右腕は、私に止血させてください。』
と叫んで、ドレスの袖を引きちぎったロザリー。


レイピアとタガーナイフを使って、俺を追い込んで行く剣の腕前を持つシリル。

綺麗な涙を零す青い瞳が…
強い意志を持つ青い瞳が…愛おしい。

…シリルが…ロザリーが…愛おしい。


だから生きていて欲しい。
触れることもできない女なら、せめて生きていて欲しい。
女として、幸せな人生を見つけて欲しい。


青い瞳が、大きく見開き俺を見ている。

あぁ…そうだった。あの時…
あの青い瞳から次々と涙を零して、何度も頭を横に振り、唇が震えるように 《ごめんなさい。》と動いていたのは…俺に嘘を付いていた事への、許しを願う心の声だったんだ。

「ルシアン殿下…。」

俺を呼び、何か言おうとしたのだろうが、耐えていた涙が堰を切ったように溢れ、彼女は俯き声を殺して泣いている。

あの時と同じように…彼女の頬に触れ…涙を拭い、青い瞳の中に、赤い瞳の俺を見たい。

あの時と同じように、唇が触れ合うほど…俺は…

叶うはずのないこの思いに眼を伏せ、心の中で彼女には決して言えない言葉を呟いていた。


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