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第五話(最終話) 相称の翼
第一章:三 名のない鳳凰1
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「白虹の皇子には助けてもらった恩があるけどさ。俺達は今それどころじゃないんだよね、悪いけど」
「そうよ、って云うか、私達なんのためにこっちに来たのか、全くわからないんだけど。本当に無意味、無意味の境地!」
東吾が姿を消したあとも、鳳凰と紹介された二人は憤りを隠さない。彼方は本当にこれが相称の翼の守護なのかと疑いたくなる。そもそも東吾の言葉が全て真実であるという保証はないのだ。
「我が君がこちらにいないとなると、とりあえずあっちに戻るしかないよな」
「そうね」
二人は何の未練もないという態度で、くるりと背を向ける。
「待ってください。聞きたいことがあります」
奏はすばやく二人の前に進み出て、行く手を阻んだ。
「皇子。だから俺達急いでいるんだってば」
「東吾があなた方をこちらに導いたのには、何か意味があるはずです。闇雲に動き回っても目的が果たせるとは限りません。それにあなた方はこの異界から天地界への道をご存知なのですか?」
二人は顔を見合わせた。
「皇子は知っているわけ? じゃあ、案内してよ」
「私の質問に答えてくだされば、快くご案内申し上げます」
にっこりと奏が二人に笑顔を向ける。奏は幼い二人を丸め込むことに成功したようだった。二人はしぶしぶ室内にとどまり、促された席に座った。
「では伺いますが、どうして変幻できたのですか?」
「俺達もともと変幻できるじゃん」
「ですが、これまでは変幻しなかった。なぜ、今になって?」
「我が君が本性を取り戻したからよ。それで私達の戒めが緩んだみたいなの」
彼方は咄嗟に奏と顔を見合わせてしまう。鳳凰の主は相称の翼なのだ。彼方はまさかと思いをめぐらせる。朱里は既に術の解除を果たしてしまったのだろうか。
「戒めというのは?」
奏の追求に二人は首をかしげる。
「戒めは戒めじゃん」
「私達には鳳凰を戒められるような力があるとは思えません」
「そういわれても、やられちゃったんだから仕方ないじゃん。瀕死のところを皇子が助けてくれたでしょ?そもそも俺達まだ不完全だもん。名を与えてもらっていないんだから」
「名を?」
「そうなのよ。私達まだ与えられていないの。信じられる?」
少女はこれ以上の悲劇はないと言わんばかりに頭を抱え込む。
「だからね。俺達は一刻も早く我が君に会いたいわけ。名を与えられると、それで守護として完全になる」
「あなた方に名を与えられるのは、守護すべき主だけなのですか」
「もちろん。でもまぁ、名を与えられるかどうかの前に、そもそも俺達の発生がちょっと不完全みたいなんだけどさ。この呪われた姿を見りゃわかるでしょ」
「――それは、たしかに」
鳳凰も金色を纏う霊獣であるはずなのだ。彼らは小さな鳥の姿をしていたときも、黒い炎を纏っているかのようだった。
「しかし、いったい誰に襲われたのですか」
「鬼」
「鬼が自ら意思をもって?」
「さぁ」
「さぁって」
彼方は思わず声をあげてしまう。自分達の立場が分かっていないのか、二人の言うことはなかなか要領を得ない。
「俺達だって、わけわかんないの。不完全だし、突然襲撃されるし。いったい何が起こっているのか教えて欲しいよ。我が君には会えないし、まだ名も与えてもらっていないし」
へそを曲げ始めた二人をなだめるようにして、奏が根気良く質問を続けた。
「ずっと私の宮で過ごしていたのはなぜですか?」
「とにかく非力だったから、結界に守られている必要があるって皓月が導いてくれたんだ。皇子は天子を助ける者だから、ここなら大丈夫だって。変幻してからこっちに導いてくれたのも皓月だし」
「そうそう。でもあの守護は気持ち悪かった」
「うん。だよね。鳥肌もんだよ」
わざとらしく体を震わせて、二人は自分の体を抱くように腕を回す。
「あの守護って?」
何気なく彼方が聞くと、少年があっさりと答えた。
「俺達と一緒にここに来たじゃん」
「一緒に?」
二人は頷く。
「おそらく東吾のことを云っているのでしょう」
奏がすばやく指摘した。
「東吾が守護って……。いったい、誰の?」
彼方の驚きには無頓着な様子で、幼い二人は首を振った。
「そんなの知らないよ。だけど、あれは絶対に俺達と同じ者だもん。ものすごく気持ちの悪い感じがするけど、麒麟だと思うな」
間違いないと頷く少年の傍らで、彼方は何をどう考えるべきなのかわからなかった。にわかに与えられた情報が多すぎて、全てを関連付けて把握することができない。
「しかし、本当に皓月が全て示したのですか」
奏が少し話を戻す。彼方も考えることを後回しにして会話に耳を傾けた。ふと雪が気になって振り返ると、彼女はじっと幼い二人を見つめている。彼方の視線に気付くと、笑顔を向けてくれた。鳳凰の登場に希望を抱いているのか、これからのことについてどうすべきか行き詰まっていたときより、雪らしい表情が戻っていた。
「そうだよ。俺達が瀕死のところを見つけてくれたのも皓月だし」
「皓月――趨牙のような霊獣は、やはり麒麟や鳳凰に従い守るということですか?」
「それは違うわよ。霊獣の長が麒麟なの。そして麒麟は天子に憑くでしょ。だから基本的に霊獣は天子のためにならないことを好まない。それだけよ」
「では、鳳凰は?」
「私達は少しちがうわね。天子が抱いた翼扶への想いから形作られるわけだから。翼扶の守護として、翼扶のためだけにあるわ」
