214 / 233
第五話(最終話) 相称の翼
第七章:二 朱雀殿
しおりを挟む
闇呪から流れ出す血が、朱桜に心の平安を与えない。加えて暁から聞かされた事実が、ぐるぐると胸の内を巡っている。
出自に秘められた真実。
知らずに背負っていた錘が外された気がするのに、喜んで良い事なのか良くわからない。
混乱している。
生まれた時から、大切に思われていた。罪の子ではなかった。
(ーー宮様に、いろいろ聞いてみたい)
赤の宮には、朱桜の出自を打ち明けることができない屈託があるのだと、暁は言った。どのような屈託であるか、朱桜にはよくわからない。本当に赤の宮は、自分を愛しいと思っているのだろうか。
(聞いてみたい)
けれど、戸惑いがある。赤の宮が打ち明けることを望んでいないのであれば、やはり自分は知らないふりをするべきなのかもしれない。
「朱桜の姫君?」
透国の皇女に呼ばれ、朱桜をハッとして、すぐにさっきまで座っていた場所に戻る。
暁の話を聞くため、朱桜はひととき座を離れていた。闇呪の横たわる居室まで、どうやって戻ってきたのかもわからないほど、思考が引き込まれていたらしい。
いつのまに歩んできたのか、居室の傍らに立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか?」
皇女も兄皇子である白虹に劣らず、変化に目ざとい。朱桜は頷いて笑顔を向けた。箸が進まず、ほとんどそのままになっている膳と改めて向き合う。
横たわる闇呪がの状態が、朱桜をさっきまでの物思いから引き戻す。
血の気のない人形のように白い顔。その蒼白さが止まらない血の赤を、余計に鮮烈に見せる。麒角を抜く手立てもない。
皇女に促されて、ゆっくりと箸を動かすが、何を口に入れても砂を噛むようだった。
「陛下、よろしいでしょうか」
ふいに凛とした声が響く。赤の宮が現れ、朱桜の前で平伏する。朱桜は俄かに心が揺れる。さざ波のように震える心奥を感じて、いっきに気持ちが慌ただしくなった。
「宮様、私にそのような気遣いは……」
「陛下こそ、私に気遣いは無用です」
女王ーー緋桜がゆっくりと面をあげた。
「陛下には数多の心労がございましょう。本来であれば御休み頂きたいところですが、そういうわけにも参りません」
「はい」
朱桜はすっと姿勢を正す。緋桜の仕草に母親としての綻びがないかと考えていた気持ちを引き締めた。今は自分の出自に対して、感傷に浸っている場合ではない。
「本来であれば金域にお戻りになり、各国の王を招集すべきですが、今は危険が伴う可能性がございます。そのため、この緋国から陛下の礼神を発揮していただきます」
朱桜は頷いた。不思議と自分にできるかどうかを疑う気持ちはない。黄緋剣《おうひのつるぎ》をこの手にした時から、膨大な力を感じている。自身の真名を知るように、解き放つ術も心得ていた。
解き放った礼神をどのように活かすのかは、各国に委ねるべきことだ。
朱桜は緋桜に促されるがままに、気を引き締めて闇呪の傍を離れた。どうしても後ろ髪を引かれるが、麒角を抜く手立てがない以上、傍にあるだけでは何の助けにもなれない。今はこれ以上成す術がない。そう言い聞かせた。
朱桜は緋桜と二人きりになると、前を歩む背中に問いかけたい衝動がこみ上げる。
(ーー宮様が、私の母様)
たしかに顔貌がよく似ている気がする。もちろん姉妹でも同様のことは起こりえるが、今となっては親子の証を映しているようにしか思えない。
(では、この髪は)
他の宮とは違い、朱桜一人だけがうねるような美しい癖を持たない。まるで水に濡れたように、おさまりの良い直毛。
(父様はどんな人だったのだろう)
先守であったことは、暁から聞いている。朱桜の先途を占い、緋桜に託してこの世を去った。すでに亡き父親。
(この髪は、父様譲りなのかな)
さらりと自身の長い髪を指で梳く。幼いころは罪の子である証だと感じていた髪。忌まわしいだけの頭髪だったが、暁に真実を打ち明けられてからは、忌々しさが失われていた。意識が変化していることに、改めて気づく。
「こちらからは朱雀殿、王のみに許される場ですが、陛下にお越し頂けることは我が国の神獣も歓迎いたしましょう。どうぞこちらへ」
内裏の最奥だろうか。真っすぐに伸びる軒廊の突き当りに、見事な門があった。朱雀を彫った豪奢な模様が扉を飾っている。空気がしんと張りつめ、静謐な力がこもっているような錯覚に囚われる。力のある何かが在る気配。緋国の力の源。この疲弊した世を、各国の四神が何とか支えて来たのだろう。
女王が門を開き、朱雀殿へと足を踏み入れると、途端にずんとした空気に襲われる。
さっきまでの静謐さが嘘のような、足元が渦巻くような心もとなさに包まれた。
何の調度もない伽藍堂のような部屋。中央の台座に赤く輝く刀剣が刺さっている。
(女王の剣?)
