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第三話 失われた真実
第五章:3 夢と現V 3
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目覚めたとき、朱里は何ともいえない息苦しさに襲われていた。一瞬、どちらが夢であるのかと惑ってしまう。
目覚めた今が夢であるのか、今まで見ていた光景が夢であったのか。
寝台で眠っていただけなのに、身体中に響き渡るほど動悸がする。不安に耐え切れず身を起こすと、寝台の軋む音がした。朱里は寝台の周りを見回して、ようやくこちらが現実であることを実感する。
(また、……あの夢)
動悸が止まない。改めて何事かと胸を押さえる。
同じ舞台を背景として続いてゆく光景。
恐れながらも、結局まどろんでしまった結果だった。まるで恐怖に竦んでいるかのように、指先から血の気が引いている。額にも冷や汗が滲んでいた。
激しく打つ鼓動が静まるのを待ちながら、朱里は身体が訴えている恐れの在処を探る。眠ることを恐れていたのは確かだが、それだけでは説明がつかない。自分の感情を置き去りにしたまま、身体が小刻みに震えているのだ。
落ち着けと自分で言い聞かせながら、朱里は夢で見た光景をひととおり振り返る。どうしても合点がいかない。これほど体中が恐慌しているのに、夢に映された情景からは恐れるような要素が見つけられない。
夢の中では、恐れていたというよりも。
どちらかというと、自分は――朱桜の心はときめいていたような気がするのだ。
叶わない想いを手に入れて、心躍るような気持ち。
朱里の中に鮮明に蘇る。
泣きたくなるほど、満たされた気持ち。
早く想いを伝えたいと、ひたすら急く気持ち。
(なんだろう、このちぐはぐな感じ)
少しずつ静まる鼓動を感じながら、朱里は再び寝台に横になる。まだ夜明けは訪れていないのか、見慣れた室内は暗がりに沈んでいる。カーテン越しに光が届く気配もない。
深く息を吐き出しながら、朱里はごろりと寝返りを打った。同時に、頬を伝って滑り落ちる温かなものに気がつく。指先で拭っても、目尻から溢れ出る涙がとめどなく頬を濡らすのだ。
体中で示された恐れの後に、急激に自分を支配していく哀しみ。
夢の中の浮き足立つような想いとは裏腹に、感情は奈落の底にある。夢の光景とは繋がってゆかない感情の波。強く恐れて、激しく哀しい。
(なに、これ)
戸惑いながらも、哀しみに支配されていく自分を止めることができない。朱里はうろたえながらも、懸命に考える。
(夢の中の……)
涙を拭いながら、ゆっくりと息を吐き出す。
猛烈な恐れと哀しみに染められないように、じっと与えられた光景を辿る。
(あの人が、先生の恋人。綺麗な人だった。――華艶の美女)
彼方や双子が教えてくれた断片的な事実と、夢で見る光景を組み合わせてゆくだけで、それは容易に憶測できる。夢の中で繋がってゆく事実が、知らないはずの世界を描き出してゆくのだ。朱里は形になった事実に少なからず衝撃を受けたが、胸を占める哀しみが全てを凌駕してゆく。
何か取り返しのつかない出来事があったのだと、朱里にも分かってしまう。
自分の中にある真実が、絶望的な何かを訴えている。込み上げてくる感情の波が、そう示唆するのだ。
身体が震えるほどその先の出来事を恐れ、そして悔やんでいる。
(夢の中でも、あんなに先生が好きなのに……)
その光景を辿っていく自分は、こんなにも悲しみに暮れている。
かき消されたときめきと、満たされた想い。全てが恐れと哀しみに呑まれてしまう。
華艶の美女の慈愛に満ちた微笑みが、哀しい。
黄帝の輝くばかりの美貌が恐ろしい。
知らない世界の出来事である筈なのに、朱里はこんなふうに込み上げる感情を、自然に受け止めることができるのだ。
悲嘆に暮れているのは、誰でもない。
自分自身。
(もう、ごまかせない。――朱桜は、私なんだ)
真っ直ぐに遥に、あるいは闇呪に向かっていく気持ち。
もう目を逸らすことが困難なほど、蘇る感情。自分の中に封印された何かがある。
(先生を好きだった。でも、あれから……、何が)
朱里にはわからない。辿ることが許されているのは、気持ちだけ。
もう一つの世界。異世界の夢を見るようになったのは、遥が現れてから、彼と出会ってからだった。きっと遥との出会いが、朱里の中に封じられた想いを刺激した。
閉じ込められた想いだけが、こんなふうに蘇る。
激しく揺り動かされる気持ち。
(私はずっと、先生が好きだった。……今も、こんなに)
あの夢の続きに何があったのか。朱里は息を詰まらせながら、嗚咽しそうになるのを堪える。零れ落ちる涙を拭いながら、はじめて切実に夢の続きを望んだ。
真実が知りたい。
自分の想いがどこへ辿り付いたのか。
強くそう思うのに、朱里は竦んでいる自分を無視できない。
それ以上は駄目なのだと、心が悲鳴をあげて拒絶する。
(だけど、私は先生のために――)
全てが知りたい。朱里は震えるほどの恐れを堪えて、夢の続きを追うために涙に濡れた目を閉じた。
けれど、それ以上夢の続きを追う事はできなかった。
