魔王と囚われた王妃 ~断末魔の声が、わたしの心を狂わせる~

長月京子

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おまけ短編:失われた過去の馴れ初め

0−0:レイアの嘆願

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「ディオン様、お考えになってくださいましたか?」

「――おまえの方こそ、それを実現した時の問題を考えているのか」

 ディオンは玉座で足を組み、目の前に現れた女神レイア=スクリングラに冷めた眼差しを向ける。天界の覇権を握るラグナロクの神殿にまで現れて、ひたすら同じ事を繰り返す彼女には嫌気がさしていた。

人界ヨルズの情報を集めているが、はっきり言えば私の感想は否定的だ」

「ご自身の目で確かめもせずに、何がお分かりになるでしょう。ディオン様はトール様をご存知ではないからです」

「たとえ人界ヨルズが恵まれた世界であったとしても、おまえが人界ヨルズに降嫁した場合、残された片割れはどうなる? おまえたちはこの天界トロイでも数少ない双神だ。双神は片割れを失った時、悲嘆によって問題を引き起こす。双神とはそういう存在だ」

 双神には厄介な習性がある。生き別れた時に放つ悲嘆によって何が起きるのか。天界トロイに語り継がれてきた話が幾つもあった。

「私は人となり、寿命を享受します。ルシアとの心のつながりもおそらく双神のそれとは異なったものになるでしょう」

「おそらく? ただの憶測を信じろと?」

 豊穣の一族とされるスクリングラの天界での地位は高い。レイアはルシアという瓜二つの女神と双神として在る。

 ルシアがあれば豊穣スクリングラの役割が途絶えることはないが、だからといって、レイアが人界ヨルズに降嫁することを快諾はできない。

「何度嘆願されようとこの話は平行線だ」

「私はあきらめません。トール様のお傍に在りたいのです」

 天界一美しいと言われている豊穣スクリングラの女神。道理に背くこともなく公正で毅然としていたレイア。その聡明さから、天界トロイではディオンが妃に選ぶのではないかと、ことあるごとに根も葉もない噂がたっている。

 だが、実態は真逆とも言える。レイアには心に想う者があり、ディオンは彼女に全く心が動かない。

 どちらかというとーー。

「最近ルシアを見かけないが、何かあったのか?」

 話を逸らす目的も兼ねて、ディオンはレイアを見た。

「いつもくるくると良く働いていたがーー」

「ルシアは変わらずこちらを訪れているはずですが? 私がディオン様を訪れる前も一緒でした」

「ルシアが? 変わらず?」

「はい。……たまたま見かけなかっただけではないでしょうか」

「ーーそうか」

 ディオンはあり得ないと思ったが、それ以上は何も言わずふと気になったことを口にする。

「おまえが人界降嫁を望んでいることを、ルシアは知っているのか」

 当然打ち明けているのだろうと思っていたが、あまりにも当たり前のことと受け止めていたせいか、確かめた事はなかった。

「――話しておりません」

 意外な返答にディオンは瞠目する。

「なんだと?」

「ディオン様にお許しを頂いてから、打ち明けようと考えております」

「馬鹿な! 順序が逆だろう」

 ディオンは呆れてしまう。

「では、ルシアはおまえの人界降嫁を承諾しているわけではないと、そういうことか?」

「ーーはい」

「では、なおさら話にならない」

「ルシアの承諾を得られれば、ディオン様はもう一度お考えになって下さるのですか」

「……私はおまえが嘆願を繰り返すたびに考えている」

「かしこまりました。近いうちに、ルシアにも打ち明けてみる事にいたします」

 素直に受け入れるレイアに、ディオンは仄かな危惧を抱く。
 もしレイアが打ち明けたら、ルシアは嘆くのではないだろうか。

 瓜二つの美貌を持ちながら、ルシアの天界トロイでの影は薄い。まるでレイアの名声に隠れるように慎ましく過ごしている。着飾ることもなく、身動きしやすい衣装を好むせいだろうか。美しい金髪を無造作に二つに編んだだけで、くるくると働いている姿だけが思い出せる。

 ディオンが声をかけると、屈託のない笑顔を浮かべる印象が強く刻まれていた。無防備で無垢な女神。

(ルシアは、泣くかもしれないな)

 あの笑顔が、哀しみに沈んでしまうのではないか。

 すこし胸がざわついたが、ディオンはレイアに退がるように命じた。美しい仕草で深く一礼してから、レイアが退出する。人の気配がなくなると、ディオンは玉座に深く背を預けた。

(それにしても、なぜ、私はルシアを見かけない?ーー)

 変わらず神殿を訪れながら、すれ違う事すらないという事実。

(偶然は考えにくい)

 故意に避けられてると考える方が現実的だった。避けられるような覚えはないが、ディオンはルシアにたいして意識を向けている自覚がある。彼女がいて気付かないという事はない。そんな状況で、まったく会わないというのは、もっとあり得ない事だった。

(ーーでも、なぜ?)

 焦燥に近い、歯がゆい思いが競り上がる。自らが持つ権利で呼び寄せようかと思ったが、たとえ話を聞くだけだとしても、自分が女神を私的に呼ぶことには意味が伴う。周りの者も彼女自身も特別な含みをもって受け取るだろう。

(ルシア……)

 類い稀な美貌を持ちながら、傲ることもない無垢な女神。触れてみたいという欲望があるが、彼女には浅はかな行いを強いたくない。伽に侍らすような扱いは避けたい。無理強いではなく、心が伴うことを望んでいる。

「――……」

 ディオンは吐息をついてから、玉座から立ち上がった。私殿に戻るついでに探してみるのも一興だろう。
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