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第三話 失われた真実
第九章:2 別れの予感 1
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結局、一日中昨日の出来事に振り回された挙句、気がつけば放課後になっていた。とぼとぼと廊下を歩きながら、朱里は頭を抱えたい気持ちになっている。
どうしてこんなに切り替えの悪い頭なのかと、真剣に自分を罵っていた。幼馴染の佐和と夏美にも、思い切り不審な眼差しを向けられてしまった。
佐和曰く。
「朱里、今日は朝からおかしすぎるよ。ピークは副担任が受け持っている物理の時だったけどさ。あれはひどかった」
と腕を組んで力説。苦笑いしか出来ない朱里に、畳み掛けるように夏美が難しい顔をして続けた。
「毒キノコのような、何かおかしな物でも食べたみたいだったわ。あれじゃあ、いくら大人しい黒沢先生でも見過ごすことができないわよ。叱られて当然ね」
二人はしきりに風邪でもひいたのかと朱里の額に手を添えたり、顔を覗き込んだりして様子を確かめていた。朱里は笑ってごまかしながら、遥に命じられた放課後の任務をどうにかして回避できないものかと考えを巡らせていた。この際、二人に泣きついて付き添ってもらい、二人きりになることだけでも阻止したい。そう思って幼馴染に懇願してみたが、二人は部活動が優先だとあっさりと朱里を見捨てる。
「何があったか知らないけど。副担任の手伝いでもして、頭を冷やしたほうがいいよ」
「そうね。親友に何も相談してくれない朱里の味方は出来ないわね。ね、佐和」
「うん、夏美の意見に賛成」
朱里が散々何もないと訴えても、二人は冷ややかな態度を崩さなかった。そのままひらひらと手を振りながら、にこやかに立ち去ってしまった。どうやら明らかに狼狽しているのに、その理由を語らない朱里に対して、二人は拗ねているのかもしれない。
朱里は一人で取り残されて、ひたすら器用に振る舞えない自分の鈍さを呪う。親友にも見放されてしまうと、あとはもう覚悟を決めるしかなかった。
「はぁ」
潔く準備室へ向かいながらも、足取りはひたすら重い。今にも身を翻して逃げ出したい気分だった。どれほど知恵をふりしぼっても、どんな顔をして遥に会えばいいのか判らない。
できるだけゆっくりと準備室に向かっていたが、ぐつぐつと頭が煮え立ちそうなほど必死に逃げ出す口実を考えていると、あっという間にたどり着いてしまった。理系の準備室は人気の少ない別館にある。理科室の隣にある小さな部屋だった。
朱里が準備室の扉の前で立ち止まると、中からザカザカと輪転機の動作音がしていた。どうやら既に資料を大量に刷っているようだ。罰として言い渡された用事は、単に自分を呼び出す口実だけではなかったらしい。
朱里は大きく深呼吸してから、気合いを入れるつもりで度のない眼鏡の位置を整える。覚悟を決めて準備室の扉に手をかけた。
輪転機の音がいっそう大きくなるのを感じながら、「失礼します」と室内へ踏み込む。
小さな部屋は、実験に使用する器具や資料でますます狭く感じる。外に通じる窓があるおかげで、夕刻の陽射しが室内を照らしていた。雑然とした模様の中で、そのけだるげな陽光だけが救いだった。
遥は輪転機の隣に立ち、資料の束を片手に抱えていた。眼鏡も白衣も教壇にあった時と同じで、冴えない副担任の格好をしている。作動中の機械から、ものすごい勢いで用紙が吐き出されていた。
朱里がおずおずと近づくと、遥がこちらを向いたまま微笑んだ。
「天宮さん。放課後に資料作成を手伝わせてしまい申し訳ありません。早速ですが、そちらの机に並べて積んであるプリントを、端から一枚ずつ取って束ねてから、綴じてください」
「あ、はい」
