42 / 58
第九章:魔王となった理由
42:古き者の気まぐれ
しおりを挟む
「私が以前に見た姿とは違うようですが……」
警戒心を解けずにいると、現れた人影は笑う。
「異形の姿がお望みか?」
微笑みながら古き者を名乗る人影が、まるで見せつけるようにすっと手を掲げた。見る間に繊細な指先が毛皮に覆われ隆起し、爪が長く伸びる。
「の、望んでいません」
「だから気を遣ってやったのだ」
可笑しそうに笑いながら、古き者が異形に変化した手を元に戻した。何の悪戯なのかと目を瞠るルシアを、じっと美しい碧眼が見つめている。
「女神の呼びかけに力が伴いはじめた。力も満ちたようだな。もう我が守ることもあるまい」
古き者は微笑みを浮かべながら石像に背を預けて、自身の長い髪を指先で絡め取る。ゆるく癖のある金髪は色が深い。
「おまえはもうあの男を疑ってはいないようだが、ーーなぜ今さら我を呼ぶ?」
ルシアを心の内を言い当て、絡め取った頭髪の一束を指先から解いた。そこに実体があるように、古き者の姿は以前よりも明瞭に映る。ルシアは大きく息をついて心を落ち着けた。
「あなたにお聞きしたいことがあります」
「我にか?」
「ディオン様のことです」
古き者はふっと吐息をついて姿勢を正す。もたれかかっていた石像を見上げて何かを考えているようだ。
「我はあまり語りたくない。しかし、おまえの質問にもよる」
「では、あなたはディオン様をご存知なのですか?」
「ーー答えたくない」
「……ディオン様はあなたのことをご存知のようでしたが」
古き者は美しい容姿のまま、じっとルシアを見つめる。
「おまえが本当に知りたいことは何だ?」
当たり障りのない問いかけは望んでいないと言いたげだった。改めて聞かれると躊躇ってしまうが、ルシアはまっすぐ答えた。
「ディオン様は本当に大丈夫なのでしょうか」
どうやら古き者にはそれで伝わったらしい。美しい顔に面白がるような笑みが浮かぶ。
「答えたくない」
期待とは裏腹に古き者は口を閉ざす。ルシアが何も言えずにいると、彼は緩やかな癖をもつ金髪を閃かせながら周辺を見回し、石で作られた長椅子を指さす。
「しかし、せっかく我を呼んでくれたのだ。面白い話を聞かせてやろう」
「面白い話?」
何のためらいもなくルシアの前を通り過ぎ、彼は見つけた長椅子に腰かける。長い脚を組むと、再び面白そうな笑みを浮かべてルシアを手招きした。
「昔話を聞かせてやる。そして自分で考えてみればいい」
隣に座れるほど心を緩めることはできない。少し歩み寄るだけに留めて、ルシアは古き者の様子を窺う。彼は警戒するルシアに気を悪くする様子もなく語り始めた。
「はるか昔の話だが、一人の男のことを教えてやろう」
「一人の男?」
「適当に思い描くがいい。神に与えられた力で覇者となり、世界を治めた男の話だ」
「それはーー」
一瞬ディオンのことではないかと思えたが、ルシアは深く追求することを避けた。せっかく何かを聞かせてくれるのだ。古き者の気が変わらないように口を閉ざす。
「男には愛する女があった。美しいと名高い双子の妹。心の繋がった姉を慕う優しい女だった」
「!?」
さらに自分達に重なる情報が、古き者の語る男の正体を示している気がする。
「それはディオン様のお話でしょうか」
思わず反応すると古き者は心得ていたとばかりに嗤う。ルシアが怪訝な目を向けても、古き者は動じる様子もない。
「我はさっき答えたくないと言った」
「ですが、それではまるで私達と……」
同じだという言葉をルシアは濁す。古き者は小さく声をあげて笑った。
「心配せずともおまえ達の話ではない」
はっきりとした否定だった。滑稽な想像だと笑う古き者の様子に、ルシアは何も言わず頷いた。
「さて、おまえ達とは異なる双子の姉妹の話だが。それが後々大変な厄災を招く……」
何か思うことでもあるのか、古き者が視線を伏せた。自嘲するような微笑みに変わっている。
「大変な厄災とは?」
