64 / 233
第三話 失われた真実
第一章:2 噂2
しおりを挟む
朱里はふと、自分が朱桜として登場する夢を思い出した。ただの偶然と割り切ってしまうことの出来ない光景。彼方達の住む世界は、夢に現れた舞台と同じであるような気がする。
夢の中で自分が闇呪の君と語っていた人物。
彼は副担任である遥に良く似ていた。彼方の語る恐ろしい人物像にも繋がっている気がする。
朱里は彼方に夢で見た光景を話してみようかと考えたが、すぐに思いとどまった。遥への想いが見せる幼稚な夢だと思われるのは恥ずかしい。そして、それ以上に夢で見た光景を異世界の事実であると受け止めるのが嫌だった。
意味もなく芽生える嫌悪が、伴侶として登場する朱桜への嫉妬なのか、自身が朱桜であるかもしれないことへの恐れなのかは、朱里にもよく判らない。
「とにかく、委員長の好意が全て仇になってしまう可能性があるってこと」
「――先生は、そんな人じゃないと思う」
何かを考える前に、朱里は口走っていた。
彼方が自分を案じてくれているのは判る。けれど、副担任である遥のことを悪人のように考えることに、朱里はどうしても賛成できない。
小さな抗議をどう受け止めたのか、彼方は労わるように目を細めた。
「うん、委員長にとっては、親友を助けてくれた恩人なんだよね」
まるで自分に言い聞かせるように、彼方が呟いた。朱里は彼の好意を跳ね除けてしまった自分に戸惑ってしまう。遥と出会ってから、日は浅い。多くを語らない遥よりも、彼方の方が色々なことを教えてくれた気がする。
そんな彼方の好意を退けてまで、副担任の遥を信頼する理由が見つけられない。
見つけられないのに、こんなにも遥を慕っている。朱里は彼に向けた想いが、想像以上に自分の中を占めているのだと、自分自身に戸惑ってしまう。
何となく彼方に対してばつが悪く、朱里は所在無く自分の組み合わせた指先を眺めた。
「委員長はさ、最近になって囁かれはじめた学院の噂を知っているのかな」
「噂?」
朱里の示した、遥に対する偏った思い入れに気を悪くした様子もなく、彼方は明るい口調で話を続けた。
二人の在籍する天宮学院は怪奇的な噂が耐えない。鬼を見たとか、白い人影が現れて消えたとか、常に恐ろしげな噂が飛び交っている。朱里は遥に出会うまで、全てが根も葉もない作り話なのだと思っていた。今でも怪奇的な噂のほとんどが、面白く捏造された話であると感じているが、異世界に通じるこの学院に、噂の火種となる条件が揃っていることも事実だった。
朱里は最近になって耳にした噂を振り返ってみるが、彼方の示す噂がどれを指すのかが判らない。彼方が補足するように続けた。
「雅な衣装を纏った、見慣れない人影を見たという噂だよ」
朱里にも心当たりのある怪談があった。
「それって、不幸な事故で亡くなった演劇部の霊っていう話?」
合宿所へ向かったバスが事故を起こし、搭乗していた部員が全員亡くなったという作り話が、いかにも真実味を帯びて語られている。未発表作となった演目に未練を残し、部員が今でも学院を彷徨っていると言うのだ。実際のところ、過去を調べてもそんな事故は起きておらず、生徒が亡くなった事実もない。
彼方もその怪談を信じているわけではないようだ。呆れたように吐息をついた。
「うん、まぁ、そういう尾ひれがついているかもしれないね」
「その噂がどうかしたの?」
「演劇部の話はさておき、彼らは存在する」
「彼らって……」
戸惑う朱里にかまわず、生真面目な面持ちで彼方は続けた。
「僕達の世界から、こちら側に渡ってきている者がいるんだ」
「彼方の仲間?」
朱里には問いかけることしか出来ない。彼方は言葉を探しているのか、一瞬沈黙があった。
「仲間ではないけど、知り合いではあるかもしれないね。僕達にはこちらの人間かそうでないか見分けることは容易い。だから、いくら副担任が化けていたとしても、見つかるのは時間の問題だと思う。委員長の家に閉じ込めて、誰にも接触させないなら話は別だろうけど。さっきも言ったように、彼は騒動の中心にいるんだ。彼が善か悪かという問題の前に、必要以上に彼に関わっていると、委員長も巻き込まれてしまうかも――っ」
彼方はそこで不自然に口を閉ざした。朱里は背後に気配を感じて咄嗟に振り返る。姉の麟華が立っていた。彼方に厳しい眼差しを向けている。
「王子様、それは朱里には関係のない話よ。――あなたも含めて、天界からの追手は誰の差し金かしら?」
「僕は違う」
「それを信じる理由はないわね。王子、お仲間に伝えなさい。主上に刃を向けるのなら、我ら守護が容赦しないと」
「だから、僕は違うって言っているんだ。それを証拠に、彼らはまだ闇呪の所在を掴んでいないだろ? 天宮を名乗る双子が黒麒麟であることも知らない」
「口では何とでも言えるでしょう」