「皓月があなた方を助けるのはどうしてですか?」
「理由なんてわからないわ」
「そうよ、って云うか、私達なんのためにこっちに来たのか、全くわからないんだけど。本当に無意味、無意味の境地!」
東吾が姿を消したあとも、鳳凰と紹介された二人は憤りを隠さない。彼方は本当にこれが相称の翼の守護なのかと疑いたくなる。そもそも東吾の言葉が全て真実であるという保証はないのだ。
「我が君がこちらにいないとなると、とりあえずあっちに戻るしかないよな」
「そうね」
二人は何の未練もないという態度で、くるりと背を向ける。
「待ってください。聞きたいことがあります」
奏はすばやく二人の前に進み出て、行く手を阻んだ。
「皇子。だから俺達急いでいるんだってば」
「東吾があなた方をこちらに導いたのには、何か意味があるはずです。闇雲に動き回っても目的が果たせるとは限りません。それにあなた方はこの異界から天地界への道をご存知なのですか?」
二人は顔を見合わせた。
「皇子は知っているわけ? じゃあ、案内してよ」
「私の質問に答えてくだされば、快くご案内申し上げます」
にっこりと奏が二人に笑顔を向ける。奏は幼い二人を丸め込むことに成功したようだった。二人はしぶしぶ室内にとどまり、促された席に座った。
「では伺いますが、どうして変幻できたのですか?」
「俺達もともと変幻できるじゃん」
「ですが、これまでは変幻しなかった。なぜ、今になって?」
「我が君が本性を取り戻したからよ。それで私達の戒めが緩んだみたいなの」
彼方は咄嗟に奏と顔を見合わせてしまう。鳳凰の主は相称の翼なのだ。彼方はまさかと思いをめぐらせる。朱里は既に術の解除を果たしてしまったのだろうか。
「戒めというのは?」
奏の追求に二人は首をかしげる。
「戒めは戒めじゃん」
「私達には鳳凰を戒められるような力があるとは思えません」
「そういわれても、やられちゃったんだから仕方ないじゃん。瀕死のところを皇子が助けてくれたでしょ?そもそも俺達まだ不完全だもん。名を与えてもらっていないんだから」
「名を?」
「そうなのよ。私達まだ与えられていないの。信じられる?」
少女はこれ以上の悲劇はないと言わんばかりに頭を抱え込む。
「だからね。俺達は一刻も早く我が君に会いたいわけ。名を与えられると、それで守護として完全になる」
「あなた方に名を与えられるのは、守護すべき主だけなのですか」
「もちろん。でもまぁ、名を与えられるかどうかの前に、そもそも俺達の発生がちょっと不完全みたいなんだけどさ。この呪われた姿を見りゃわかるでしょ」
「――それは、たしかに」
鳳凰も金色を纏う霊獣であるはずなのだ。彼らは小さな鳥の姿をしていたときも、黒い炎を纏っているかのようだった。
「しかし、いったい誰に襲われたのですか」
「鬼」
「鬼が自ら意思をもって?」
「さぁ」
「さぁって」
彼方は思わず声をあげてしまう。自分達の立場が分かっていないのか、二人の言うことはなかなか要領を得ない。
「俺達だって、わけわかんないの。不完全だし、突然襲撃されるし。いったい何が起こっているのか教えて欲しいよ。我が君には会えないし、まだ名も与えてもらっていないし」
へそを曲げ始めた二人をなだめるようにして、奏が根気良く質問を続けた。
「ずっと私の宮で過ごしていたのはなぜですか?」
「とにかく非力だったから、結界に守られている必要があるって皓月が導いてくれたんだ。皇子は天子を助ける者だから、ここなら大丈夫だって。変幻してからこっちに導いてくれたのも皓月だし」
「そうそう。でもあの守護は気持ち悪かった」
「うん。だよね。鳥肌もんだよ」
わざとらしく体を震わせて、二人は自分の体を抱くように腕を回す。
「あの守護って?」
何気なく彼方が聞くと、少年があっさりと答えた。
「俺達と一緒にここに来たじゃん」
「一緒に?」
二人は頷く。
「おそらく東吾のことを云っているのでしょう」
奏がすばやく指摘した。
「東吾が守護って……。いったい、誰の?」
彼方の驚きには無頓着な様子で、幼い二人は首を振った。
「そんなの知らないよ。だけど、あれは絶対に俺達と同じ者だもん。ものすごく気持ちの悪い感じがするけど、麒麟だと思うな」
間違いないと頷く少年の傍らで、彼方は何をどう考えるべきなのかわからなかった。にわかに与えられた情報が多すぎて、全てを関連付けて把握することができない。
「しかし、本当に皓月が全て示したのですか」
奏が少し話を戻す。彼方も考えることを後回しにして会話に耳を傾けた。ふと雪が気になって振り返ると、彼女はじっと幼い二人を見つめている。彼方の視線に気付くと、笑顔を向けてくれた。鳳凰の登場に希望を抱いているのか、これからのことについてどうすべきか行き詰まっていたときより、雪らしい表情が戻っていた。
「そうだよ。俺達が瀕死のところを見つけてくれたのも皓月だし」
「皓月――趨牙のような霊獣は、やはり麒麟や鳳凰に従い守るということですか?」
「それは違うわよ。霊獣の長が麒麟なの。そして麒麟は天子に憑くでしょ。だから基本的に霊獣は天子のためにならないことを好まない。それだけよ」
「では、鳳凰は?」
「私達は少しちがうわね。天子が抱いた翼扶への想いから形作られるわけだから。翼扶の守護として、翼扶のためだけにあるわ」
「皓月があなた方を助けるのはどうしてですか?」
「理由なんてわからないわ」
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