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第四話 闇の在処(ありか)

二章:三 緋国:火種 1

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 六の君が寝殿の縁下えんのしたに猫が住み着いていることを知ったのは、内裏だいりで朱桜が花開く時期のことだった。今までに見たことのある猫より動きが緩慢で、褐色の毛並みは色合いに濃淡があった。綺麗な縞模様を描いているのだ。これまでにも、敷石の上で日向ぼっこをしていたり、庭を横切る姿を見かけたことがあったが、はっきりとした住処を探り当てるまでには至らなかった。 

 俊敏さにかける仕草から、老いた猫であることが窺える。全く人に慣れていないのか、擦り寄ってくることもない。懐くどころか、まるで過去にひどい目に合わされたことがあるように、人を警戒しているのが感じ取れた。内裏だいりに比べると、六の君の住まう寝殿は、圧倒的に人が少なく、出入りもない。 

 とくに六の君の居室がある南対みなみのたいは静かなものだった。警戒心の強い老猫にとっては、人目を避けながら雨風が凌げる、恰好の住処すみかなのかもしれない。 

 六の君は辺りに人気がないのを確かめると、素早くうちぎひとえを脱ぎ捨て、南対から続く内庭へ下りた。砂利の上に身をかがめ、主が不在の縁下にもぐりこむ。小袖の合わせ目に隠し持っていた朝餉あさげの残りをいつもの場所へ置こうとして、ふと動きを止めた。 

(そのまま……?)

 素早く腕を伸ばして、小さな器を持ち上げる。間近で眺めても、昨日の餌が全く減っていないのがわかる。 
 どうしたのだろうと不安に思いながらも、とりあえず昨日のものを始末して入れ替えておいた。辺りを探し回りたい衝動に駆られたが、誰かに見咎められるわけにはいかない。居室へと戻るしかなかった。 

 最近は必要以上に出歩かないようにしている。それが傷つかない為の方法だった。誰かに出会うことがなければ、いわれのない恨みをぶつけられることもない。 
 石をぶつけられて切れた額の傷も、すっかり治っている。 

 格子こうしの合間から内庭を眺めていた。知らずに老猫が現れないかとその姿を探している自分に気付く。縞模様の毛皮をもつ老猫。飼っているというには交流がなさすぎるが、見ているだけでも和んだ。 

 そして時折、ここを住処に選んだ猫の気持ちを、自分と照らし合わせみるのだ。 
 老いた猫が自分で住処と決めた縁下えんのした。何もない場所でも、猫にとっては快適なのだろうか。 

 あかつきが教えてくれたように、此処が居場所であると感じるのは自分の心なのだ。 
 理解はしていても、六の君にはどうすればその思いを手に入れられるのかがわからない。自身を誇りに思えるような出来事を思い描いても、どうにもならないのだ。まるで何も変わらない。老猫が此処に見つけたように、落ち着く場所を見つけることができない。どんなに考えても、それは周りの者が与えてくれるのだと思えた。 

 六の君にはよくわからなかった。 
 自身の居場所を手に入れることはできないままだが、暁との会話は六の君の内に築かれていた世界を変えてくれた。 
 まるで墨一色の世界に、新たな色が加わったかのように。 

 六の君は、あの日暁から学んだことがある。 
 暁は決して優しくはない。けれど、六の君の問いかけには答えてくれるし、教えてくれる。厳しいが恐ろしくはなかった。 

 今までの自分には、見えていない面があったのだ。 
 誰も笑いかけてはくれないけれど、それでも人々の反応は一通りのものではなかった。 
 笑ってくれないからと言って、必ずしも恐ろしい人たちばかりではない。請えば手を差し伸べてくれる人と、ただ遠巻きに眺めているだけの人もいる。皆が皆、恨みに任せて嫌がらせを仕掛けてくるわけではなかった。 

 そんなふうに周りを見られるようになったことが、六の君にとっては大きなことだった。思い込みで人を見ていたのは周りではなく、自分も同じだったのだ。 

(――居場所、か) 

 けれど、六の君の求めるものには遠かった。自分が圧倒的にこの国の汚点であることは変わらない。どうすれば拭えるのかも、いまだに分からなかった。 
 自分がもっと人や世界に対して違う面を見つけられるようになると、ささやかに自身の在処ありかが築かれていくものなのだろうか。 

 居室にこもって書物を紐解いても、答えは得られない。どこにもそんなことは記されていなかった。 
 六の君ははぁっと溜息をついて、行き場のない思考を断ち切った。 
 居場所のことも、猫のことも。 
 その日はそれ以上考えることをせず、眠るまで灯台に照らされた文机に向かっていた。 
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