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第三話 失われた真実
第九章:4 新たな訪問者
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休学中の彼方=グリーンゲートが、慣れた手つきで冷蔵庫を開いた。庫内は豊富な食料品や飲料水で保たれている。住まいとして用意された部屋は、全てにおいて東吾の管理が行き届いているようだ。思いがけない事件によって著しく消耗した体力も、一夜で取り戻すことが出来た。
彼方は麦茶を取り出してグラスに注ぐと、室内の人影へ差し出す。座卓についていた白川奏は礼を述べて、差し出された物を手に取った。
異界からの訪問者である二人は、隣同士に居室を用意され、何不自由なく過ごしている。全てが天宮の配慮や思惑の上に成り立っているのかどうか、彼方には知る術がない。確かに言えることは、奏が隣人であれば行き来が容易く、ひたすら心強いと云うことだけだった。
二人は彼方の部屋で、今後の成り行きについて相談していた。
「偶然の機会を待っていても、時間の無駄でしょう。こちらから出向くしかありません。幸い、闇呪――いえ、こちらでは黒沢教諭と言った方が相応しいですね、彼の所在は明らかなのですから」
「うん。この状況だと、僕もそう思う」
奏の提案に、彼方は素直に賛成した。先日の事件に対する辻褄を合わせるため、彼方は登校を禁じられている。副担任である黒沢遥に、一生徒として顔を見せることも出来ない。奏と遥を偶然引き合わせることなど、どう考えても不可能だった。
今となっては、遥の気性が非道でも非情でもないという確信を持っている。こちらから出向くことに、それほどの危機感を持たなくなっていた。
「でも、それで彼が何かを明かしてくれるとは思えないけど」
彼方が問題を指摘すると、奏は小さく笑う。
「何もしないでいるよりは有益だと思います。顔色を眺めているだけで、判ることもあるでしょうし。それに、彼方の話を聞く限り、天宮のお嬢さんは利用できそうです」
「利用って、委員長を?」
「ええ。こちらの者を巻き込むことは心苦しいですが。そのお嬢さんは黒沢教諭と関わりを持っている可能性が高い」
「――うん」
彼方は頷いて見たが、朱里を利用するという手段には快諾できないものを感じてしまう。彼女は生真面目で素直な女生徒だ。たしかに立場や環境には一目置かなければならないが、それは天宮の縁者であるからだろう。他には不審な面を感じない。彼方の目には、ただ健気でその一生懸命さがいじらしく思えるほどだ。単に何の思惑もなく、親友を救ってくれた副担任に想いを寄せただけなのかもしれない。
奏は彼方の胸中を感じ取ったのか、悪意の感じられない声で続けた。
「彼女に危害を加えたり、騙したりするわけではありません。黒沢教諭が過保護に護っているのなら、なおさらです。私は彼に敵視されることは避けたいですし。彼方が憂慮するのであれば、その辺りのことは私に任せてください」
奏が強引なことをするとは思えない。彼方は深く頷いて、「任せる」という意思表示をした。奏は穏やかに微笑むと、室内の時計に目を向けて時刻を確かめる。
「彼方も体力を取り戻したようですし、本日の夕刻に天宮家を訪ねてみましょう」
「え? 今日?」
彼方が仰天すると、奏は何でもないことのように「はい」と笑う。時刻は既に三時を回っており、学院の高等部はもうすぐ最後の授業を終える筈だ。夕刻まではそれほど猶予がない。彼方は慌てたが、これ以上迷っていても仕方がないと思い直す。心の準備をしなければと、気を引き締めた。
その直後、室内に訪問者を教えるインターホンの音が鳴り響いた。この部屋を訪れてくるのは、東吾しか考えられない。食料の補充でもしに来たのかと、彼方は来訪者を映す小さな画面を見た。
「あれ?」
映像は予想を裏切らずに東吾を映している。けれど、その傍らにもう一人誰かが立っていた。彼方はじっくりと目を凝らし、瞬きを繰り返す。
「え?――まさか」
信じられないものを見つけて、知らずに小さく声を漏らした。彼方の様子に異変を感じたのか、奏も同じように画面を見つめる。
