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第四話 闇の在処(ありか)
九章:一 闇の地:悪意の矛先
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相称の翼が生まれる。
それは忌々しい事実だが、更に面白い展開をもたらしてくれるのかも知れない。女は黄帝の間に現れた姫君、朱桜を眺めながら複雑な思いに囚われていた。
(いったい、何に守られているのか)
彼女に放った悪意が目的を果たすことはなかった。救いのない世界に在る筈の闇呪が狂うこともなかった。
まるで何かに守られているかのように、失われない世界。
女は莫迦なことを考えていると思いなおす。いったい、誰に守れるというのだろう。
彼らを、この世を守れるものなどもうどこにもない。
先帝も煩わしい先守達も、この手で葬ってきた。記され残されたこの世の掟も、全て焼き払ってみせた。
もう誰にも真実を暴くことなど出来ない。この世を守ることもできないのだ。
偽りの玉座にある陛下。その御前で平伏す緋国の姫君。幼いだけであった面影は失せ、まさにこれから咲き誇ろうとしている。
汚れを知らない美しい横顔。緋国の醜聞を一身に背負いながら、無垢な心を失わずに生きてきたこと。賞賛に値するが、やはり女には腑に落ちない。
何かに守られているという気配。
あるいは真の絶望を与えられていないだけなのか。だから、この世の幸運を信じていられるのだろう。
闇呪の寵愛で幸せになれると思っている。
彼はこの姫君に真実の名を与えてしまったのだ。
女はふうと深いため息をつく。
陛下の御前で平伏す姫君の様子からは、今にも倒れてしまいそうな不調が見て取れた。高熱に耐えるかのように苦しげな様子。彼に真名を与えられたことを克明に現している。
(――変化がはじまっているのか)
女はふっと可笑しくなる。この世はやはり残酷であるのだと笑みが漏れた。
(ここで相称の翼が生まれる)
その皮肉なまでのめぐり合わせ。成り行きが女の思惑を裏切ることはない。姫君が守られているという気配も、やはり錯覚でしかないのだ。
(面白いではないか)
面白い。絶望と共に相称の翼が生まれる。陛下の片翼。美しい翼扶。
全てを失って黄后となり、その無垢な瞳に何を映すのか。奈落の底でいったい何を望むのか。
女はくつくつと笑う。
(この世を呪うがいい)
誰よりも憎しみと絶望で心を染めるといい。
(――ありし日の、あの女のように)
それでこそ女の望む未来が訪れる。
息苦しい。体が焼け付くように熱い。
苦しげな呼吸を繰り返していると、突然、ひやりと額に何かが触れる。朱桜はふっと目を覚ました。
「姫君、気がつかれたのですか」
目の前に迫っていたのは、慈愛に満ちた眼差し。得体の知れない紫紺の瞳が恐ろしいほど美しかった。
「華艶の、美女」
朱桜は状況が把握できない。ふと辺りに目を向けると寝台の豪奢な天蓋が映る。
「わたし……」
室内を彩る金色の装飾が朱桜の意識を覚醒させた。自分は金域を訪れ黄帝と謁見していた筈なのだ。参堂の道程を行く途中、金域が近づくにつれ気分が悪くなり始めた。それは謁見の際に最高潮に達し、気を失ってしまったのだ。
朱桜は自身の無礼な行いに背筋が寒くなる。
こんな不調な姿で黄帝のお目かかることがあってはならない。万が一流行り病などで黄帝に迷惑をかけることがあったら大変なことになるのだ。
「姫君、まだお加減がおもしわくないようですね」
「わたしなどより、陛下にご無礼なことを……、どうすれば」
華艶は口元を法衣の袖で押さえて、ふふと柔らかく笑う。
「姫君はご無礼なことなどなさってはおられません。姫君が倒れられたのは、陛下のお心のせいでございます故」
「陛下のお心?」
