上 下
115 / 233
第三話 失われた真実

第十一章:3 心強い味方

しおりを挟む
「はじめまして、白川しらかわそうと申します。あなたが天宮あまみやのお嬢さんですね。噂は彼方かなたから聞いていました。お会いできて光栄です」 
「はい。あの、はじめまして。天宮あまみや朱里あかりです」 

 奏と名乗った男の握手に応じて、朱里は戸惑いながら頭を下げた。朱里は間近で奏の整った顔を眺めて、異世界の人達は容姿端麗な種なのかと場違いなことを考えてしまう。傍らで一部始終を眺めていた彼方が、何かを祝福するかのように尻あがりの口笛を吹いた。 

「委員長、心配しなくても彼は副担任の強力な味方だよ」 

 彼方の闊達な声が教えてくれる。朱里は再び遥と奏を交互に眺めた。素直に嬉しいと感じ、顔が綻んでしまう。 

「朱里、これを」 

 遥と目があうと、彼は自身の上着を脱いで朱里の肩に羽織らせた。朱里は慌てて返そうとしたが、遥は素早く朱里のかじかんだ手に触れて指摘する。 

「そんな格好では風邪を引いてしまう」 

 朱里は返す言葉を失って、渋々彼の好意に甘えることにした。我に返ると、制服の上着すら纏っていないのだ。確かにブラウス一枚で凌げるような寒さではない。 

「ありがとうございます、先生」 

 素直に感謝すると、遥は浅く笑いながら頷いた。朱里は肩から掛けられた上着を、引き寄せるようにして前で重ねた。ほのかに残っている彼の体温があたたかい。恥ずかしい気もしたが、与えられた温もりにそっと想いを滲ませた。 

 うっとりと温もりにひたっていると、ふとこちらを熱心に見つめている気配がする。朱里が顔を上げると、少女の灰褐色の瞳がまともにこちらを見つめていた。整った顔立ちは可憐で、壮絶な可愛らしさを誇っている。泣いていたと感じたのは思い過ごしだったのかもしれない。彼女は興味深く朱里を眺めていた。

 朱里は少女に自身の胸の内を見透かされたような気がして、思わず頬が染まる。一人でうろたえていると、その様子をどのように受け取ったのか、彼方が口を開いた。 

「あのね、委員長。彼女は僕の、……婚約者」 

 朱里は意外な事実に思わず「え?」と呟いてしまう。そういえば、以前麟華りんかが彼方には妻が在るのだと話してくれたことがあった。さきほどまでの狼狽も忘れて、思わず二人をじっくりと眺めてしまう。おそらくこちらの世界で違和感がないように、肩書きを婚約者に改めたのだろう。少女は彼方に紹介されて、はっとしたように慌てて自己紹介をした。 

「はじめまして、白川しらかわゆきと申します」 
「あ、はい。はじめまして」 

 唖然としたまま、朱里は会釈した。白川という同姓から、奏と雪が兄妹であるのかもしれないと思い至る。改めて眺めてみると、髪色も灰褐色の瞳も同じだった。はじめに気づかなかったのが不思議なくらい、似通った容姿をしている。 
 雪と名乗った少女は、眩しいくらいに屈託のない笑顔を見せた。 

「いろいろと戸惑っていたのですが、あなたのおかげで少し落ち着きました」 
「私? えっと、私、何かしましたか」 

 雪は小さく頭を振った。 

「そういうことではないのです。何となく安堵したというか、兄様の決意を見届けたくなったというか」 

 彼女が奏を振り返ると、彼はわずかに頷いてみせる。予想通り、奏と彼女が兄妹の関係であることは理解できたが、朱里に把握できたのはそれだけだった。けれど、遥や奏、彼方にはもっと意味のある発言だったらしい。その場の空気がふっと緩んだ気がした。雪は朱里の背後に立っている遥を仰いでから、再び成り行きを知らない朱里を見つめた。 

「あの、私もしばらくこちらに滞在することになります。もし良かったら、仲良くしてください」 

 打ち解けた笑みにつられて、朱里は頷いた。 

「こちらこそ、よろしくお願いします。それに、それ、うちの学校の制服ですよね」 

 朱里が雪の着用している制服を示すと、彼女は嬉しそうに笑う。 

「はい。今日、留学の手続きを済ませてきました。短期間ですが、明日からは同じ学校の生徒です。黒沢先生も、どうかよろしくお願いします」 

 雪は礼儀正しく朱里と遥に頭を下げた。彼方とは対照的に品のある立ち居振る舞いで、しっかりとしている。朱里が彼方をみると、彼はどこか照れくさそうに頭を掻いた。 

「委員長、僕はしばらく登校できないからさ。彼女のことよろしくね。副担任も、雪のこといじめたりしないでよね」 

 彼方は恐れることもなく、自然に副担任としての遥に軽口を叩いた。遥はただ呆れたような眼差しを向ける。雪はそんな二人のやりとりを眺めながら、可笑しそうに声をたてて笑った。やがて奏が妹である雪にゆっくりと歩み寄ると、小さな肩に手を置いた。何らかの思いを伝える仕草だったのか、雪は兄を仰いでしっかりと頷いていた。 
 奏が妹の肩に手を置いたまま、朱里の背後に立つ遥を見る。 

「では、私達はこれで失礼いたします。遥、私はあなたが必要とすれば、すぐに駆けつけることの出来る風脈みちを手に入れました。どうしようもなく力が必要になったら、呼んでください。必ず、助けになります」 

 熱のこもった口調だった。朱里が遥を振り返ると、彼はかげりのある眼差しを隠すように伏せる。成り行きの掴めない朱里にも、奏の申し出がありがたいことだと判る。心強い味方を得たはずなのに、遥の表情は暗い。朱里には苦しげに見えた。 

「奏、今は気持ちだけを……、ありがとうございます」 

 搾り出すように、遥が礼を述べた。奏は仕方がないと言いたげに目を閉じた。一瞬、寂しさを滲ませてから、彼は改めて笑みを浮かべる。 

「どうか、巻き込むことを恐れないで下さい」 

 それだけを言い残して、奏は踵を返した。闇の中で銀髪が鈍く閃く。去っていく彼の後姿を、雪と彼方がこちらに手を振りながら追いかける。朱里は二人に手を上げて答えながら、奏の言葉が力強く響くのを感じていた。きっと、そう感じたのは自分だけではないだろう。 
 闇に隠れつつある三人の姿を見送りながら、朱里は立ち尽くす遥の手にそっとてのひらを重ねた。 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛しき夫は、男装の姫君と恋仲らしい。

星空 金平糖
恋愛
シエラは、政略結婚で夫婦となった公爵──グレイのことを深く愛していた。 グレイは優しく、とても親しみやすい人柄でその甘いルックスから、結婚してからも数多の女性達と浮名を流していた。 それでもシエラは、グレイが囁いてくれる「私が愛しているのは、あなただけだよ」その言葉を信じ、彼と夫婦であれることに幸福を感じていた。 しかし。ある日。 シエラは、グレイが美貌の少年と親密な様子で、王宮の庭を散策している場面を目撃してしまう。当初はどこかの令息に王宮案内をしているだけだと考えていたシエラだったが、実はその少年が王女─ディアナであると判明する。 聞くところによるとディアナとグレイは昔から想い会っていた。 ディアナはグレイが結婚してからも、健気に男装までしてグレイに会いに来ては逢瀬を重ねているという。 ──……私は、ただの邪魔者だったの? 衝撃を受けるシエラは「これ以上、グレイとはいられない」と絶望する……。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...