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第五話(最終話) 相称の翼
第一章:一 残された者
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先ほどまでと同じ光景が、色を失ったように暗く沈む。本性を取り戻した朱里がはなった圧倒的な輝き。今はもう見ることも叶わない。
彼女は立ち去ってしまった。
遥はふっと糸が切れたように寝台に腰掛ける。ずっと覚悟していた別れが訪れた。それが予想よりも早かったのか、あるいは遅すぎたのか。
あえて考えることを放棄する。そんなことに思いを巡らせても意味がない。遥は再び寝台から立ち上がる。他愛ない身動きによって傷痕がひきつれたのか、じわりと痛みが広がった。思わず胸に手をあてて、遥ははっと守護のことを思い出す。決して主を傷つけることのない黒麒麟の凶行。
身を貫いた、暗い衝撃。
麟華の角を体に受け止めたとき、底知れない悪意を感じた。
遥は守護の様子をたしかめるために、部屋を出た。ためにしに麒一を呼んでみたが、何の気配も現れない。まだこちらの世界に戻ってきていないのだろう。
何かが起きたにしても、やはり麒華の行動は腑に落ちない。黒麒麟の力をもってしても抗うことの出来ない何か。
遥には自身の命運が終焉に向かいつつあるのではないかという予兆のように感じられる。
(――その方が良いのかもしれない)
世界は相称の翼をとりもどした。今となっては、朱桜の知らないところで破滅することを望んでいるといっても過言ではない。
麒華の部屋へ入ると、まるで何事もなかったかのように寝台に横たわり目を閉じている姿を確認できた。ひとまず安堵して歩み寄ると、遥はふっと室内にある鏡台に目を奪われた。
自身の姿を映す鏡。
おもわず自分の髪に触れる。麒華に貫かれて目覚めた後、まるで本性を暴露するかのように、頭髪も瞳も本来の闇色を取り戻していたはずなのだ。
それが。
元に戻っている。
こちらに来て歪んだ姿が映していたように、あるいはそれ以上に明るい色合いに。
漆黒よりも色味を含んだ茶髪に戻っているのだ。鏡の向こうからこちらを見ている瞳も、同じ色合いを帯びている。
遥はすぐに眩しい輝きを思い出した。
相称の翼。触れた金色。
こちらの世界が歪ませた姿よりも、ひときわ明るくなった色合い。彼女の放った輝きが、わずかに遥の――闇呪の闇をはらったに違いない。
誰にも侵されない闇を、いとも簡単に。
やはり自分は彼女に討たれて終わる。もっとも避けたい結末であるのに、思い描くことはたやすい。
遥は記憶を閉じ込めるように、朱桜のはなった輝きを脳裏からふりはらう。
麒華に歩み寄って無事をたしかめると、にわかに麒一の行方が気になった。
一度天界に戻り、麒一を呼び戻す必要がある。黒麒麟が同胞の凶行に気が付かなかったとは思えない。
麒一にも何かが起きている、あるいは起きたと考えるのが道理だった。
黒麒麟に何が起きているのかを突き止めなければならない。遥は寝台に横たわる麒華を見つめたまま、これからのことを考えた。すぐにでも天界へ戻り、麒一の行方を追うべきだろうか。
遥は貫かれた胸元に触れながら、麒華をこのまま置き去りにはできないと考え直す。寝顔は安らかだが、その身に変化がないのかどうかはわからない。正気を取り戻しているのなら、目覚めを待って事情を聞くこともできる。
状況を整理しながらも、遥は暗い思いに占められていくのをどうしようもなかった。
麒華の目覚めを期待しながら、それを恐れてしまう。
朱里の、――朱桜の不在。
守護には朱桜が相称の翼として旅立ったことを告げなくてはならない。これまで家族のように過ごした記憶を抱えたまま、黒麒麟は朱桜をどのように思うのだろう。