朱桜が目を凝らそうとすると、女王の玲瓏とした声が、聞き慣れない甲高さで響いた。
「朱雀? いったい、どうしたのです?」
朱桜にはそれが普段と異なる気配であることがわからなかったが、緋桜の叫ぶような問いかけで、只事ではない事が伝わってくる。
(ーー女王。残念ながら結界に綻びが生じた。悪しき鬼の気配がある。もはや、我の力ではどうにもならぬ。やはり女王に与えられた占いは結実するようだ)
残念だ、と声が続く。
朱桜は堂内を見渡すが、自分と赤の宮以外には何者の姿も見えない。四神とは目に見えぬ神獣なのだろうか。
「良いのです、朱雀。私は約束を果たします。ーーここまで、とても永かった」
ようやく肩の荷が下りると言いたげに、緋桜は浅くほほ笑む。
「陛下」
緋桜はくるりと踵を返すと朱桜と向き合う。女王に相応しい厳然とした雰囲気が増していた。
「こちらへ。陛下の剣を朱雀に預けてほしいのです」
ひたひたと速足に台座まで歩み寄り、女王は台座に刺していた自身の剣をつかみ取った。すっと一振りして虚空の鞘に納めると、朱桜を見つめる。
「ご安心ください。陛下が必要としたとき、いつでも剣を手にすることができます。今は朱雀に力をお貸し下さい」
「はい」
赤の宮の言葉を疑うような気持ちは片鱗もない。朱桜は虚空を掻いて指先に触れたものをつかみ取り、ひといきに引き抜いた。薄暗い堂内が輝きに満たされる。剣を手にして女王の顔を窺うと、ふわりとほほ笑みが返ってきた。
「陛下、見事な剣です」
「黄緋剣です」
緋桜は頷いて、さっきまで女王の刀剣――紅旭剣が刺さっていた台座へと促した。
「あまり褒められた方法ではございませんが、今は仕方がありません。陛下。こちらへ、黄緋剣を」
朱桜はためらいなく手にした刀剣を台座に突き立てる。直後、さらなる光が弾けた。ごうっと堂内に淀んでいた重い気配を吹き飛ばすように風が起こる。ばさりと頭上で羽ばたく音がする。天井を仰いでも、辺りを見ても影も形もないが、大きな翼がばさりばさりと風を起こしているのがわかる。
台座を中心に増していく輝きが、炎のような色目を帯び、さらに威力を増していく。
目を焼かれそうな圧倒的な光だったが、不思議と朱桜は瞬きもせず、一部始終を眺めていられた。赤の宮は正視するのが厳しいのか、袖を翳している。
いまにも爆発しそうな光の中にあったが、朱桜は一瞬ふわりと身体が浮くような錯覚に囚われる。次の瞬間、高い天井へはじけ飛ぶように、堂内を満たす光が上空へ抜け、無限に伸びた。
朱桜には見ることが叶わなかったが、光の柱は鬼の坩堝の黒柱に等しい規模で天を貫いた。世界に光を与える様は圧倒的で、まるで異界で突然夜が明け、日中の陽射しに照らされるような威力をもたらした。
「ありがとうございます、陛下」
あまりの光に姿が輪郭を失い、赤の宮は光の中に溶け込んだかのように、淡い陽炎のようにしか見えない。声だけが明瞭に聞き取れた。
「ここは朱雀に預けましょう」
光の中でゆらりと何かがうごめく。気配が近づいても、女王の姿は光に呑まれてはっきりと見ることが叶わない。
「陛下にはもっと成していただきたいことがありますが、朱雀の結界に綻びがあります。今は黄帝陛下が心配です。急ぎ、戻りましょう」
「先生ーー、黄帝陛下が?」
朱桜はすぐに身を翻したが、くいと袖を引く力に勢いを止められる。
「陛下に恐れ多いことを申し上げますが、どうか黄帝陛下をお救い下さい。両陛下は私が魂魄に変えてもお守り申し上げます。これからも、陛下は黄帝陛下を信じて歩んでください」
お互いに光に溶けた輪郭で姿が良く見えないが、朱桜は緋桜に手を握られたのがわかった。
「再興した世で、両陛下が健やかにお過ごしになれることを願っております」
「宮様」
圧倒的な光の加減で、やはり赤の宮の表情はわからない。ただ、握られた手から熱が伝わる。
緋桜の手が、あたたかかった。
「陛下、朱緋殿へ戻りましょう」
「はい」
ゆっくりと光の渦を抜ける。朱桜はつんと胸に熱がこみ上げていることに気づく。
(やはり、全てが落ち着いたら、私は宮様に聞きたい)