朱里は示された机へ向かい、椅子に掛けてから、云われた通りに順番に用紙をまとめた。そして出来上がった束をホッチキスで綴じる。輪転機の激しい動作音と、用紙を綴じる微かな音だけが準備室の静寂を揺るがしていた。
遥は黙々と資料作成を続け、副担任とは違う顔を朱里に見せる様子がない。初めは狭い室内に二人きりでいることに緊張していたが、朱里はそっと吐息をつくと、わずかに張り詰めていた気持ちを緩めた。
(なんだ。先生は資料を作るのに、本当に手助けしてほしいだけだったんだ)
安堵しながらも、胸の底に残念な想いが滲む。朱里は複雑な気持ちになりながら、とりあえず副担任を手伝う生徒に徹した。こちらから下手に声をかけると、遥に対して昨日のことで墓穴を掘りかねない。
朱里が目の前の作業に没頭していると、ふいに輪転機の音が止んだ。背後で遥が身動きする気配を感じていると、彼は刷り終えた資料の束を抱えて朱里の傍へやってくる。
朱里は視界の端に、机の上に印刷したものを並べる遥の手を見ていた。
手元のホッチキスが、用紙を綴じる度にパチリと音を発する。輪転機の騒音がなくなると、室内の静寂はただ息苦しい。
隣に立つ遥の気配を感じながら、朱里は再び気持ちが張り詰めてゆくのを感じた。鼓動が少しずつ高くなる。
コトリと、机の端に固いものが触れる音がした。遥が掛けていた筈の黒縁眼鏡が、机の片隅に置かれている。彼が副担任という仮面を外した徴だった。朱里の動悸が激しくなる。
「朱里」
「は、はいっ」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。昨日の自分の行動が蘇ってきて、朱里は頬がみるみる染まっていくのを自覚していた。
「私は、君に伝えておかなければならない事がある」
朱里の頭の中は、既にある一つのことで占められていた。突然、好きな男性に抱きついて、岩のようにしがみついたまま離れないという行動。どんなに考えても、はしたいない行いでしかない。朱里にとっては、上の空で授業を受けるよりも、もっとずっと大きな失態だった。
手にしていたホッチキスを強く握り締めて、朱里は思わず先に謝ってしまう。
「あの、先生。昨日はごめんなさい。とにかく先生に伝えなければいけないって、必死になってしまって、後先も考えずにしがみついて、泣いて。どうしようもなく先生を困らせてしまって。その、だけど、気持ちは嘘じゃなくて、とにかく、どうしても伝えたかったんですっ」
動揺のあまり、更に告白を重ねるような謝罪になってしまう。朱里は何を言っているのかと、更にうろたえてしまった。穴があったら入りたい衝動に駆られる。遥の顔を見ることが出来ずにいると、ふいにホッチキスを握り締めている手に、彼の手が触れた。
長い指が、朱里の手から握り締めていた物を取り上げる。何も持たなくなった朱里の手に、遥が手を重ねた。彼は戸惑う朱里の手を、そっと握り締めた。
掌の熱が伝わってくる。温かい。
朱里は頬を染めたまま、ようやく遥を仰いだ。彼の端正な素顔を見つめる。
「せ、先生?」
彼はこちらが切なくなるほど、優しい眼差しを朱里に向けていた。泣いているのではないかと思えるほど微かな笑み。泡沫のように儚い。
「君は私のことを好きだと、――そう言ってくれた」
朱里はただ深く頷いた。彼への想いは、嘘偽りのない真実。
「だから、君に伝えておきたい。君と想いを交わせるのなら、私はもうそれだけで何も望まない。こうして、君に触れることが出来るなら」
真っ直ぐに想いを語る彼の声は、淡い。まるで命を惜しまないと言いたげな、暗い決意を感じた。さっきまでの沸騰しそうな恥ずかしさが急激に鎮まっていく。朱里は思わず口を開いていた。
「私、……私も先生と同じ気持ちです」
強く訴えると、彼は頷いた。