「そうです。陛下の姫君を想うお心がそのお体を狂わせてしまったのです。金域に近づくほど、更に具合が悪くなられたのではないですか。そして陛下とお会いして耐えられなくなった。陛下の無防備な想いを一身に受けて、平然となさっておられることなどできません。陛下の方こそ配慮が欠けていたと、姫君のことを案じておられます」
朱桜は息苦しさに耐えながら体を起こす。動くとくらりと眩暈に襲われた。
体が鉛のように重い。
「無理をなさってはいけません」
華艶が体を支えてくれる。朱桜は眩暈をこらえながら華艶を見つめた。
云われたことが良くわからない。
「今まで陛下とお会いしても、このようなことはなかったのですが……」
華艶はもう一度柔らかな笑い声をたてる。
「きっと、もう秘めておくことができないほど想いが募っておられたのでしょう」
「意味が、よくわかりません」
喘ぐように呼吸すると、華艶がふと表情を改めた。何か重要なことを口にするということが伝わってくる。
「突然のことでお心の準備もままならないことでしょうが。姫君は相称の翼になられるお方です」
「……え?」
言葉は理解できるのに、意味がうまく咀嚼できない。華艶が畳み掛けるように続けた。
「妾には、もうずっと以前からそれが視えておりました。だからこそ、姫君が定期的に金域に参られるように取り計らったのです」
朱桜は何か真っ黒いものが胸に立ち込めてゆくのを感じた。気を失う前に胸を占めていた喜びや高ぶりが暗く沈んでいく。
知らずに、何かを確かめるように胸にてのひらを押し当てていた。
闇呪に与えられた真実の名。不調に臥していても、胸の底で輝いている優しい光がある。
「陛下は姫君を望んでおられます」
朱桜は身動きができない。本来ならば光栄なことであると喜ばなければならないのに、心は絶望に支配されつつあった。
自分が愛しているのは闇呪だけなのだ。
どうすれば良いのかわからず、朱桜は思わず華艶の美しい微笑みに縋ってしまう。
「華艶様。……それが、どれほど光栄なことかわかっているつもりです。ですが、私は陛下のお心に応えることはできません」
無礼者と罵られて当たり前の気持ちを、華艶は頷いて受け止めてくれた。全てを知っているのだと哀しげに微笑む。
「姫君は闇呪の君を愛しておられるのですね」
「――はい」
華艶は深く息をつく。何か遠いものを見るように眼差しを細めた。
「妾にも、覚えのある想いです」
朱桜にはその意味がすぐにわかった。ずきりと胸が痛む。
「闇呪の君のお傍にあって心が傾かないことはないでしょう。世の風聞とは違い、あの方はとても美しくて優しいお方です」
「華艶様は今も闇呪の君を愛しておられるのですか?」
朱桜の問いかけに華艶は目を伏せただけで答えてはくれなかった。けれどその仕草は肯定しているようにも見えた。
「妾は真名を持たぬ先守です。あの方に真実の名を与えることも、お救いすることもできません」
淡々とそう告げると、華艶はすっと視線を上げて朱桜を見た。哀しみと労わりの宿った眼差しに一筋の厳しさがある。
「闇呪の君を愛しておられるならば、どうぞ陛下の想いに応えてください」
示されたことに耐えるように、朱桜はぎゅっと唇をかんだ。みるみる視界がぼやけて華艶の顔がよく見えなくなる。
華艶は先守なのだ。嘘偽りは一切口にしない。
自分は相称の翼になってしまう。こんなにも闇呪を愛しているのに。
愛しているからこそ、黄帝を選ぶしかないのだ。
「姫君が闇呪の君を選ぶということが、何を意味するかおわかりになりますか」
朱桜には応えられない。先守である華艶の死を意味するだけではない。
黄帝に背くものとして闇呪が糾弾されるのは目に見えている。彼をこの世の禍にしてしまう。
誰でもない、自分が禍の火種をまくことになってしまう。
「陛下も美しくお優しい方です。共にあればきっと姫君の心も傾きましょう。ですから、どうぞ闇呪の君のことはお忘れに――」
華艶の柔らかな声が、突然の叩きつけるような怒声によって掻き消された。
「陛下?」