きっと緋桜は笑ってくれるのではないか。軒廊を戻る女王の背中を見ながら、朱桜はそんな期待が膨らむのを感じていた。
(宮様と――母様と、話がしたい)
まだ温かい手の熱が残っている。緋桜は朱桜の期待を裏切らないのではないか。きっと母娘として語り合える。朱桜の内で、そんな気持ちが大きくなっていた。
出自に秘められた真実。
知らずに背負っていた錘が外された気がするのに、喜んで良い事なのか良くわからない。
混乱している。
生まれた時から、大切に思われていた。罪の子ではなかった。
(ーー宮様に、いろいろ聞いてみたい)
赤の宮には、朱桜の出自を打ち明けることができない屈託があるのだと、暁は言った。どのような屈託であるか、朱桜にはよくわからない。本当に赤の宮は、自分を愛しいと思っているのだろうか。
(聞いてみたい)
けれど、戸惑いがある。赤の宮が打ち明けることを望んでいないのであれば、やはり自分は知らないふりをするべきなのかもしれない。
「朱桜の姫君?」
透国の皇女に呼ばれ、朱桜をハッとして、すぐにさっきまで座っていた場所に戻る。
暁の話を聞くため、朱桜はひととき座を離れていた。闇呪の横たわる居室まで、どうやって戻ってきたのかもわからないほど、思考が引き込まれていたらしい。
いつのまに歩んできたのか、居室の傍らに立ち尽くしていた。
「大丈夫ですか?」
皇女も兄皇子である白虹に劣らず、変化に目ざとい。朱桜は頷いて笑顔を向けた。箸が進まず、ほとんどそのままになっている膳と改めて向き合う。
横たわる闇呪がの状態が、朱桜をさっきまでの物思いから引き戻す。
血の気のない人形のように白い顔。その蒼白さが止まらない血の赤を、余計に鮮烈に見せる。麒角を抜く手立てもない。
皇女に促されて、ゆっくりと箸を動かすが、何を口に入れても砂を噛むようだった。
「陛下、よろしいでしょうか」
ふいに凛とした声が響く。赤の宮が現れ、朱桜の前で平伏する。朱桜は俄かに心が揺れる。さざ波のように震える心奥を感じて、いっきに気持ちが慌ただしくなった。
「宮様、私にそのような気遣いは……」
「陛下こそ、私に気遣いは無用です」
女王ーー緋桜がゆっくりと面をあげた。
「陛下には数多の心労がございましょう。本来であれば御休み頂きたいところですが、そういうわけにも参りません」
「はい」
朱桜はすっと姿勢を正す。緋桜の仕草に母親としての綻びがないかと考えていた気持ちを引き締めた。今は自分の出自に対して、感傷に浸っている場合ではない。
「本来であれば金域にお戻りになり、各国の王を招集すべきですが、今は危険が伴う可能性がございます。そのため、この緋国から陛下の礼神を発揮していただきます」
朱桜は頷いた。不思議と自分にできるかどうかを疑う気持ちはない。黄緋剣《おうひのつるぎ》をこの手にした時から、膨大な力を感じている。自身の真名を知るように、解き放つ術も心得ていた。
解き放った礼神をどのように活かすのかは、各国に委ねるべきことだ。
朱桜は緋桜に促されるがままに、気を引き締めて闇呪の傍を離れた。どうしても後ろ髪を引かれるが、麒角を抜く手立てがない以上、傍にあるだけでは何の助けにもなれない。今はこれ以上成す術がない。そう言い聞かせた。
朱桜は緋桜と二人きりになると、前を歩む背中に問いかけたい衝動がこみ上げる。
(ーー宮様が、私の母様)
たしかに顔貌がよく似ている気がする。もちろん姉妹でも同様のことは起こりえるが、今となっては親子の証を映しているようにしか思えない。
(では、この髪は)
他の宮とは違い、朱桜一人だけがうねるような美しい癖を持たない。まるで水に濡れたように、おさまりの良い直毛。
(父様はどんな人だったのだろう)
先守であったことは、暁から聞いている。朱桜の先途を占い、緋桜に託してこの世を去った。すでに亡き父親。
(この髪は、父様譲りなのかな)
さらりと自身の長い髪を指で梳く。幼いころは罪の子である証だと感じていた髪。忌まわしいだけの頭髪だったが、暁に真実を打ち明けられてからは、忌々しさが失われていた。意識が変化していることに、改めて気づく。