「知っている。君が私に与えてくれた。朱里、いつか君が全てを思い出した時、――もし、私の傍にいられなくなった時には、私にこう言い残して立ち去って欲しい」
「そんなこと――」
彼は言いかけた朱里の言葉を封じる。長い指先が、そっと朱里の唇に触れた。
どうしてこんなに切り替えの悪い頭なのかと、真剣に自分を罵っていた。幼馴染の佐和と夏美にも、思い切り不審な眼差しを向けられてしまった。
佐和曰く。
「朱里、今日は朝からおかしすぎるよ。ピークは副担任が受け持っている物理の時だったけどさ。あれはひどかった」
と腕を組んで力説。苦笑いしか出来ない朱里に、畳み掛けるように夏美が難しい顔をして続けた。
「毒キノコのような、何かおかしな物でも食べたみたいだったわ。あれじゃあ、いくら大人しい黒沢先生でも見過ごすことができないわよ。叱られて当然ね」
二人はしきりに風邪でもひいたのかと朱里の額に手を添えたり、顔を覗き込んだりして様子を確かめていた。朱里は笑ってごまかしながら、遥に命じられた放課後の任務をどうにかして回避できないものかと考えを巡らせていた。この際、二人に泣きついて付き添ってもらい、二人きりになることだけでも阻止したい。そう思って幼馴染に懇願してみたが、二人は部活動が優先だとあっさりと朱里を見捨てる。
「何があったか知らないけど。副担任の手伝いでもして、頭を冷やしたほうがいいよ」
「そうね。親友に何も相談してくれない朱里の味方は出来ないわね。ね、佐和」
「うん、夏美の意見に賛成」
朱里が散々何もないと訴えても、二人は冷ややかな態度を崩さなかった。そのままひらひらと手を振りながら、にこやかに立ち去ってしまった。どうやら明らかに狼狽しているのに、その理由を語らない朱里に対して、二人は拗ねているのかもしれない。
朱里は一人で取り残されて、ひたすら器用に振る舞えない自分の鈍さを呪う。親友にも見放されてしまうと、あとはもう覚悟を決めるしかなかった。
「はぁ」
潔く準備室へ向かいながらも、足取りはひたすら重い。今にも身を翻して逃げ出したい気分だった。どれほど知恵をふりしぼっても、どんな顔をして遥に会えばいいのか判らない。
できるだけゆっくりと準備室に向かっていたが、ぐつぐつと頭が煮え立ちそうなほど必死に逃げ出す口実を考えていると、あっという間にたどり着いてしまった。理系の準備室は人気の少ない別館にある。理科室の隣にある小さな部屋だった。
朱里が準備室の扉の前で立ち止まると、中からザカザカと輪転機の動作音がしていた。どうやら既に資料を大量に刷っているようだ。罰として言い渡された用事は、単に自分を呼び出す口実だけではなかったらしい。
朱里は大きく深呼吸してから、気合いを入れるつもりで度のない眼鏡の位置を整える。覚悟を決めて準備室の扉に手をかけた。
輪転機の音がいっそう大きくなるのを感じながら、「失礼します」と室内へ踏み込む。
小さな部屋は、実験に使用する器具や資料でますます狭く感じる。外に通じる窓があるおかげで、夕刻の陽射しが室内を照らしていた。雑然とした模様の中で、そのけだるげな陽光だけが救いだった。
遥は輪転機の隣に立ち、資料の束を片手に抱えていた。眼鏡も白衣も教壇にあった時と同じで、冴えない副担任の格好をしている。作動中の機械から、ものすごい勢いで用紙が吐き出されていた。
朱里がおずおずと近づくと、遥がこちらを向いたまま微笑んだ。
「天宮さん。放課後に資料作成を手伝わせてしまい申し訳ありません。早速ですが、そちらの机に並べて積んであるプリントを、端から一枚ずつ取って束ねてから、綴じてください」
「あ、はい」
朱里は示された机へ向かい、椅子に掛けてから、云われた通りに順番に用紙をまとめた。そして出来上がった束をホッチキスで綴じる。輪転機の激しい動作音と、用紙を綴じる微かな音だけが準備室の静寂を揺るがしていた。