主の敵として、これまでに培われた情愛は失われてしまうのだろうか。それは考えるだけで、ひどく遥を落胆させた。
遥は重苦しい憶測を払うように、麒華の部屋を後にした。
彼女は立ち去ってしまった。
遥はふっと糸が切れたように寝台に腰掛ける。ずっと覚悟していた別れが訪れた。それが予想よりも早かったのか、あるいは遅すぎたのか。
あえて考えることを放棄する。そんなことに思いを巡らせても意味がない。遥は再び寝台から立ち上がる。他愛ない身動きによって傷痕がひきつれたのか、じわりと痛みが広がった。思わず胸に手をあてて、遥ははっと守護のことを思い出す。決して主を傷つけることのない黒麒麟の凶行。
身を貫いた、暗い衝撃。
麟華の角を体に受け止めたとき、底知れない悪意を感じた。
遥は守護の様子をたしかめるために、部屋を出た。ためにしに麒一を呼んでみたが、何の気配も現れない。まだこちらの世界に戻ってきていないのだろう。
何かが起きたにしても、やはり麒華の行動は腑に落ちない。黒麒麟の力をもってしても抗うことの出来ない何か。
遥には自身の命運が終焉に向かいつつあるのではないかという予兆のように感じられる。
(――その方が良いのかもしれない)
世界は相称の翼をとりもどした。今となっては、朱桜の知らないところで破滅することを望んでいるといっても過言ではない。
麒華の部屋へ入ると、まるで何事もなかったかのように寝台に横たわり目を閉じている姿を確認できた。ひとまず安堵して歩み寄ると、遥はふっと室内にある鏡台に目を奪われた。
自身の姿を映す鏡。
おもわず自分の髪に触れる。麒華に貫かれて目覚めた後、まるで本性を暴露するかのように、頭髪も瞳も本来の闇色を取り戻していたはずなのだ。
それが。
元に戻っている。
こちらに来て歪んだ姿が映していたように、あるいはそれ以上に明るい色合いに。
漆黒よりも色味を含んだ茶髪に戻っているのだ。鏡の向こうからこちらを見ている瞳も、同じ色合いを帯びている。
遥はすぐに眩しい輝きを思い出した。
相称の翼。触れた金色。
こちらの世界が歪ませた姿よりも、ひときわ明るくなった色合い。彼女の放った輝きが、わずかに遥の――闇呪の闇をはらったに違いない。
誰にも侵されない闇を、いとも簡単に。
やはり自分は彼女に討たれて終わる。もっとも避けたい結末であるのに、思い描くことはたやすい。
遥は記憶を閉じ込めるように、朱桜のはなった輝きを脳裏からふりはらう。
麒華に歩み寄って無事をたしかめると、にわかに麒一の行方が気になった。
一度天界に戻り、麒一を呼び戻す必要がある。黒麒麟が同胞の凶行に気が付かなかったとは思えない。
麒一にも何かが起きている、あるいは起きたと考えるのが道理だった。
黒麒麟に何が起きているのかを突き止めなければならない。遥は寝台に横たわる麒華を見つめたまま、これからのことを考えた。すぐにでも天界へ戻り、麒一の行方を追うべきだろうか。
遥は貫かれた胸元に触れながら、麒華をこのまま置き去りにはできないと考え直す。寝顔は安らかだが、その身に変化がないのかどうかはわからない。正気を取り戻しているのなら、目覚めを待って事情を聞くこともできる。
状況を整理しながらも、遥は暗い思いに占められていくのをどうしようもなかった。
麒華の目覚めを期待しながら、それを恐れてしまう。
朱里の、――朱桜の不在。
守護には朱桜が相称の翼として旅立ったことを告げなくてはならない。これまで家族のように過ごした記憶を抱えたまま、黒麒麟は朱桜をどのように思うのだろう。
主の敵として、これまでに培われた情愛は失われてしまうのだろうか。それは考えるだけで、ひどく遥を落胆させた。
遥は重苦しい憶測を払うように、麒華の部屋を後にした。
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