彼方は唇を噛んで押し黙ってしまった。麟華が朱里を促すように肩を叩いてから、歩き出した。朱里は突然の険悪な雰囲気がただ息苦しい。どう声をかけていいのか分からないが、そのまま彼方の前から立ち去ることは出来なかった。
「あの、彼方。よく判らないけど、――ごめんね」
「ううん、僕が甘かっただけだよ」
小さく答えた彼方は自嘲的な笑みを浮かべた。けれど、それは錯覚かと思う位の一瞬で、すぐに照れ隠しをするようにペロリと舌を出した。朱里はほっとして肩の力を抜いた。
何がどのように関わっているのかまるで理解できないが、姉である麟華の態度は、歩み寄ろうとする彼方を完全に拒絶していた。
彼方は「はぁ」と大きく溜息をついてから、朱里の気遣いに慰められたのか、笑顔を取り戻す。
「委員長には強い味方がいるから大丈夫かもね。だけど、副担任に恋をしても良いことは一つもないよ。委員長があまりに一生懸命で健気だから、やっぱりそれだけは忠告しておく」
彼方は「じゃあね」と手を振ると、再び校舎の中へ戻っていった。朱里の胸に、彼方の言葉が小さな棘となって刺さる。
言われなくても、この恋が叶わないことは判っている。
判っているのに、止められない。
朱里は沈んだ気持ちを振り切るように駆け出した。目の前を行く麟華に追いつくのはすぐだった。
どんな警告も憂慮も、ただ一つの想いに呑まれてしまう。
高等部の正門を抜ける頃には、ふたたび遥を案じる想いに占められていた。
夢の中で自分が闇呪の君と語っていた人物。
彼は副担任である遥に良く似ていた。彼方の語る恐ろしい人物像にも繋がっている気がする。
朱里は彼方に夢で見た光景を話してみようかと考えたが、すぐに思いとどまった。遥への想いが見せる幼稚な夢だと思われるのは恥ずかしい。そして、それ以上に夢で見た光景を異世界の事実であると受け止めるのが嫌だった。
意味もなく芽生える嫌悪が、伴侶として登場する朱桜への嫉妬なのか、自身が朱桜であるかもしれないことへの恐れなのかは、朱里にもよく判らない。
「とにかく、委員長の好意が全て仇になってしまう可能性があるってこと」
「――先生は、そんな人じゃないと思う」
何かを考える前に、朱里は口走っていた。
彼方が自分を案じてくれているのは判る。けれど、副担任である遥のことを悪人のように考えることに、朱里はどうしても賛成できない。
小さな抗議をどう受け止めたのか、彼方は労わるように目を細めた。
「うん、委員長にとっては、親友を助けてくれた恩人なんだよね」
まるで自分に言い聞かせるように、彼方が呟いた。朱里は彼の好意を跳ね除けてしまった自分に戸惑ってしまう。遥と出会ってから、日は浅い。多くを語らない遥よりも、彼方の方が色々なことを教えてくれた気がする。
そんな彼方の好意を退けてまで、副担任の遥を信頼する理由が見つけられない。
見つけられないのに、こんなにも遥を慕っている。朱里は彼に向けた想いが、想像以上に自分の中を占めているのだと、自分自身に戸惑ってしまう。
何となく彼方に対してばつが悪く、朱里は所在無く自分の組み合わせた指先を眺めた。
「委員長はさ、最近になって囁かれはじめた学院の噂を知っているのかな」
「噂?」
朱里の示した、遥に対する偏った思い入れに気を悪くした様子もなく、彼方は明るい口調で話を続けた。
二人の在籍する天宮学院は怪奇的な噂が耐えない。鬼を見たとか、白い人影が現れて消えたとか、常に恐ろしげな噂が飛び交っている。朱里は遥に出会うまで、全てが根も葉もない作り話なのだと思っていた。今でも怪奇的な噂のほとんどが、面白く捏造された話であると感じているが、異世界に通じるこの学院に、噂の火種となる条件が揃っていることも事実だった。
朱里は最近になって耳にした噂を振り返ってみるが、彼方の示す噂がどれを指すのかが判らない。彼方が補足するように続けた。
「雅な衣装を纏った、見慣れない人影を見たという噂だよ」
朱里にも心当たりのある怪談があった。
「それって、不幸な事故で亡くなった演劇部の霊っていう話?」
合宿所へ向かったバスが事故を起こし、搭乗していた部員が全員亡くなったという作り話が、いかにも真実味を帯びて語られている。未発表作となった演目に未練を残し、部員が今でも学院を彷徨っていると言うのだ。実際のところ、過去を調べてもそんな事故は起きておらず、生徒が亡くなった事実もない。
彼方もその怪談を信じているわけではないようだ。呆れたように吐息をついた。
「うん、まぁ、そういう尾ひれがついているかもしれないね」
「その噂がどうかしたの?」
「演劇部の話はさておき、彼らは存在する」
「彼らって……」
戸惑う朱里にかまわず、生真面目な面持ちで彼方は続けた。
「僕達の世界から、こちら側に渡ってきている者がいるんだ」
「彼方の仲間?」
朱里には問いかけることしか出来ない。彼方は言葉を探しているのか、一瞬沈黙があった。
