シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子

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第五話(最終話) 相称の翼

第九章:一 緋桜の導き

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 麒角きかくしるべとして闇呪あんじゅに膨大なが収束し、取り込まれていく。重くよどむ空気が密度を増し、朱桜すおうでさえ気持ちを張りつめていないと気を失いそうになる。
 
 闇呪あんじゅがーーこの世の黄帝が、わざわいへと変化してしまう。美しい顔貌かおかたちは怒気に歪み、別人のように恐ろしい。滲み出した黒い模様が見る間に肌を覆いつくしていく。

「陛下のお力を、お借りいたします」

 誰もが身動きを忘れるほどの最悪の状況を前に、緋桜ひおうが一歩前に進み出た。
 緋色の鮮やかな袖が舞う。女王の振る舞いに相応しい優雅な仕草で、虚空から自身の剣を引き抜いた。朱桜すおうが刀剣のすらりとした赤い反射を見たのは一瞬だった。

「我が魂魄いのちって、じゅを滅す! 朱雀すざく!」

 女王の刀剣ーー紅旭剣こうきょくのつるぎに光が一閃した。朱桜すおうが朱雀に預けた力を、女王の刀剣が受け止めている。
 紅旭剣こうきょくのつるぎが黄金の炎を纏った。

「陛下。黄帝陛下にかけられたじゅを一時的に払います。私にお任せ下さい」

「そんなことをすれば、宮様がーー」

「そのために陛下の力をお借りしたのです。私のことは構わず、黄帝陛下の麒角きかくを引き抜いてください」

 緋桜ひおう朱桜すおうの手を引く。紅旭剣こうきょくのつるぎが一振りされると、踊る炎が広がり、闇呪あんじゅに集うを焼き払っているかのように見えた。

「良いですか、陛下」

 女王は美しい黄金の炎を纏っている。自分を導く緋桜に、朱桜は全てを委ねる覚悟を決めた。コクリと息を呑む。頷くと女王が大きく紅旭剣こうきょくのつるぎを振るった。

 麒角きかくを源として竜巻を起こしたかのようなの激流に、女王の放った炎が激突した。さらなる衝撃を覚悟したが、まるで時が止まったかのように、全ての流れが相殺する。突き刺さった麒角きかくが、何の障害もなく朱桜すおうの目に映った。

「陛下!」

 女王が呼吸を合わせるように叫び、刀剣を振り上げると、麒角きかくから得体の知れない黒い塊が引きずり出された。そのまま紅旭剣こうきょくのつるぎに吸い寄せられ、吸収される。

 朱桜すおうは古木のように見えた麒角きかくが本来の輝きを取り戻すのを見ていた。一目散に進み出て、手を伸ばす。灼熱の痛みもなく、手になじむ感触。
 何も考えられず、力の限り麒角きかくを引き抜いた。視界に血しぶきがあがり、身に闇呪あんじゅの血が降り注ぐ。

「先生!」

 朱桜すおうはその場に崩れ落ちそうになった闇呪あんじゅの身体を支える。無自覚に自身の礼神を発揮し、途轍もなく邪悪な変化を遂げていた彼の身体を抱きしめた。
 朱桜は強く身体にしがみついたまま、その場に倒れこむ。

「陛下。そのままお力を黄帝陛下へ。そして、呼んでください。翼扶つばさの声は必ず届きます」

 緋桜ひおうが傍で片膝をついて朱桜すおうの手をとると、そっと闇呪あんじゅの胸にあてがった。朱桜は力を解放したまま叫ぶように呼びかける。

「先生!――闇呪あんじゅの君!」

 闇呪の身で無数に絡みあい、肌色を黒く変化させていた模様が、縄を解くようにゆるやかに解けていく。まるで朱桜すおうが呼びかけるごとに、美しい姿を取り戻していくかのようだった。

「闇呪の君、私はあなたに伝えなければならないことがあるんです」

 ぽつりと、朱桜の涙が美しい闇呪あんじゅの頬に落ちる。

「聞いてほしいことがーー」

 ぽつぽつと、涙が彼の頬を濡らす。

「だから、私の傍にいてください。これからも、ずっと……」

 闇呪の胸に添えている手から、少しずつ彼の体温が戻るのがわかる。
 やがて呼吸が蘇り、胸が緩やかに上下すると、とくりと鼓動が触れた。

朱桜すおうーー」

 大きくはないのに、よく通る声。聞きなれた声が聞こえる。眩しそうに開かれた闇呪の漆黒の双眸に、自分の影が見えた。

「先生!」

 ゆっくりと身を起こした闇呪あんじゅに、朱桜すおうは力の限りしがみついた。
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