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第五話(最終話) 相称の翼
第一章:四 名のない鳳凰2
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何がそんなに不思議なのかと言いたげに、少女は黒い大きな瞳で瞬きをする。奏が黙り込んでしまうと、付け加えるように答えた。
「守護ではない霊獣には天意を感じる本能のようなものがあるの。だから、その感覚に従っているだけじゃないかしら」
「では皓月の一連の行動は、あなたがた鳳凰を守るためではなく、黄帝のためでも相称の翼のためでもないというわけですか? ただ、天意を感じてそう動くと?」
「そうよ」
きっぱりと少女は断定する。霊獣が天意を現すという話は彼方も聞いたことがある。これまではそれが真実なのかわからなかった。
幼い二人は霊獣のもつ何らかの理がわかっているらしいが、彼方には掴みきれない。
「じゃあ、僕達が皓月に導かれてこちらに来たのも天意ということかな」
これまでの成り行きを振り返りながら彼方が呟くと、少女は「皓月が導いたのならそうでしょ」と軽く答える。
奏はまるで何かの答えを求めるかのように質問を続けた。
「皓月は本当にわたしが天子の助けになると示したのですか」
「うん。そう教えてくれたけど」
それがどうかしたのかと言いたげに、少年には些細なことらしい。けれど、それが奏にとってどれほど腑に落ちないことなのかは彼方にも想像がついた。
「あなた方は、霊獣は天子……黄帝のために何かをすることはないと云いました」
「うん」
少年は頷く。奏がゆっくりと首を傾けた。
「しかし、天意に従う霊獣が、相称の翼の守護を助け、また天子の助けとなる者と共にあったということですね」
彼方は「あっ」と声をあげた。奏の考えていることを正しく理解した気がした。
「じゃあ、ようするに天意は黄帝や相称の翼を守ろうとしているということ?」
咄嗟に彼方が口にすると、奏が頷いた。
「彼らの話をまとめるとそういうことになります。天意が天帝を守ろうとしているかどうかはわかりませんが、その存在を否定しているわけではないでしょうね」
彼方はふと思い出す。奏と出会ったとき、彼は既にこの世が黄帝を否定しているのではないかという衝撃的な憶測を語った。けれど鳳凰の語ったことは、その憶測を見事に否定している。
「だけど、兄様が天子の助けになる者というのは、どういうことかしら」
黙って話を聞いていた雪がぽつりと漏らす。白虹の皇子は世の禍であると語られた闇呪に真実の名をもって忠誠を示したのだ。本来ならば黄帝の敵となる決意でしかない。
奏は何か思うことがあるのか、何も答えない。彼方は素直に思ったことを言ってみる。
「奏が闇呪に忠誠を誓ったことが、黄帝の助けにもなるってことじゃない? だとしたら、奏の決意は悪くない選択だったってことだよ」
言葉にすると余計にそう思えて彼方は嬉しくなったが、奏はそのことに対しては口を開かない。何かが腑に落ちないのか、あるいは思うことがあるのか。端正な横顔はいつもどおりで、何を考えているのかは分からなかった。
「ともかく、霊獣のもつ理のようなものは少しわかりました」
奏は話題を変えるかのように幼い二人に笑いかけてから、彼方と雪を見る。
「東吾の素性など他にも気になることはありますが、今は天宮のお嬢さんの動向が気にかかります。鳳凰が云うように本性を取り戻したのなら、彼女は既に術を解除したことになります」
「だとすれば、やっぱり天落の法を発動させたのは副担任の真名だったんだ」
「ええ、そう考えるしかありません」
彼方はちらりと時計を見る。既に深夜になっているが、朝までじっとしていることはできそうにない。
「すぐに委員長と副担任のところに戻ろう」
意気込んで立ち上がると、奏は止めることもなく頷いた。
「鳳凰を伴っていくべきでしょうね」
幼い二人を見ると、彼らはたまりかねたように席から立ち上がる。
「俺たちとの約束はどうなってるわけ?」
「そうよ! 勝手に話をすすめないでよ」
奏は動じることもなく微笑む。
「私達が向かうところには、お二人の主も関わっているはずです」
「そんなの関係ないね。俺たちはいまさら我が君の足跡になんか興味ないの。今会いたいわけ、すぐ会いたいわけ。わかる?」
「――足跡って」
彼方が問い返すよりも早く、少年が声をあげる。
「我が君はもうこっちにはいないの! それは明らかなわけ! はじめから皓月が俺たちをこっちに導いたことが意味不明だって云ってるじゃん!」
彼方は奏と顔を見合わせた。奏は苛立ちを隠さない二人に問い返す。
「本当に? 本当にあなた方の主はもうこちらにはいないと?」
「何回も同じことを聞かないでよ」
少女が甲高い声をあげるが、彼方にはかまっている余裕がなかった。朱里は――朱桜の姫君は既に天界へ立ち去ったのだろうか。あるいは、ふたたび何らかの方法で本性を隠したのかもしれない。ようやくつかんだ相称の翼の行方。
それを再び失ってしまうことは避けたかった。
彼方は意味がないとわかっていても、もう一度時計を見る。時刻をたしかめても、やはり正体を見破ってからそれほど時間は経っていない。
彼方は舌打ちをする。はじめから、これからの成り行きを模索している余裕など与えられていなかったのだ。今更になって、それを思い知らされる。
