王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ち。

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足が重かった。

気分も重かった。

隣を歩くお父様も同様のようだ。

「お父様、どうしましょうか。役に立たないエイブは、場合によっては、ボコボコにして、出てこれないようにしますけど」

重い気分は私に、過激な事を言わせたが、負けず劣らずお父様も
「ボコボコって、回復するボコボコなんだろう。できれば…二度と私たちの前に出てこれないようにしたいな。」

そう言って、私たちは「「はぁ~~」」と大きな溜め息をついた。

「なぁ…ロザリー。明日からの勤務だが、通常6人のところが5人になる。そうなると、騎士の負担も大きいし、何よりお前が後宮に入り込むのが大変だ。だから私は90日という期間だから、他の仕事はどうにかして、しばらく殿下の警護に付こうと思う。」

「お父様!まさか…あの男と組むつもりでは…?」

「カールはまだまだだ。バートは腕は良いが私ほどではない。ならば私だ。もし…殿下に切りかかろうとしたら、その男に対峙できるのは私しかおらん。」

「お父様!私が…「無理なんだろう。」」

「えっ?」

「人を切ることが、いや、殺めることが…」

「…お父様。」

「責めてはおらん。当たり前だ。」

そう言って、私の頭に手を置き
「昔、私の父…おまえにとっては祖父だ。その父から言われた。
『何のためにお前は剣を抜くのか。』とな。」

私は黙って、お父様を見た。

お父様は笑って
「私は『騎士だからです。』と答えたら、父は…こう言われた。

『お前は…まだ騎士ではない。
剣の修行をして腕を上げたから、騎士になるのではない。
命がかかった場面に、剣を抜いてこそ騎士になる。それはどういうことだかわかるか?剣を抜くのは、相手を殺めるつもりで抜くもの、その覚悟ができてから、騎士となるのだ。

だから、まだお前は騎士ではない。

だが、人を殺めることを当たり前のように思うようになったら、それも騎士ではない。

ただの化け物だ。

騎士とは、主の為、国の為、それは愛する人が穏やかに暮らせる世を守るために、止むを得ず、剣を抜く者を騎士と呼ぶ。その心には、ただ愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ちだけしかない。その覚悟を…公言することが騎士の誓いだ。』と言われた。」


ただ、愛する人を、大事な人を守りたいと思う気持ち。


今でも…どこかで迷う気持ちがある。でも…その言葉は私を騎士へと、一歩導いてくれる気がした。戦うのは己のためではない。剣を抜くのは、ただ守りたいと思う気持ち。

「お父様、カルヴィン・アストンから…人を殺す事ができない騎士では、主は守れないと言われました。」

お父様は黙って私を見て、私の次の言葉を待っていらっしゃる。

私は大きく息を吸い
「愛する人を、大事な人を守りたい気持ちは、この胸の中で溢れるほどです!でも!でも!できるでしょうか…。いざと言うとき、人を殺めることへの恐れで私の手は震えて…動かなかったら…私は…愛する人や、大事な人を守れない。心の中でこんなに守りたいと思っているのに、この命を懸けてでもと思っているのに…自分が…自分の体が信用できないんです。」

うまく言えなくて、しどろもどろになってしまった、そんな私の頭をぽんぽんと軽く叩くとお父様は…

「だから…殿下に言えなかったのか。自分がいざと言うときに剣を抜き、相手を切る覚悟がないから、俯いてしまったのか。…辛かったな、愛する人を、大事な人を守りたい気持ちは、胸の中で溢れるほどあるのに、殿下から自分の後ろは任せられないと言われて…。」

「お父様…。」

「あれは…殿下が5歳だった。殿下とご生母スミラ様は警護をしていた者に切られ、殿下の傷は浅かったが、スミラ様はその傷が元で…亡くなられた。」

「えっ?でもスミラ様は事故でと…」

「スミラ様の祖国であったローラン国には、言えなかったのだ。なぜならスミラ様を切った者は、陛下の庶子だったからだ。もっともそれがわかったのは…事件の後だ。その者の母親は町の者で、一夜の慰めの為に王が手を付けられた女だった。王の子を宿したが…あの気位の高い王大后様と王妃様が、後宮に入れることを拒まれ、苦労の上に…亡くなったと言う。その者は、いつか王を悲しみのどん底に落としてやりたい、大事なものを自分から奪ったのだから、自分も奪ってやると思っていたと証言したと聞いた。」

「それが…ルシアン殿下とスミラ様だったのですか?」

「その当時、王は利発なルシアン王子と、美しいスミラ様を溺愛されていたからな。」

「そんな…」

顔を歪めた私に…お父様は…

「背中からだった。」

「えっ?背中から…切られたのですか?」

お父様は静かに頷かれ
「幼かった殿下は、たいそうその者を慕っておいでだったから、かなりショックだったのだろう。
母上を亡くされた悲しみと、裏切られた悲しみで、それから人を寄せ付けられなくなられた。

その頃だ、私が殿下に剣を、お教えすることになったのは…。

背中を預けられないのは、そういうことがあったからだろう。だが…殿下に剣を、お教えするようになって、私は気づいてしまった。上達するほど殿下の剣は、己ひとりで窮地を切り抜く剣だとな。だからロザリー…私は思う、殿下はほんとうは自分に近づくことで、誰かが死ぬ事が恐いのではないだろうか。」

お父様が泣きそうな顔で
「なぜ?殿下は浅い傷で、スミラ様は深手を負ったと思う?」



見えた気がした。

幼いルシアン王子を庇う。黒髪の女性が…



唇を噛んだ私に
「そうだ。背中を預けられないのは、その者を信用できるか、できないかということはもちろんだが…殿下は恐いのだ。自分を庇って誰かが死ぬのが…まだ殿下は5歳の頃の悪夢から、目覚めていらしていない。」

そう言って、お父様は私を見つめ
「殿下はお前に迷いがあると、気づかれたのだろう。剣を抜いて主を守れないのなら、どうやって主を守る…体を張ってしかない。その事に気づかれたから、ああ言われたのだと思う。」


主の剣になると誓った、でも盾になるとも…誓ったから。
だから、私が剣として使えないのなら、盾として使って戴こうと思っていた。

それを殿下がお許しにならないのなら…どうしたらいいのだろうか。

私は唇を噛んで、利き腕の右手を左手でしっかり握った。

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