「こちらからは朱雀殿、王のみに許される場ですが、陛下にお越し頂けることは我が国の神獣も歓迎いたしましょう。どうぞこちらへ」
内裏の最奥だろうか。真っすぐに伸びる軒廊の突き当りに、見事な門があった。朱雀を彫った豪奢な模様が扉を飾っている。空気がしんと張りつめ、静謐な力がこもっているような錯覚に囚われる。力のある何かが在る気配。緋国の力の源。この疲弊した世を、各国の四神が何とか支えて来たのだろう。
女王が門を開き、朱雀殿へと足を踏み入れると、途端にずんとした空気に襲われる。
さっきまでの静謐さが嘘のような、足元が渦巻くような心もとなさに包まれた。
何の調度もない伽藍堂のような部屋。中央の台座に赤く輝く刀剣が刺さっている。
(女王の剣?)
朱桜が目を凝らそうとすると、女王の玲瓏とした声が、聞き慣れない甲高さで響いた。
「朱雀? いったい、どうしたのです?」
朱桜にはそれが普段と異なる気配であることがわからなかったが、緋桜の叫ぶような問いかけで、只事ではない事が伝わってくる。
(ーー女王。残念ながら結界に綻びが生じた。悪しき鬼の気配がある。もはや、我の力ではどうにもならぬ。やはり女王に与えられた占いは結実するようだ)
残念だ、と声が続く。
朱桜は堂内を見渡すが、自分と赤の宮以外には何者の姿も見えない。四神とは目に見えぬ神獣なのだろうか。
「良いのです、朱雀。私は約束を果たします。ーーここまで、とても永かった」
ようやく肩の荷が下りると言いたげに、緋桜は浅くほほ笑む。
「陛下」
緋桜はくるりと踵を返すと朱桜と向き合う。女王に相応しい厳然とした雰囲気が増していた。
「こちらへ。陛下の剣を朱雀に預けてほしいのです」
ひたひたと速足に台座まで歩み寄り、女王は台座に刺していた自身の剣をつかみ取った。すっと一振りして虚空の鞘に納めると、朱桜を見つめる。
「ご安心ください。陛下が必要としたとき、いつでも剣を手にすることができます。今は朱雀に力をお貸し下さい」
「はい」
赤の宮の言葉を疑うような気持ちは片鱗もない。朱桜は虚空を掻いて指先に触れたものをつかみ取り、ひといきに引き抜いた。薄暗い堂内が輝きに満たされる。剣を手にして女王の顔を窺うと、ふわりとほほ笑みが返ってきた。
「陛下、見事な剣です」
「黄緋剣です」
緋桜は頷いて、さっきまで女王の刀剣――紅旭剣が刺さっていた台座へと促した。
「あまり褒められた方法ではございませんが、今は仕方がありません。陛下。こちらへ、黄緋剣を」
朱桜はためらいなく手にした刀剣を台座に突き立てる。直後、さらなる光が弾けた。ごうっと堂内に淀んでいた重い気配を吹き飛ばすように風が起こる。ばさりと頭上で羽ばたく音がする。天井を仰いでも、辺りを見ても影も形もないが、大きな翼がばさりばさりと風を起こしているのがわかる。
台座を中心に増していく輝きが、炎のような色目を帯び、さらに威力を増していく。
目を焼かれそうな圧倒的な光だったが、不思議と朱桜は瞬きもせず、一部始終を眺めていられた。赤の宮は正視するのが厳しいのか、袖を翳している。
いまにも爆発しそうな光の中にあったが、朱桜は一瞬ふわりと身体が浮くような錯覚に囚われる。次の瞬間、高い天井へはじけ飛ぶように、堂内を満たす光が上空へ抜け、無限に伸びた。
朱桜には見ることが叶わなかったが、光の柱は鬼の坩堝の黒柱に等しい規模で天を貫いた。世界に光を与える様は圧倒的で、まるで異界で突然夜が明け、日中の陽射しに照らされるような威力をもたらした。
「ありがとうございます、陛下」
あまりの光に姿が輪郭を失い、赤の宮は光の中に溶け込んだかのように、淡い陽炎のようにしか見えない。声だけが明瞭に聞き取れた。
「ここは朱雀に預けましょう」
光の中でゆらりと何かがうごめく。気配が近づいても、女王の姿は光に呑まれてはっきりと見ることが叶わない。
「陛下にはもっと成していただきたいことがありますが、朱雀の結界に綻びがあります。今は黄帝陛下が心配です。急ぎ、戻りましょう」
「先生ーー、黄帝陛下が?」
