王子様と過ごした90日間。

秋野 林檎 

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結婚までの7日間 Lucian & Rosalie

7日目㊳

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「ロザリー様!とどめを!憎きローラン王からどうぞ我々をお守りください!」

男の声が聞こえた。

―でも体が動かない。
ローラン王の赤い瞳に映る自分の顔が別人のように見え、言い知れぬ恐怖で体が…動かない。

思わず視線を外すと…

ミランダ姫が大きな声で叫びながら…泣いていらっしゃる姿が見えた。
なぜ?泣いていらっしゃるのだろう…。
そんなミランダ姫の肩を抱き、カルビン・アストンが…唇を噛んでこちらをみている。

その姿は、カルビン・アストンも、ミランダ姫も‥このローラン王を殺したくないように見える。
なぜ?悪魔に魂を売り渡した男。誰もがこの男の死を願っているはずなのに、ミランダ姫は、カルビン・アストンは、この男の死を願っていない。

なぜ?

私はまたローラン王を見た。ローラン王も黙って私を見ている。
赤い瞳は狂気に満ちた色、人の血を浴びた体に、染み込んだ恨みの色のはず、そのはずなのに…ローラン王の赤い瞳の奥に何か温かなものを感じる。

 
何か、大切な事に気付きそうな気がした。だが突然、顔色を変えたローラン王が、私から視線を外すと、左から来る者に向かって叫んだ。

「侯爵!来るな!」

―侯爵?

誰かが来ていると感じていた、そしてその殺気も感じていたが‥ここは戦場だ。殺気など至る所に感じる。

でも侯爵って‥

ゆっくり視線を移すと、お父様が‥武神と言われたウィンスレット侯爵が見えた。
剣を抜かれ、ゆっくりと向かって来られる。

「ダメだ!おまえにロザリーを斬ることは許さん!」

ローラン王の言葉に体が震えた。

お父様が、私を‥私を斬る?!
あの殺気は私に向けられたもの?!

「お父様‥」

口から出た声はやっと言葉になったように感じた。
お父様は一瞬、歩みを止められたが、またこちらに向かって歩いて来られる。

「ローラン王!お父様に何をした!呪いを掛けたのか!」

「ロザリー‥。」

ローラン王は赤い瞳を潤ませ、私の名を呼んだ。
その瞳に溢れるものに私の手は震えた、

なんて顔で私を見るのだろう。
まるで‥いや、そんなことあるはずはない。

愛おしい者を見るような瞳だと思うなんて、バカなことを

ダメだ。この瞳を見ていたら殺せない。
剣だけを見る、そう剣だけを、この男を殺さないと民を守れない、主君を守れない。

…主君‥‥?主君って…ぁ…私は…誰に仕えていた?

「ロザリー!」
私の名前を呼ぶローラン王の赤い瞳から逃げるように自分の剣を見た。
剣の切っ先は白い手袋をつけたローラン王の手の中。


白い手袋‥?
なぜ、ローラン王は白い手袋などしている?戦場で白い手袋…有り得ない。

ゴクンとつばを飲み込み、目を瞑った。

なにかが…おかしい。これもローラン王の力のせいなのだろうか?ミランダ姫もお父様も…変だ。
早く、ローラン王を殺して…この状況から抜け出さなくては!

目を開き、剣に力を込めた。

白い手袋に滲んだ血が、刺繍をされた文字へと広がって行くのが見えた。

…刺繍‥


『ローラン国では、好きな方の持ち物に、その方の名前と自分の名前を刺繍すると、ふたりはどんな困難に当たっても、その愛と絆は切れることがないと言われているそうなんですよ。なんか乙女チックで笑えますよね~!ロザリー様?』
『…キャロルさん。私、刺繍…したいです。』
『えっ?ええっ~!!』
『お、教えてください~!』


…ぁ、あ…

頭の中に浮かんだ場面の中で、私は真っ赤な顔で、そして幸せそうに白い手袋を抱き締めている。

『…ロザリー様。これ…ルシアンではなくてルチアーノになってますよ。』
『えっ?』
『Lucian(ルシアン)様のnの次に…oが入って…Luciano(ルチアーノ)に…』


なに…これは…

「…ローラン王!なにをした!私になにを…」
そう叫び、ローラン王を見た瞬間、先ほどのローラン王の言葉が頭に響いた。


『ロザリーおまえが男の姿になって、戦わなければならない世を変えるとおまえに誓った。』
『そう言った俺に、おまえは…そんな世になったら、今度こそ刺繍を一から、キャロルにならうと。俺の名を…ルシアンと…刺繍してくれると言ってくれた。だからここで死ぬわけにはいかない。俺の横で刺繍をするおまえを見たいから、そんな世を作りたいから、死ぬわけにはいかない。ロザリー!思い出せ!俺を思い出せ!…思い出して…くれ。』


私は叫んだ。
いやそれは心が引き裂かれる音だったかもしれない。その瞬間…すべてが見えた、すべてを思い出した。
でも、もう体は思うようには動けなかった。

赤い瞳が見えた。
白い手袋に刺繍されたLuciano& Rosalieという文字が見えた気がした。



―刺繍…やり直したかったなぁ。

そう思いながら…心が暗闇の中に落ちて行った。
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