悲鳴のような華艶の声で、険しい怒声が黄帝のものであったのだとわかる。朱桜は何が起きているのか把握できないまま、いきなり現れた金色の人影を見つめた。
それは忌々しい事実だが、更に面白い展開をもたらしてくれるのかも知れない。女は黄帝の間に現れた姫君、朱桜を眺めながら複雑な思いに囚われていた。
(いったい、何に守られているのか)
彼女に放った悪意が目的を果たすことはなかった。救いのない世界に在る筈の闇呪が狂うこともなかった。
まるで何かに守られているかのように、失われない世界。
女は莫迦なことを考えていると思いなおす。いったい、誰に守れるというのだろう。
彼らを、この世を守れるものなどもうどこにもない。
先帝も煩わしい先守達も、この手で葬ってきた。記され残されたこの世の掟も、全て焼き払ってみせた。
もう誰にも真実を暴くことなど出来ない。この世を守ることもできないのだ。
偽りの玉座にある陛下。その御前で平伏す緋国の姫君。幼いだけであった面影は失せ、まさにこれから咲き誇ろうとしている。
汚れを知らない美しい横顔。緋国の醜聞を一身に背負いながら、無垢な心を失わずに生きてきたこと。賞賛に値するが、やはり女には腑に落ちない。
何かに守られているという気配。
あるいは真の絶望を与えられていないだけなのか。だから、この世の幸運を信じていられるのだろう。
闇呪の寵愛で幸せになれると思っている。
彼はこの姫君に真実の名を与えてしまったのだ。
女はふうと深いため息をつく。
陛下の御前で平伏す姫君の様子からは、今にも倒れてしまいそうな不調が見て取れた。高熱に耐えるかのように苦しげな様子。彼に真名を与えられたことを克明に現している。
(――変化がはじまっているのか)
女はふっと可笑しくなる。この世はやはり残酷であるのだと笑みが漏れた。
(ここで相称の翼が生まれる)
その皮肉なまでのめぐり合わせ。成り行きが女の思惑を裏切ることはない。姫君が守られているという気配も、やはり錯覚でしかないのだ。
(面白いではないか)
面白い。絶望と共に相称の翼が生まれる。陛下の片翼。美しい翼扶。
全てを失って黄后となり、その無垢な瞳に何を映すのか。奈落の底でいったい何を望むのか。
女はくつくつと笑う。
(この世を呪うがいい)
誰よりも憎しみと絶望で心を染めるといい。
(――ありし日の、あの女のように)
それでこそ女の望む未来が訪れる。
息苦しい。体が焼け付くように熱い。
苦しげな呼吸を繰り返していると、突然、ひやりと額に何かが触れる。朱桜はふっと目を覚ました。
「姫君、気がつかれたのですか」
目の前に迫っていたのは、慈愛に満ちた眼差し。得体の知れない紫紺の瞳が恐ろしいほど美しかった。
「華艶の、美女」
朱桜は状況が把握できない。ふと辺りに目を向けると寝台の豪奢な天蓋が映る。
「わたし……」
室内を彩る金色の装飾が朱桜の意識を覚醒させた。自分は金域を訪れ黄帝と謁見していた筈なのだ。参堂の道程を行く途中、金域が近づくにつれ気分が悪くなり始めた。それは謁見の際に最高潮に達し、気を失ってしまったのだ。
朱桜は自身の無礼な行いに背筋が寒くなる。
こんな不調な姿で黄帝のお目かかることがあってはならない。万が一流行り病などで黄帝に迷惑をかけることがあったら大変なことになるのだ。
「姫君、まだお加減がおもしわくないようですね」
「わたしなどより、陛下にご無礼なことを……、どうすれば」
華艶は口元を法衣の袖で押さえて、ふふと柔らかく笑う。
「姫君はご無礼なことなどなさってはおられません。姫君が倒れられたのは、陛下のお心のせいでございます故」
「陛下のお心?」
「そうです。陛下の姫君を想うお心がそのお体を狂わせてしまったのです。金域に近づくほど、更に具合が悪くなられたのではないですか。そして陛下とお会いして耐えられなくなった。陛下の無防備な想いを一身に受けて、平然となさっておられることなどできません。陛下の方こそ配慮が欠けていたと、姫君のことを案じておられます」