「白虹の皇子、行こう!」
ためらわずマンションを飛び出した。深夜なら人目を気にすることもない。彼方は焦る気持ちを隠そうともせず、ひたすら夜道を駆けた。
「守護ではない霊獣には天意を感じる本能のようなものがあるの。だから、その感覚に従っているだけじゃないかしら」
「では皓月の一連の行動は、あなたがた鳳凰を守るためではなく、黄帝のためでも相称の翼のためでもないというわけですか? ただ、天意を感じてそう動くと?」
「そうよ」
きっぱりと少女は断定する。霊獣が天意を現すという話は彼方も聞いたことがある。これまではそれが真実なのかわからなかった。
幼い二人は霊獣のもつ何らかの理がわかっているらしいが、彼方には掴みきれない。
「じゃあ、僕達が皓月に導かれてこちらに来たのも天意ということかな」
これまでの成り行きを振り返りながら彼方が呟くと、少女は「皓月が導いたのならそうでしょ」と軽く答える。
奏はまるで何かの答えを求めるかのように質問を続けた。
「皓月は本当にわたしが天子の助けになると示したのですか」
「うん。そう教えてくれたけど」
それがどうかしたのかと言いたげに、少年には些細なことらしい。けれど、それが奏にとってどれほど腑に落ちないことなのかは彼方にも想像がついた。
「あなた方は、霊獣は天子……黄帝のために何かをすることはないと云いました」
「うん」
少年は頷く。奏がゆっくりと首を傾けた。
「しかし、天意に従う霊獣が、相称の翼の守護を助け、また天子の助けとなる者と共にあったということですね」
彼方は「あっ」と声をあげた。奏の考えていることを正しく理解した気がした。
「じゃあ、ようするに天意は黄帝や相称の翼を守ろうとしているということ?」
咄嗟に彼方が口にすると、奏が頷いた。
「彼らの話をまとめるとそういうことになります。天意が天帝を守ろうとしているかどうかはわかりませんが、その存在を否定しているわけではないでしょうね」
彼方はふと思い出す。奏と出会ったとき、彼は既にこの世が黄帝を否定しているのではないかという衝撃的な憶測を語った。けれど鳳凰の語ったことは、その憶測を見事に否定している。
「だけど、兄様が天子の助けになる者というのは、どういうことかしら」
黙って話を聞いていた雪がぽつりと漏らす。白虹の皇子は世の禍であると語られた闇呪に真実の名をもって忠誠を示したのだ。本来ならば黄帝の敵となる決意でしかない。
奏は何か思うことがあるのか、何も答えない。彼方は素直に思ったことを言ってみる。
「奏が闇呪に忠誠を誓ったことが、黄帝の助けにもなるってことじゃない? だとしたら、奏の決意は悪くない選択だったってことだよ」
言葉にすると余計にそう思えて彼方は嬉しくなったが、奏はそのことに対しては口を開かない。何かが腑に落ちないのか、あるいは思うことがあるのか。端正な横顔はいつもどおりで、何を考えているのかは分からなかった。
「ともかく、霊獣のもつ理のようなものは少しわかりました」
奏は話題を変えるかのように幼い二人に笑いかけてから、彼方と雪を見る。
「東吾の素性など他にも気になることはありますが、今は天宮のお嬢さんの動向が気にかかります。鳳凰が云うように本性を取り戻したのなら、彼女は既に術を解除したことになります」
「だとすれば、やっぱり天落の法を発動させたのは副担任の真名だったんだ」
「ええ、そう考えるしかありません」
彼方はちらりと時計を見る。既に深夜になっているが、朝までじっとしていることはできそうにない。
「すぐに委員長と副担任のところに戻ろう」
意気込んで立ち上がると、奏は止めることもなく頷いた。
「鳳凰を伴っていくべきでしょうね」
幼い二人を見ると、彼らはたまりかねたように席から立ち上がる。
「俺たちとの約束はどうなってるわけ?」
「そうよ! 勝手に話をすすめないでよ」
奏は動じることもなく微笑む。
「私達が向かうところには、お二人の主も関わっているはずです」
「そんなの関係ないね。俺たちはいまさら我が君の足跡になんか興味ないの。今会いたいわけ、すぐ会いたいわけ。わかる?」
「――足跡って」
彼方が問い返すよりも早く、少年が声をあげる。
「我が君はもうこっちにはいないの! それは明らかなわけ! はじめから皓月が俺たちをこっちに導いたことが意味不明だって云ってるじゃん!」
彼方は奏と顔を見合わせた。奏は苛立ちを隠さない二人に問い返す。
「本当に? 本当にあなた方の主はもうこちらにはいないと?」
「何回も同じことを聞かないでよ」
少女が甲高い声をあげるが、彼方にはかまっている余裕がなかった。朱里は――朱桜の姫君は既に天界へ立ち去ったのだろうか。あるいは、ふたたび何らかの方法で本性を隠したのかもしれない。ようやくつかんだ相称の翼の行方。
それを再び失ってしまうことは避けたかった。
彼方は意味がないとわかっていても、もう一度時計を見る。時刻をたしかめても、やはり正体を見破ってからそれほど時間は経っていない。
彼方は舌打ちをする。はじめから、これからの成り行きを模索している余裕など与えられていなかったのだ。今更になって、それを思い知らされる。
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