「仲間ではないけど、知り合いではあるかもしれないね。僕達にはこちらの人間かそうでないか見分けることは容易い。だから、いくら副担任が化けていたとしても、見つかるのは時間の問題だと思う。委員長の家に閉じ込めて、誰にも接触させないなら話は別だろうけど。さっきも言ったように、彼は騒動の中心にいるんだ。彼が善か悪かという問題の前に、必要以上に彼に関わっていると、委員長も巻き込まれてしまうかも――っ」
彼方はそこで不自然に口を閉ざした。朱里は背後に気配を感じて咄嗟に振り返る。姉の麟華が立っていた。彼方に厳しい眼差しを向けている。
「王子様、それは朱里には関係のない話よ。――あなたも含めて、天界からの追手は誰の差し金かしら?」
「僕は違う」
「それを信じる理由はないわね。王子、お仲間に伝えなさい。主上に刃を向けるのなら、我ら守護が容赦しないと」
「だから、僕は違うって言っているんだ。それを証拠に、彼らはまだ闇呪の所在を掴んでいないだろ? 天宮を名乗る双子が黒麒麟であることも知らない」
「口では何とでも言えるでしょう」
彼方は唇を噛んで押し黙ってしまった。麟華が朱里を促すように肩を叩いてから、歩き出した。朱里は突然の険悪な雰囲気がただ息苦しい。どう声をかけていいのか分からないが、そのまま彼方の前から立ち去ることは出来なかった。
「あの、彼方。よく判らないけど、――ごめんね」
「ううん、僕が甘かっただけだよ」
小さく答えた彼方は自嘲的な笑みを浮かべた。けれど、それは錯覚かと思う位の一瞬で、すぐに照れ隠しをするようにペロリと舌を出した。朱里はほっとして肩の力を抜いた。
何がどのように関わっているのかまるで理解できないが、姉である麟華の態度は、歩み寄ろうとする彼方を完全に拒絶していた。
彼方は「はぁ」と大きく溜息をついてから、朱里の気遣いに慰められたのか、笑顔を取り戻す。
「委員長には強い味方がいるから大丈夫かもね。だけど、副担任に恋をしても良いことは一つもないよ。委員長があまりに一生懸命で健気だから、やっぱりそれだけは忠告しておく」
彼方は「じゃあね」と手を振ると、再び校舎の中へ戻っていった。朱里の胸に、彼方の言葉が小さな棘となって刺さる。
言われなくても、この恋が叶わないことは判っている。
判っているのに、止められない。
朱里は沈んだ気持ちを振り切るように駆け出した。目の前を行く麟華に追いつくのはすぐだった。
どんな警告も憂慮も、ただ一つの想いに呑まれてしまう。
高等部の正門を抜ける頃には、ふたたび遥を案じる想いに占められていた。
0
お気に入りに追加
134
あなたにおすすめの小説
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
2番目の1番【完】
綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。
騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。
それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。
王女様には私は勝てない。
結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。
※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです
自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。
批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……
矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。
『もう君はいりません、アリスミ・カロック』
恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。
恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。
『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』
『えっ……』
任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。
私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。
それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。
――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。
※このお話の設定は架空のものです。
※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる