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第十章:ディオンの想い、ルシアの願い

48:破滅と創生の宿命

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 雷鳴が落ち着くと、雨も上がっていた。

「ここにいろ」

 ディオンはルシアから手を離して、祠から出る。雨に濡れた魔王の丘オーズの庭園に、懐かしい人影が立っていた。まるで雷の閃光とともにやってきたように、現れた人影は燐光を放っている。

 雨に濡れた緑態の中で、対峙するように佇む人影。力に満ちた気配があった。光を弾くような癖のない金髪。

 天界トロイの王ーーヴァンス。

 きっと破滅ラグナロクの一撃がなければ、ずっと仲の良い兄弟でいられただろう。

「やっとたどり着けたのに、ーーディオン、その姿は」

 魔王の丘オーズに降り立ち、ヴァンスは何かを払うかのように、眩い翼を羽ばたかせた。古き者ブーリンの加護は働いていない。彼がここを訪れる障壁は失われている。

 ずっと忌避すべき人影だった。ルシアを奪われないように守り続けてきたが、もう必要ない。
 成り行きがここに至っては、誰にも自分の目指す道を阻むことはできない。

「ヴァンス。もう手遅れだ。ーー私は成し遂げる」

「手遅れ……。その変わり果てた姿。なんて無様なーー」

 何かを噛みしめるように告げて、ヴァンスは拳に握った手を震わせる。悲嘆にくれているように見えた。

「ディオン! なぜ?」

 振り絞るような声が、枷を失ったように次第に高く弾ける。

「どうしてなんだ! どうしてこんなことに? どうして!」

 やりきれないと言いたげに髪を振り乱し、ヴァンスが叫ぶ。やがて強い眼差しできっとディオンを睨んだ。

「あなたは間違えている!」

「おまえに話しても、理解できない」

「何をーー」

破滅ラグナロクを放ったおまえには、決して理解できない」

「僕を憎むのは構わない! でも、眩い火ヴァルハラには背けない。たとえディオンでも!」

「そう。だから、おまえには理解できない」

 ぐっとヴァンスが歯を食いしばるのがわかる。もどかしさが、さらなる苛立ちに変わるのが伝わってきた。彼の気持ちも理解はできる。自分を慮ってくれるあまりに憤っていることも。
 だからと言って、諦めることはできない。

「ディオン、理解できないのは僕の方だ。人界ヨルズの者はやがて寿命を迎える。彼らは失われては再び生まれる。その繰り返し。破滅ラグナロク創生アウズンブラも同じ事だ」

「違う、ーーその違いがわからないおまえに、話すことは何もない」

破滅ラグナロクには宿命がある! いや、たとえ背こうとも他の道がある!」

 ヴァンスの激昂が、決して相容れないことを示していた。

 他の道。彼が言いたいのは、ディオンが生き残る道だった。眩い火ヴァルハラに抗わず、受け入れて生きる道。

 けれど、それは人界ヨルズの夢を砕き続ける。そして、永劫にルシアを苦しめる。
 創生アウズンブラを負わせた美しい女神を。

「他の道……、考えたこともない」

 ディオンは説明を尽くす事をしない。何を話しても相入れることはない。ヴァンスも無駄を悟ったのか、すっと視線が動いた。祠から二人の様子を伺っているルシアに向けられた目。忌々しげな光があった。
 ルシアが恐れたように身動きする。

「元凶の女神。ディオンの庇護にすがり、ただ守られていただけ。何が創生アウズンブラだ……、おまえの弱さが何を招いたか……」

「ヴァンス、やめろ」

「蛇にそそのかされていれば良かったものを……」

 憎悪の火が燃えている。ルシアに向けられた苛烈な意志。

「そうすれば、おまえを人質に、ディオンに違う道を示すことができたーー」

「え?」

 弾かれたようにルシアがこちらを見る。ディオンは視線を受け止めることができず、目を伏せた。
 覆って行く真実。ルシアもじきに気づくだろう。
 彼女の不安が一気に高まっていくのを感じる。

「ーーまさか」

 小さなつぶやきが聞こえる。ルシアがふらりと立ち上がり、こちらへと駆け出した。

「ディオン様?」

 縋るように腕を取られ、ディオンは彼女の眼を見る。美しく澄んだ碧眼。
 どんな顔をすれば良いのかわからず、いつものように笑って見せた。

 覚悟を決め邪悪ガルドルを受け入れた日から、決められていた最後。
 戒めを解くべき時がきたのだ。
 語ることのできなかった真実を、ようやく彼女に教えることができる。

「ルシア。破滅ラグナロクに与えられた宿命は、人界ヨルズの夢を砕く。私は無知で、おまえにもその使命を背負わせることになった。ーー破滅と創生。繰り返すことになる宿命。これから先、おまえにはきっと耐えられない。だから私は、世界を変えたかった」

 ルシアの潤んだ瞳に、邪悪ガルドルに侵された自分が映っている。

「どういうことですか?」

「私は眩い火ヴァルハラに背く。ーー人界ヨルズを、天界トロイ破滅ラグナロクから解放する」

「ーーどう、やって……?」

 ルシアの声が震えている。涙が溢れ出すのを見たくない。そっとルシアの小さな肩を抱き寄せた。

「おまえの力は再び満ちた。だから創生アウズンブラの戒めをとく。人界ヨルズを蘇らせることができる」

「ディオン様?」

「戒めは、私の飼う邪悪ガルドルにも通じている。ーーだから、私はもう自分を保てない」

「え?」

邪悪ガルドルは、おまえが私に与えてくれた絶大な力だ。私はこの力をもって、眩い火かみ殺しになる」

眩い火かみ殺し!? そんな! ディオン様はどうなるのです!?」

 顔をあげようとするルシアにそれを許さず、ディオンは強く彼女の体を抱いたまま、告げる。

「ルシア、この道の先に私はいない」

 約束は守れない。

「ーー許してほしい」

 ディオンは彼女の肩から背中の線をなぞる。
 光が弾けて、美しい翼が再び広がる。白く眩い光景。

ーールシア、私の愛しい女神。

 見届けることが叶わず、ディオンは解き放たれた邪悪ガルドルに呑まれた。
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