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第四話 闇の在処(ありか)

二章:二 緋国:居場所

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 くれないみやが自分に託したのは、六の君の出自を守ることだけだろうか。 
 自分は何か大きな思い違いをしているのではないか。ふと頭をもたげた疑問が急激に暁の内で高まる。 
 誇り高くあるということが、どういうことなのか。 

 中宮の身近で誰よりもそれを学んだのではなかったか。だからこそ、紅の宮は自分に託してくれたのだ。 
 六の君が真実、最悪の申し子であったとしても、きっとあかつきはその憎しみに目が眩むことはなかった。やりきれない事実には蓋をして、六の君を正しく導くことを貫いただろう。感情にふりまわされず、正しい行いを見つめていた筈だ。 

 それが、誇り高いということ。 
 あかつきは自身の立場で、不自然にならぬやり方を模索する。 
 笑いかけ、優しくすることができないのだとしても。 
 嫌悪することと、厳しくすることは違う。 

 優しい言葉をかけることだけが、優しさではない。六の君のためにできることはあるのだ。出自の暴露を恐れて、自分までが卑屈になる必要はない。 
 どんなときも、自分は誇りをもって宮家に仕えているのだから。 

「六の君殿」 

 声の厳しさはそのままに。 
 暁は心から言葉をかける。 

「ご自身の居場所をお探しですか」 

 慰めるのでも労わるのでもない。同情ではなく、ただおしえる。決してその心が折れないように。強く在れるように。 

「では伺いますが。六の君殿は私の居場所がお分かりになりますか」 

 意外な問いかけに驚いたのか。あるいはこんなふうに相手をしてもらえるとは思っていなかったのか。六の君は大きな目を見開いてから、

「それは」と小さく呟いた。 

 暁は表情を緩めることなく彼女を見つめていた。やがて幼い声が、ためらいがちに答える。 

「それは、この国の内に在ると思います」 
「なぜ、そう思われるのですか」 

「……皆にとても慕われているし、いつも忙しく動いて皆の役に立っているから」 
「皆に慕われ、何かの役に立っていれば、ここに在ることが許される。そういうことでしょうか」 

「――わかりません」 

 六の君はうな垂れたようにうつむいた。暁は浅く息を整えてから、同じ調子で口を開く。 

「六の君殿はそのように感じておられるのですね。それは間違いではないでしょう。周りの者が与えてくれる居場所というのは、たしかにあります。生まれながらに与えられている居場所、自分で築いた居場所。それは人によって様々でしょう」 

 六の君は小さく頷いた。他の者との違いを誰よりも感じているのだから、心当たりはあってしかるべきだ。無理もない。 

「ですが、自身の居場所を感じるのは、誰でもない自分なのです。お分かりになりますか」 

 かすかに首が横に振られる。暁は続けた。 

「例えば、官吏として大内裏だいだいりに勤め、皆に慕われ役立っている者があったとして、本人がそれを自身の居場所であると感じているとは限りません。大内裏よりは、家族と共にある時間を居場所であると感じているのかもしれないのです。もちろん逆の者もあるでしょう。また両方が居場所であると感じる者もあります」 

 六の君は暁の云わんとしている事を必死に汲み取ろうとしているのか、食い入るように暁を見つめていた。 
 その無垢な瞳。素直な態度。 暁はまだ間に合うと思った。この幼い姫宮の心は、まだ過酷な仕打ちに汚されてはいない。 

 強く、強く在ってほしい、この先に何があろうとも。 
 そのために必要ならば、心を偽りの呪文で縛ることも必要だろう。 
 いつか幸せな未来を過ごせるその日まで、独りであることを嘆かなくても云いように。 

「ここに在ってもいいのかどうかと感じるのも、それと同じことです。自分がどう感じるかなのです。六の君殿は誇り高い宮家に生まれました。ここに仕える私の目には、生まれながらに居場所が与えられているように映ります。ですが、ご自身はそう感じておられない」 

「皆が口を揃えて、そう云うので……」 

「たしかに六の君殿は複雑な事情のもとにお生まれになりました。しかし、それを嘆いても仕方のないことです」 

「はい」 

 暗い声が答える。暁は目まぐるしく考えていた。 
 どんな言葉の欠片かけらでもいい。嘘でも詭弁きべんでも、まやかしでもいい。 
 彼女の心を支える糧となるならば。 

「それでも、どうしてもご自身の居場所をお求になるのでしたら、ご自身が何かの役に立っていると感じられることをなさればいかがでしょう。どんな些細なことでもよろしいのです。ご自身の居場所がここに在る。このために自分はここに在るのだと、そんなふうに自分を騙すことはできましょう」 

「自分の心を、騙す……」 

「自分のお心です。騙してしまえばそれが真実となり、慰めとなりましょう。いずれは誇りとなるかもしれません」 

「――誇りに」 

 暁は無言で頷いてから、会話の終わりを示唆するように彼女の衣装の裾をさばいて整えた。 
 やはり胸が痛む。うまく伝えられたとは思えない。 もっと違う方法はなかったのかと悔いたくなる。それでも暁にとっては、考え抜いた挙句の精一杯の言葉だった。 

 これからの日々、彼女はどこまで強く在れるだろうか。 
 わからない。 
 暁はその場から立ち上がり、いつもと変わらぬ足取りで退出した。
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