ルシアの問いには答えず、古き者はすぐに心の底の読めない微笑を取り戻した。
「男の話を続けようか。ーー男は何の問題もなく世界を治めたが、やがて神は男の住む世界とは異なる、もう一つの世界を作った。そして男の治める世界を天界。もう一つの世界を人界と呼ぶようになる。しかし、長い時を過ごすうちに人界の者は天界を羨み、天界の者は人界を蔑み、終わりのない争いが起きた。そして、ついに神の逆鱗に触れる。世界に鉄槌が下された」
「それは、いつのお話ですか? 天界と人界が争うなんてーー」
ディオンの理想とはかけ離れている。語られる男の正体から面影を見失い、ルシアは戸惑った。
警戒心を解けずにいると、現れた人影は笑う。
「異形の姿がお望みか?」
微笑みながら古き者を名乗る人影が、まるで見せつけるようにすっと手を掲げた。見る間に繊細な指先が毛皮に覆われ隆起し、爪が長く伸びる。
「の、望んでいません」
「だから気を遣ってやったのだ」
可笑しそうに笑いながら、古き者が異形に変化した手を元に戻した。何の悪戯なのかと目を瞠るルシアを、じっと美しい碧眼が見つめている。
「女神の呼びかけに力が伴いはじめた。力も満ちたようだな。もう我が守ることもあるまい」
古き者は微笑みを浮かべながら石像に背を預けて、自身の長い髪を指先で絡め取る。ゆるく癖のある金髪は色が深い。
「おまえはもうあの男を疑ってはいないようだが、ーーなぜ今さら我を呼ぶ?」
ルシアを心の内を言い当て、絡め取った頭髪の一束を指先から解いた。そこに実体があるように、古き者の姿は以前よりも明瞭に映る。ルシアは大きく息をついて心を落ち着けた。
「あなたにお聞きしたいことがあります」
「我にか?」
「ディオン様のことです」
古き者はふっと吐息をついて姿勢を正す。もたれかかっていた石像を見上げて何かを考えているようだ。
「我はあまり語りたくない。しかし、おまえの質問にもよる」
「では、あなたはディオン様をご存知なのですか?」
「ーー答えたくない」
「……ディオン様はあなたのことをご存知のようでしたが」
古き者は美しい容姿のまま、じっとルシアを見つめる。
「おまえが本当に知りたいことは何だ?」
当たり障りのない問いかけは望んでいないと言いたげだった。改めて聞かれると躊躇ってしまうが、ルシアはまっすぐ答えた。
「ディオン様は本当に大丈夫なのでしょうか」
どうやら古き者にはそれで伝わったらしい。美しい顔に面白がるような笑みが浮かぶ。
「答えたくない」
期待とは裏腹に古き者は口を閉ざす。ルシアが何も言えずにいると、彼は緩やかな癖をもつ金髪を閃かせながら周辺を見回し、石で作られた長椅子を指さす。
「しかし、せっかく我を呼んでくれたのだ。面白い話を聞かせてやろう」
「面白い話?」
何のためらいもなくルシアの前を通り過ぎ、彼は見つけた長椅子に腰かける。長い脚を組むと、再び面白そうな笑みを浮かべてルシアを手招きした。
「昔話を聞かせてやる。そして自分で考えてみればいい」
隣に座れるほど心を緩めることはできない。少し歩み寄るだけに留めて、ルシアは古き者の様子を窺う。彼は警戒するルシアに気を悪くする様子もなく語り始めた。
「はるか昔の話だが、一人の男のことを教えてやろう」
「一人の男?」
「適当に思い描くがいい。神に与えられた力で覇者となり、世界を治めた男の話だ」
「それはーー」
一瞬ディオンのことではないかと思えたが、ルシアは深く追求することを避けた。せっかく何かを聞かせてくれるのだ。古き者の気が変わらないように口を閉ざす。
「男には愛する女があった。美しいと名高い双子の妹。心の繋がった姉を慕う優しい女だった」
「!?」
さらに自分達に重なる情報が、古き者の語る男の正体を示している気がする。
「それはディオン様のお話でしょうか」
思わず反応すると古き者は心得ていたとばかりに嗤う。ルシアが怪訝な目を向けても、古き者は動じる様子もない。
「我はさっき答えたくないと言った」