朱桜は息苦しさに耐えながら体を起こす。動くとくらりと眩暈に襲われた。
体が鉛のように重い。
「無理をなさってはいけません」
華艶が体を支えてくれる。朱桜は眩暈をこらえながら華艶を見つめた。
云われたことが良くわからない。
「今まで陛下とお会いしても、このようなことはなかったのですが……」
華艶はもう一度柔らかな笑い声をたてる。
「きっと、もう秘めておくことができないほど想いが募っておられたのでしょう」
「意味が、よくわかりません」
喘ぐように呼吸すると、華艶がふと表情を改めた。何か重要なことを口にするということが伝わってくる。
「突然のことでお心の準備もままならないことでしょうが。姫君は相称の翼になられるお方です」
「……え?」
言葉は理解できるのに、意味がうまく咀嚼できない。華艶が畳み掛けるように続けた。
「妾には、もうずっと以前からそれが視えておりました。だからこそ、姫君が定期的に金域に参られるように取り計らったのです」
朱桜は何か真っ黒いものが胸に立ち込めてゆくのを感じた。気を失う前に胸を占めていた喜びや高ぶりが暗く沈んでいく。
知らずに、何かを確かめるように胸にてのひらを押し当てていた。
闇呪に与えられた真実の名。不調に臥していても、胸の底で輝いている優しい光がある。
「陛下は姫君を望んでおられます」
朱桜は身動きができない。本来ならば光栄なことであると喜ばなければならないのに、心は絶望に支配されつつあった。
自分が愛しているのは闇呪だけなのだ。
どうすれば良いのかわからず、朱桜は思わず華艶の美しい微笑みに縋ってしまう。
「華艶様。……それが、どれほど光栄なことかわかっているつもりです。ですが、私は陛下のお心に応えることはできません」
無礼者と罵られて当たり前の気持ちを、華艶は頷いて受け止めてくれた。全てを知っているのだと哀しげに微笑む。
「姫君は闇呪の君を愛しておられるのですね」
「――はい」
華艶は深く息をつく。何か遠いものを見るように眼差しを細めた。
「妾にも、覚えのある想いです」
朱桜にはその意味がすぐにわかった。ずきりと胸が痛む。
「闇呪の君のお傍にあって心が傾かないことはないでしょう。世の風聞とは違い、あの方はとても美しくて優しいお方です」
「華艶様は今も闇呪の君を愛しておられるのですか?」
朱桜の問いかけに華艶は目を伏せただけで答えてはくれなかった。けれどその仕草は肯定しているようにも見えた。
「妾は真名を持たぬ先守です。あの方に真実の名を与えることも、お救いすることもできません」
淡々とそう告げると、華艶はすっと視線を上げて朱桜を見た。哀しみと労わりの宿った眼差しに一筋の厳しさがある。
「闇呪の君を愛しておられるならば、どうぞ陛下の想いに応えてください」
示されたことに耐えるように、朱桜はぎゅっと唇をかんだ。みるみる視界がぼやけて華艶の顔がよく見えなくなる。
華艶は先守なのだ。嘘偽りは一切口にしない。
自分は相称の翼になってしまう。こんなにも闇呪を愛しているのに。
愛しているからこそ、黄帝を選ぶしかないのだ。
「姫君が闇呪の君を選ぶということが、何を意味するかおわかりになりますか」
朱桜には応えられない。先守である華艶の死を意味するだけではない。
黄帝に背くものとして闇呪が糾弾されるのは目に見えている。彼をこの世の禍にしてしまう。
誰でもない、自分が禍の火種をまくことになってしまう。
「陛下も美しくお優しい方です。共にあればきっと姫君の心も傾きましょう。ですから、どうぞ闇呪の君のことはお忘れに――」
華艶の柔らかな声が、突然の叩きつけるような怒声によって掻き消された。
「陛下?」
悲鳴のような華艶の声で、険しい怒声が黄帝のものであったのだとわかる。朱桜は何が起きているのか把握できないまま、いきなり現れた金色の人影を見つめた。
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