遥は黙々と資料作成を続け、副担任とは違う顔を朱里に見せる様子がない。初めは狭い室内に二人きりでいることに緊張していたが、朱里はそっと吐息をつくと、わずかに張り詰めていた気持ちを緩めた。
(なんだ。先生は資料を作るのに、本当に手助けしてほしいだけだったんだ)
安堵しながらも、胸の底に残念な想いが滲む。朱里は複雑な気持ちになりながら、とりあえず副担任を手伝う生徒に徹した。こちらから下手に声をかけると、遥に対して昨日のことで墓穴を掘りかねない。
朱里が目の前の作業に没頭していると、ふいに輪転機の音が止んだ。背後で遥が身動きする気配を感じていると、彼は刷り終えた資料の束を抱えて朱里の傍へやってくる。
朱里は視界の端に、机の上に印刷したものを並べる遥の手を見ていた。
手元のホッチキスが、用紙を綴じる度にパチリと音を発する。輪転機の騒音がなくなると、室内の静寂はただ息苦しい。
隣に立つ遥の気配を感じながら、朱里は再び気持ちが張り詰めてゆくのを感じた。鼓動が少しずつ高くなる。
コトリと、机の端に固いものが触れる音がした。遥が掛けていた筈の黒縁眼鏡が、机の片隅に置かれている。彼が副担任という仮面を外した徴だった。朱里の動悸が激しくなる。
「朱里」
「は、はいっ」
思わず背筋を伸ばして返事をしてしまう。昨日の自分の行動が蘇ってきて、朱里は頬がみるみる染まっていくのを自覚していた。
「私は、君に伝えておかなければならない事がある」
朱里の頭の中は、既にある一つのことで占められていた。突然、好きな男性に抱きついて、岩のようにしがみついたまま離れないという行動。どんなに考えても、はしたいない行いでしかない。朱里にとっては、上の空で授業を受けるよりも、もっとずっと大きな失態だった。
手にしていたホッチキスを強く握り締めて、朱里は思わず先に謝ってしまう。
「あの、先生。昨日はごめんなさい。とにかく先生に伝えなければいけないって、必死になってしまって、後先も考えずにしがみついて、泣いて。どうしようもなく先生を困らせてしまって。その、だけど、気持ちは嘘じゃなくて、とにかく、どうしても伝えたかったんですっ」
動揺のあまり、更に告白を重ねるような謝罪になってしまう。朱里は何を言っているのかと、更にうろたえてしまった。穴があったら入りたい衝動に駆られる。遥の顔を見ることが出来ずにいると、ふいにホッチキスを握り締めている手に、彼の手が触れた。
長い指が、朱里の手から握り締めていた物を取り上げる。何も持たなくなった朱里の手に、遥が手を重ねた。彼は戸惑う朱里の手を、そっと握り締めた。
掌の熱が伝わってくる。温かい。
朱里は頬を染めたまま、ようやく遥を仰いだ。彼の端正な素顔を見つめる。
「せ、先生?」
彼はこちらが切なくなるほど、優しい眼差しを朱里に向けていた。泣いているのではないかと思えるほど微かな笑み。泡沫のように儚い。
「君は私のことを好きだと、――そう言ってくれた」
朱里はただ深く頷いた。彼への想いは、嘘偽りのない真実。
「だから、君に伝えておきたい。君と想いを交わせるのなら、私はもうそれだけで何も望まない。こうして、君に触れることが出来るなら」
真っ直ぐに想いを語る彼の声は、淡い。まるで命を惜しまないと言いたげな、暗い決意を感じた。さっきまでの沸騰しそうな恥ずかしさが急激に鎮まっていく。朱里は思わず口を開いていた。
「私、……私も先生と同じ気持ちです」
強く訴えると、彼は頷いた。
「知っている。君が私に与えてくれた。朱里、いつか君が全てを思い出した時、――もし、私の傍にいられなくなった時には、私にこう言い残して立ち去って欲しい」
「そんなこと――」
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