「ですが、それではまるで私達と……」
同じだという言葉をルシアは濁す。古き者は小さく声をあげて笑った。
「心配せずともおまえ達の話ではない」
はっきりとした否定だった。滑稽な想像だと笑う古き者の様子に、ルシアは何も言わず頷いた。
「さて、おまえ達とは異なる双子の姉妹の話だが。それが後々大変な厄災を招く……」
何か思うことでもあるのか、古き者が視線を伏せた。自嘲するような微笑みに変わっている。
「大変な厄災とは?」
ルシアの問いには答えず、古き者はすぐに心の底の読めない微笑を取り戻した。
「男の話を続けようか。ーー男は何の問題もなく世界を治めたが、やがて神は男の住む世界とは異なる、もう一つの世界を作った。そして男の治める世界を天界。もう一つの世界を人界と呼ぶようになる。しかし、長い時を過ごすうちに人界の者は天界を羨み、天界の者は人界を蔑み、終わりのない争いが起きた。そして、ついに神の逆鱗に触れる。世界に鉄槌が下された」
「それは、いつのお話ですか? 天界と人界が争うなんてーー」
ディオンの理想とはかけ離れている。語られる男の正体から面影を見失い、ルシアは戸惑った。
0
お気に入りに追加
194
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係
ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
【完結】魔王様、溺愛しすぎです!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
「パパと結婚する!」
8万年近い長きにわたり、最強の名を冠する魔王。勇者を退け続ける彼の居城である『魔王城』の城門に、人族と思われる赤子が捨てられた。その子を拾った魔王は自ら育てると言い出し!? しかも溺愛しすぎて、周囲が大混乱!
拾われた子は幼女となり、やがて育て親を喜ばせる最強の一言を放った。魔王は素直にその言葉を受け止め、嫁にすると宣言する。
シリアスなようでコメディな軽いドタバタ喜劇(?)です。
【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう
【表紙イラスト】しょうが様(https://www.pixiv.net/users/291264)
挿絵★あり
【完結】2021/12/02
※2022/08/16 第3回HJ小説大賞前期「小説家になろう」部門 一次審査通過
※2021/12/16 第1回 一二三書房WEB小説大賞、一次審査通過
※2021/12/03 「小説家になろう」ハイファンタジー日間94位
※2021/08/16、「HJ小説大賞2021前期『小説家になろう』部門」一次選考通過作品
※2020年8月「エブリスタ」ファンタジーカテゴリー1位(8/20〜24)
※2019年11月「ツギクル」第4回ツギクル大賞、最終選考作品
※2019年10月「ノベルアップ+」第1回小説大賞、一次選考通過作品
※2019年9月「マグネット」ヤンデレ特集掲載作品
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

捨てられたループ令嬢のハッピーエンド
高福あさひ
恋愛
死ぬと過去に逆行を繰り返すフェリシア・ベレスフォード公爵令嬢は、もう数えきれないほどに逆行していた。そして彼女は必ず逃れられない運命に絶望し、精神も摩耗しきっていたが、それでもその運命から逃れるために諦めてはいなかった。今回も同じ運命になるだろうと、思っていたらどの人生でも一度もなかった現象が起こって……?※他サイト様にも公開しています。不定期更新です。
※旧題【逆行し続けた死にたがり悪役令嬢の誰にも見えない友人】から改題しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる