シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子

文字の大きさ
上 下
153 / 233
第四話 闇の在処(ありか)

四章:二 紺の地(かんのち):焼かれた書1

しおりを挟む
 白虹はっこうは創世記をはじめとする書物を求めるようになった。透国とうこくの表舞台に戻ることはなく、皇位継承権も剥奪された。今は白虹によって天籍を与えられた白亜はくあだけが、何も云わず力になってくれる。 

 本来、各国には古い文献などを扱った蔵書がある筈だが、どうやら先帝の命で国の蔵書は一所にまとめられているようだ。 
 白亜に事実を教えられると、白虹は迷うことなく蔵書が集められたという紺の地に赴いた。 
 古今宮こきんきゅうと名づけられた、宮殿にも劣らない壮大な建造物。 
 まるで歴史を守る要塞のような外観。文献の古めかしい印象を覆すように、古今宮は新しい建物であると言える。不釣合いだというのが、訪れた白虹の感想だった。 

 しかし、それは蔵書の閲覧を始めてみても同じだった。 
 手に取る書物の全てが、永い月日を経たとは思えないほどしっかりしている。新しすぎると云っていいだろう。 
 白虹は古今宮で働く者に声をかけた。 

「ここには古書の現物は置いていないのですか?見たところ、全てが複製のようですが」 

 声をかけられた男は「さぁ、どうでしょう」と曖昧な反応だった。あまり詳しくないのかもしれない。 

「現物のありかは知りませんが。貴重な古書は全て新しく複製が成され、複製が古今宮に納められたと聞いています。誰もが気軽に取れるようにと、先帝の勅命だったそうですが」 

「――先帝の」 

 暴君となる以前、先帝の治世は豊かだった。各国の蔵書を一所にあつめ複製を手に取りやすくしたのも、そういう豊かな時代の発想だったのだろう。 
 たしかに古書の現物となれば、それだけで取り扱いに注意が強いられる。複製を置く発想は悪くない。 

「以前、火災があったのだそうです」 

 白虹は本の整理をしながら語る男を見つめた。 

「紺の地には先守をはじめとして、創世記そうせいきや古書の記録を調べるような人達がたくさんいます。ですから古今宮ができる以前から、かんにはそういった文献が集まりやすかったようです。火災については、時期が定かではありませんが、先帝の治世の頃か、その前か、――大規模な火災があり、多くの先守さきもりや研究者が亡くなり、そして貴重な文献も数多く燃えてしまったそうです。古今宮の建造はそういう事件を教訓に、先帝が書を守ることも含めて考えたようですね」 

「その火災と同時に失われてしまった古の記録は、今も失われたままですか?もう誰にも取り戻すことはできないと?」 

「そういう物もあるでしょうね。ですが、過去の記録については、先守や研究者によって、ほぼ内容が受け継がれているようですよ」 

「そうですか」 

 白虹はほっと安堵する。白露のために残された文献は多ければ多いほど良い。どんな些細なことでも、今は情報が欲しかった。 
 創世記をはじめとして、これまでの史実をふりかえることを始めた。膨大な情報源。白虹は手に入れられる複製は自身の宮にも収め、昼夜を問わず書物に埋もれた。 

 過去に白露と同じような事例が残されていないのか。目的はそれだけだった。古今宮の主な史書を網羅した頃には、白虹の名は透国の表舞台から完全に失われていた。昔と変わらず傍にあったのは白亜だけである。妹である玉花ぎょくか皇女みこが生まれる頃には、白虹の築いた名誉は跡形もなく風化していた。 

皇子みこ様」 

 すでに古今宮を訪れても新たな情報は得られなくなっている。闇呪を尋ねるべきかと考え始めた頃、白虹は古今宮で声をかけられた。 

「わたしに、何か」 

 見覚えのある小柄な男だった。すぐにはじめて古今宮を訪れた時に声をかけた者だと思い至る。 

「皇子様は自身の地位に背き、ひたむきに古書を求めています」 

 唐突な言葉だった。白虹は自嘲的に笑う。 

「……救いたいものがあるのです」 

「ほんとうに、占いのとおりに現れた」 

「占い?」 

 先守のことかという問いかけを遮るように、男は包みを差し出した。白虹が受け取ることを戸惑っていると、男はじっとこちらを見つめてくる。深い紺青だと思っていた瞳の色が、光の加減のせいなのか紫紺をうつした。 

「以前、哀れな先守がおりました。これは形見のようなものです。皇子様、どうかその者の弔いだと思い、これを受け取っていただけないでしょうか」 

「なぜ、わたしに?」 

「わかりません。ただ哀れな先守がそう望んだのです」 

 声は穏やかに響くのに、白虹を見つめる瞳は烈しい。白虹は差し出されたものを受け取った。ずしりと重い。何かの書物であるのだと悟った。 

「その哀れな先守は、いつ亡くなったのですか?」 
「――わかりません」 

「では、なぜ哀れだと?」 
「天罰を受けたのです。美しい姿は見る影もなくただれ、真実を語る声も潰されました」 

「天罰とは、どうして?」 
「人々がそう語るだけのことです。ですが、きっと最期は救われたはずです。こうして、彼女が視たとおりあなたが現れたのですから」 

 男は何かを懐かしむように微笑み、白虹に一礼すると踵を返した。それ以後、古今宮を訪れても、白虹が男の姿を見ることはなかった。 

「哀れな先守の残した、――形見」 

 呟きながら、白虹は手元に残された包みを見つめた。なぜか重大な秘め事のような気がして、すぐに隠すように懐におさめた。 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

処理中です...