朱桜はすぐに身を翻したが、くいと袖を引く力に勢いを止められる。
「陛下に恐れ多いことを申し上げますが、どうか黄帝陛下をお救い下さい。両陛下は私が魂魄に変えてもお守り申し上げます。これからも、陛下は黄帝陛下を信じて歩んでください」
お互いに光に溶けた輪郭で姿が良く見えないが、朱桜は緋桜に手を握られたのがわかった。
「再興した世で、両陛下が健やかにお過ごしになれることを願っております」
「宮様」
圧倒的な光の加減で、やはり赤の宮の表情はわからない。ただ、握られた手から熱が伝わる。
緋桜の手が、あたたかかった。
「陛下、朱緋殿へ戻りましょう」
「はい」
ゆっくりと光の渦を抜ける。朱桜はつんと胸に熱がこみ上げていることに気づく。
(やはり、全てが落ち着いたら、私は宮様に聞きたい)
きっと緋桜は笑ってくれるのではないか。軒廊を戻る女王の背中を見ながら、朱桜はそんな期待が膨らむのを感じていた。
(宮様と――母様と、話がしたい)
まだ温かい手の熱が残っている。緋桜は朱桜の期待を裏切らないのではないか。きっと母娘として語り合える。朱桜の内で、そんな気持ちが大きくなっていた。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
旦那様、離婚しましょう
榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。
手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。
ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。
なので邪魔者は消えさせてもらいますね
*『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ
本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......
愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。
星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。
グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。
それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。
しかし。ある日。
シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。
聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。
ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。
──……私は、ただの邪魔者だったの?
衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。
【完結】「心に決めた人がいる」と旦那様は言った
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
「俺にはずっと心に決めた人がいる。俺が貴方を愛することはない。貴女はその人を迎え入れることさえ許してくれればそれで良いのです。」
そう言われて愛のない結婚をしたスーザン。
彼女にはかつて愛した人との思い出があった・・・
産業革命後のイギリスをモデルにした架空の国が舞台です。貴族制度など独自の設定があります。
----
初めて書いた小説で初めての投稿で沢山の方に読んでいただき驚いています。
終わり方が納得できない!という方が多かったのでエピローグを追加します。
お読みいただきありがとうございます。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる