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第十章:ディオンの想い、ルシアの願い
47:魔王の丘(オーズ)に降る雨
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「ディオン様!」
魔王の丘へ戻ると、ルシアが満面の笑みで駆け寄ってきた。クルドとアルヴィも一緒で、彼らはノルンの墓標が見える場所で敷布を広げ、食事をしていたようだ。
「ディオン様、あのね、ムギンの卵が孵ったんです。昨日は鳥舎の者でお祝いしました!」
どうやらアルヴィはそれを伝えたくて仕方がなかったのだろう。澄んだ碧眼がいきいきと輝いている。
最果てはディオンが死者の泉に身を隠し、長く不在にしても困窮することがなくなっていた。日々は変わらず安定している。アルヴィも多くを学び、謙虚な姿勢で人々の話を聞いていた。
広く肥沃な大地を取り戻せば、さらに彼らの生活は豊かになっていくだろう。
ディオンには、人々が破滅の前の世界を取り戻す日が思い描ける。
「ムギンの雛か。私も見たいな」
「ムギンもきっとディオン様に見てもらいたいはずですよ!」
屈託のないアルヴィの笑顔は、いつも未来への希望のように輝いている。ディオンの暗い決意をどれほど支えてくれただろう。トールの忘れ形見が、ずっと力をくれた。
泣き父親の容貌を映し取ったかのような、綿毛のような柔らかな金髪に触れる。くしゃりとかき回して笑顔を向けると、アルヴィはくすぐったそうに笑う。
「ディオン様はどちらにおいでだったのですか?」
「死者の泉へ。古き者の知恵を借りに……」
「古き者は物知りなんですよね。僕も一度会ってみたいです」
「そうだな。でも、アルヴィにはまだ無理だろうな」
「どうしてですか?」
「おまえは怖がりだろう?」
途端に怖気付くアルヴィの素直さが、ディオンには愛しく思えた。
「ーーこ、怖いところなんですか?」
「少しな」
何の憂慮もない屈託さを発揮するアルヴィとは裏腹に、ルシアとクルドは少し表情に影を落としている。ディオンがどれほど強靭に演じきっても、二人の不安を取り除くことはできない。
今となれば、その方が良いのかもしれないと思えた。
「ディオン様もご一緒しませんか?」
食事の場へと、ルシアに腕を引かれた。ディオンが踏み出すと、肌に雨の気配を感じた。霧に湿った外気を少しずつ覆い尽くすように光景が様変わりする。ポツポツとあたりの樹々が音を立てた。
「雨!? 魔王の丘に?」
クルドが慌てたように、辺りに広げていた敷布をたたんで抱える。ディオンは彼女から荷物を取り上げると、三人を促して雨宿りの可能な場所まで走った。
外庭に作られた石柱の並ぶ庭園に、屋根を施された小さな祠がある。苔むした風情のある様子だったが、雨よけには充分だった。ディオンはバサリとその場に敷布を広げた。
「ここなら濡れることもないだろう」
雨は凌げるが、ディオンは空を見上げて目を眇める。魔王の丘に雨が降る理由を考えると、おのずと覚悟が必要だった。
古き者の加護をとかれた丘は無防備で、もう何も守らないのだ。
雨は的確にそれを示した。
「魔王の丘に雨が降るのを、初めてみました」
ルシアがディオンに寄り添うように立って、同じように空を眺める。何かを知っているわけでもないのに、彼女の目は不安そうに雨模様を見ていた。
「天界が、おまえを見つけた」
「え?」
「ルシア。私はおまえにもう一度与えなければならない」
美しい碧眼にさらに不安が滲むのを感じる。
「おまえに、創生の最後の試練をーー、許してほしい」
「ディオン様?」
ルシアの声に重なるように、辺りに閃光が走り、怒号が鳴った。ルシアとクルド、アルヴィ、三人の悲鳴が祠の内に反響する。どおんと耐えがたい地響きがとてつもない振動を生んだ。倒れそうになったルシアを支えて、ディオンはもう一度空に目を向ける。
「ーーヴァンス」
答えるように、再び激しい雷鳴があった。もう一時の猶予もないのだと、ディオンに決断の時を知らしめる一撃だった。
魔王の丘へ戻ると、ルシアが満面の笑みで駆け寄ってきた。クルドとアルヴィも一緒で、彼らはノルンの墓標が見える場所で敷布を広げ、食事をしていたようだ。
「ディオン様、あのね、ムギンの卵が孵ったんです。昨日は鳥舎の者でお祝いしました!」
どうやらアルヴィはそれを伝えたくて仕方がなかったのだろう。澄んだ碧眼がいきいきと輝いている。
最果てはディオンが死者の泉に身を隠し、長く不在にしても困窮することがなくなっていた。日々は変わらず安定している。アルヴィも多くを学び、謙虚な姿勢で人々の話を聞いていた。
広く肥沃な大地を取り戻せば、さらに彼らの生活は豊かになっていくだろう。
ディオンには、人々が破滅の前の世界を取り戻す日が思い描ける。
「ムギンの雛か。私も見たいな」
「ムギンもきっとディオン様に見てもらいたいはずですよ!」
屈託のないアルヴィの笑顔は、いつも未来への希望のように輝いている。ディオンの暗い決意をどれほど支えてくれただろう。トールの忘れ形見が、ずっと力をくれた。
泣き父親の容貌を映し取ったかのような、綿毛のような柔らかな金髪に触れる。くしゃりとかき回して笑顔を向けると、アルヴィはくすぐったそうに笑う。
「ディオン様はどちらにおいでだったのですか?」
「死者の泉へ。古き者の知恵を借りに……」
「古き者は物知りなんですよね。僕も一度会ってみたいです」
「そうだな。でも、アルヴィにはまだ無理だろうな」
「どうしてですか?」
「おまえは怖がりだろう?」
途端に怖気付くアルヴィの素直さが、ディオンには愛しく思えた。
「ーーこ、怖いところなんですか?」
「少しな」
何の憂慮もない屈託さを発揮するアルヴィとは裏腹に、ルシアとクルドは少し表情に影を落としている。ディオンがどれほど強靭に演じきっても、二人の不安を取り除くことはできない。
今となれば、その方が良いのかもしれないと思えた。
「ディオン様もご一緒しませんか?」
食事の場へと、ルシアに腕を引かれた。ディオンが踏み出すと、肌に雨の気配を感じた。霧に湿った外気を少しずつ覆い尽くすように光景が様変わりする。ポツポツとあたりの樹々が音を立てた。
「雨!? 魔王の丘に?」
クルドが慌てたように、辺りに広げていた敷布をたたんで抱える。ディオンは彼女から荷物を取り上げると、三人を促して雨宿りの可能な場所まで走った。
外庭に作られた石柱の並ぶ庭園に、屋根を施された小さな祠がある。苔むした風情のある様子だったが、雨よけには充分だった。ディオンはバサリとその場に敷布を広げた。
「ここなら濡れることもないだろう」
雨は凌げるが、ディオンは空を見上げて目を眇める。魔王の丘に雨が降る理由を考えると、おのずと覚悟が必要だった。
古き者の加護をとかれた丘は無防備で、もう何も守らないのだ。
雨は的確にそれを示した。
「魔王の丘に雨が降るのを、初めてみました」
ルシアがディオンに寄り添うように立って、同じように空を眺める。何かを知っているわけでもないのに、彼女の目は不安そうに雨模様を見ていた。
「天界が、おまえを見つけた」
「え?」
「ルシア。私はおまえにもう一度与えなければならない」
美しい碧眼にさらに不安が滲むのを感じる。
「おまえに、創生の最後の試練をーー、許してほしい」
「ディオン様?」
ルシアの声に重なるように、辺りに閃光が走り、怒号が鳴った。ルシアとクルド、アルヴィ、三人の悲鳴が祠の内に反響する。どおんと耐えがたい地響きがとてつもない振動を生んだ。倒れそうになったルシアを支えて、ディオンはもう一度空に目を向ける。
「ーーヴァンス」
答えるように、再び激しい雷鳴があった。もう一時の猶予もないのだと、ディオンに決断の時を知らしめる一撃だった。
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