立ちすくんで、恐れている自分を乗り越えることが出来ない。
――幸せな夢だけを見ていたい。
強烈な逃避。
朱里の心根に刻まれた、動かしがたい本音だった。
目覚めた今が夢であるのか、今まで見ていた光景が夢であったのか。
寝台で眠っていただけなのに、身体中に響き渡るほど動悸がする。不安に耐え切れず身を起こすと、寝台の軋む音がした。朱里は寝台の周りを見回して、ようやくこちらが現実であることを実感する。
(また、……あの夢)
動悸が止まない。改めて何事かと胸を押さえる。
同じ舞台を背景として続いてゆく光景。
恐れながらも、結局まどろんでしまった結果だった。まるで恐怖に竦んでいるかのように、指先から血の気が引いている。額にも冷や汗が滲んでいた。
激しく打つ鼓動が静まるのを待ちながら、朱里は身体が訴えている恐れの在処を探る。眠ることを恐れていたのは確かだが、それだけでは説明がつかない。自分の感情を置き去りにしたまま、身体が小刻みに震えているのだ。
落ち着けと自分で言い聞かせながら、朱里は夢で見た光景をひととおり振り返る。どうしても合点がいかない。これほど体中が恐慌しているのに、夢に映された情景からは恐れるような要素が見つけられない。
夢の中では、恐れていたというよりも。
どちらかというと、自分は――朱桜の心はときめいていたような気がするのだ。
叶わない想いを手に入れて、心躍るような気持ち。
朱里の中に鮮明に蘇る。
泣きたくなるほど、満たされた気持ち。
早く想いを伝えたいと、ひたすら急く気持ち。
(なんだろう、このちぐはぐな感じ)
少しずつ静まる鼓動を感じながら、朱里は再び寝台に横になる。まだ夜明けは訪れていないのか、見慣れた室内は暗がりに沈んでいる。カーテン越しに光が届く気配もない。
深く息を吐き出しながら、朱里はごろりと寝返りを打った。同時に、頬を伝って滑り落ちる温かなものに気がつく。指先で拭っても、目尻から溢れ出る涙がとめどなく頬を濡らすのだ。
体中で示された恐れの後に、急激に自分を支配していく哀しみ。
夢の中の浮き足立つような想いとは裏腹に、感情は奈落の底にある。夢の光景とは繋がってゆかない感情の波。強く恐れて、激しく哀しい。
(なに、これ)
戸惑いながらも、哀しみに支配されていく自分を止めることができない。朱里はうろたえながらも、懸命に考える。
(夢の中の……)
涙を拭いながら、ゆっくりと息を吐き出す。
猛烈な恐れと哀しみに染められないように、じっと与えられた光景を辿る。
(あの人が、先生の恋人。綺麗な人だった。――華艶の美女)
彼方や双子が教えてくれた断片的な事実と、夢で見る光景を組み合わせてゆくだけで、それは容易に憶測できる。夢の中で繋がってゆく事実が、知らないはずの世界を描き出してゆくのだ。朱里は形になった事実に少なからず衝撃を受けたが、胸を占める哀しみが全てを凌駕してゆく。
何か取り返しのつかない出来事があったのだと、朱里にも分かってしまう。
自分の中にある真実が、絶望的な何かを訴えている。込み上げてくる感情の波が、そう示唆するのだ。
身体が震えるほどその先の出来事を恐れ、そして悔やんでいる。
(夢の中でも、あんなに先生が好きなのに……)
その光景を辿っていく自分は、こんなにも悲しみに暮れている。
かき消されたときめきと、満たされた想い。全てが恐れと哀しみに呑まれてしまう。
華艶の美女の慈愛に満ちた微笑みが、哀しい。
黄帝の輝くばかりの美貌が恐ろしい。
知らない世界の出来事である筈なのに、朱里はこんなふうに込み上げる感情を、自然に受け止めることができるのだ。
悲嘆に暮れているのは、誰でもない。
自分自身。
(もう、ごまかせない。――朱桜は、私なんだ)
真っ直ぐに遥に、あるいは闇呪に向かっていく気持ち。
もう目を逸らすことが困難なほど、蘇る感情。自分の中に封印された何かがある。
(先生を好きだった。でも、あれから……、何が)
朱里にはわからない。辿ることが許されているのは、気持ちだけ。
もう一つの世界。異世界の夢を見るようになったのは、遥が現れてから、彼と出会ってからだった。きっと遥との出会いが、朱里の中に封じられた想いを刺激した。
閉じ込められた想いだけが、こんなふうに蘇る。
激しく揺り動かされる気持ち。
(私はずっと、先生が好きだった。……今も、こんなに)
あの夢の続きに何があったのか。朱里は息を詰まらせながら、嗚咽しそうになるのを堪える。零れ落ちる涙を拭いながら、はじめて切実に夢の続きを望んだ。
真実が知りたい。
自分の想いがどこへ辿り付いたのか。
強くそう思うのに、朱里は竦んでいる自分を無視できない。
それ以上は駄目なのだと、心が悲鳴をあげて拒絶する。
(だけど、私は先生のために――)
全てが知りたい。朱里は震えるほどの恐れを堪えて、夢の続きを追うために涙に濡れた目を閉じた。
けれど、それ以上夢の続きを追う事はできなかった。
立ちすくんで、恐れている自分を乗り越えることが出来ない。
――幸せな夢だけを見ていたい。
強烈な逃避。
朱里の心根に刻まれた、動かしがたい本音だった。
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