「――玉花?」
彼方は奏の呟きで、それが錯覚ではないことを確かめた。はっと我に返り、事実を受け止めると途端に気持ちが逸る。居ても立ってもいられない。「雪っ」と叫ぶと、彼方は慌てて現れた彼女の元へ向かった。
彼方は麦茶を取り出してグラスに注ぐと、室内の人影へ差し出す。座卓についていた白川奏は礼を述べて、差し出された物を手に取った。
異界からの訪問者である二人は、隣同士に居室を用意され、何不自由なく過ごしている。全てが天宮の配慮や思惑の上に成り立っているのかどうか、彼方には知る術がない。確かに言えることは、奏が隣人であれば行き来が容易く、ひたすら心強いと云うことだけだった。
二人は彼方の部屋で、今後の成り行きについて相談していた。
「偶然の機会を待っていても、時間の無駄でしょう。こちらから出向くしかありません。幸い、闇呪――いえ、こちらでは黒沢教諭と言った方が相応しいですね、彼の所在は明らかなのですから」
「うん。この状況だと、僕もそう思う」
奏の提案に、彼方は素直に賛成した。先日の事件に対する辻褄を合わせるため、彼方は登校を禁じられている。副担任である黒沢遥に、一生徒として顔を見せることも出来ない。奏と遥を偶然引き合わせることなど、どう考えても不可能だった。
今となっては、遥の気性が非道でも非情でもないという確信を持っている。こちらから出向くことに、それほどの危機感を持たなくなっていた。
「でも、それで彼が何かを明かしてくれるとは思えないけど」
彼方が問題を指摘すると、奏は小さく笑う。
「何もしないでいるよりは有益だと思います。顔色を眺めているだけで、判ることもあるでしょうし。それに、彼方の話を聞く限り、天宮のお嬢さんは利用できそうです」
「利用って、委員長を?」
「ええ。こちらの者を巻き込むことは心苦しいですが。そのお嬢さんは黒沢教諭と関わりを持っている可能性が高い」
「――うん」
彼方は頷いて見たが、朱里を利用するという手段には快諾できないものを感じてしまう。彼女は生真面目で素直な女生徒だ。たしかに立場や環境には一目置かなければならないが、それは天宮の縁者であるからだろう。他には不審な面を感じない。彼方の目には、ただ健気でその一生懸命さがいじらしく思えるほどだ。単に何の思惑もなく、親友を救ってくれた副担任に想いを寄せただけなのかもしれない。
奏は彼方の胸中を感じ取ったのか、悪意の感じられない声で続けた。
「彼女に危害を加えたり、騙したりするわけではありません。黒沢教諭が過保護に護っているのなら、なおさらです。私は彼に敵視されることは避けたいですし。彼方が憂慮するのであれば、その辺りのことは私に任せてください」
奏が強引なことをするとは思えない。彼方は深く頷いて、「任せる」という意思表示をした。奏は穏やかに微笑むと、室内の時計に目を向けて時刻を確かめる。
「彼方も体力を取り戻したようですし、本日の夕刻に天宮家を訪ねてみましょう」
「え? 今日?」
彼方が仰天すると、奏は何でもないことのように「はい」と笑う。時刻は既に三時を回っており、学院の高等部はもうすぐ最後の授業を終える筈だ。夕刻まではそれほど猶予がない。彼方は慌てたが、これ以上迷っていても仕方がないと思い直す。心の準備をしなければと、気を引き締めた。
その直後、室内に訪問者を教えるインターホンの音が鳴り響いた。この部屋を訪れてくるのは、東吾しか考えられない。食料の補充でもしに来たのかと、彼方は来訪者を映す小さな画面を見た。
「あれ?」
映像は予想を裏切らずに東吾を映している。けれど、その傍らにもう一人誰かが立っていた。彼方はじっくりと目を凝らし、瞬きを繰り返す。
「え?――まさか」
信じられないものを見つけて、知らずに小さく声を漏らした。彼方の様子に異変を感じたのか、奏も同じように画面を見つめる。
「――玉花?」
彼方は奏の呟きで、それが錯覚ではないことを確かめた。はっと我に返り、事実を受け止めると途端に気持ちが逸る。居ても立ってもいられない。「雪っ」と叫ぶと、彼方は慌てて現れた彼女の元へ向かった。
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