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第一章:王妃レイアの記憶
4:噛み合わない会話
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びくりと目覚めると、見慣れた調度が視界に入った。レイアはひどい悪夢を見ていたのだと考えたが、それはすぐに覆された。
「ルシア様」
聞いたことのない少女の声がする。レイアは勢いよく身を起こして、寝台に寄り添う者を見た。見慣れた魔王の宮殿の塔内。ノルンの気配はなく、知らない少女が控えている。誰かに似ている気がしたが、思い出せない。
「ノルンはどこに? あなたは誰なのですか?」
「わたしをお忘れですか? ルシア様」
「……私はあなたを知りません」
知っていたのかもしれないが、今はわからない。少女は澄んだ碧眼でじっとレイアを見つめる。
「ーーわたしはクルドと申します。本日からルシア様のお世話をすることになりました。至らぬことがあるかもしれませんが、何なりとお申し付けください」
自分より少し年下にみえる少女が平伏す。レイアの胸に、じわりとノルンがいない理由が蘇る。悪夢であれば良かったが、あの凄惨な出来事は現実なのだ。
魔界の王。
予想と違わぬ非道な行い。何のためらいもなくノルンを切り捨てた。恐れと絶望で血の気が引く。何も失うものなどないと考えていた自分が、傲慢だったのだろう。
ノルンと過ごした日々があまりに平穏で、自分の立場を見誤っていたのだ。
囚われの身であること。
自分は魔王に隷属することしか許されない。
浅はかに逃亡を試み、天界を目指したせいでノルンを失ってしまった。自分のせいだと、レイアは唇を噛む。
すぐに視界が滲み始め、手で顔を覆って声を殺した。
「ルシア様、どこかお苦しいのですか」
ひたすら声を殺して泣いていると、クルドが何度も「ルシア様」と労わるように声をかける。レイアは涙に濡れた顔のまま、クルドを見た。
「私はレイアです。あなたは、いったい私を誰と間違えているのですか?」
気を失う間際、あの恐ろしい黒衣の男ーー魔王もその名を語っていたのではないか。
ルシア、と。
レイアは涙を拭って、クルドに強い視線を向けた。
「私はレイア。レイア=ニブルヘム、人界の民です。ルシアとはいったい誰なのです?」
クルドが明らかに戸惑った顔をする。レイアはこみ上げた疑問を全てぶつけた。
「それに、あなたは魔族ではなさそうです。あなたも私と同じ人界の者ではないの?」
クルドが何かを悟ったのか、こくりと息をのむのがわかった。すぐに彼女のあどけない瞳にみるみる涙が溢れだす。
「クルド?」
突然泣き出した彼女を見て、レイアは慌てる。何か途轍もなくひどいことを言ってしまったのだろうか。狼狽えるレイアの気配が伝わったのか、クルドがすぐに涙を拭って顔を上げた。
何かを吹っ切ったように、明るい笑顔をレイアに向ける。
「ルシア様はお優しいから、そのように母の想いを受け止めて下さったのですね」
「え?」
レイアには何を言われているのか分からない。言葉もなくクルドを見つめていると、彼女は考えこむように顎に細い指をあてて何かを思案し始めた。
「私はルシア様のお気持ちは嬉しいです。でも、これは相当にやっかいなことになってしまいました」
「あの、クルド、とにかく私はルシアという者ではないのです」
レイアが話を元に戻すと、クルドはきっぱりと答えた。
「いいえ。あなたはルシア様です。レイアは私の母でした」
「え?」
たしかにクルドが誰かに似ていると感じたが、それでも突然打ち明けられた事実は、レイアにとって作り話でしかない。
「突然、何を言い出すのです? あなたが私の娘?」
「違います。あなたはルシア様。そして、わたしはレイアの娘です。ーールシア様。とにかくいまあなたがご存知のことを、私にお話しくださいませんか?」
「私の知っていることを?」
「はい。これまでの経緯や、ノルンのことを」
「ーーわかりました」
まるで悪い夢をみているような気持ちになっていたが、このままでは一向に話が進まない。レイアはクルドの問いに荅えることにした。
「ルシア様」
聞いたことのない少女の声がする。レイアは勢いよく身を起こして、寝台に寄り添う者を見た。見慣れた魔王の宮殿の塔内。ノルンの気配はなく、知らない少女が控えている。誰かに似ている気がしたが、思い出せない。
「ノルンはどこに? あなたは誰なのですか?」
「わたしをお忘れですか? ルシア様」
「……私はあなたを知りません」
知っていたのかもしれないが、今はわからない。少女は澄んだ碧眼でじっとレイアを見つめる。
「ーーわたしはクルドと申します。本日からルシア様のお世話をすることになりました。至らぬことがあるかもしれませんが、何なりとお申し付けください」
自分より少し年下にみえる少女が平伏す。レイアの胸に、じわりとノルンがいない理由が蘇る。悪夢であれば良かったが、あの凄惨な出来事は現実なのだ。
魔界の王。
予想と違わぬ非道な行い。何のためらいもなくノルンを切り捨てた。恐れと絶望で血の気が引く。何も失うものなどないと考えていた自分が、傲慢だったのだろう。
ノルンと過ごした日々があまりに平穏で、自分の立場を見誤っていたのだ。
囚われの身であること。
自分は魔王に隷属することしか許されない。
浅はかに逃亡を試み、天界を目指したせいでノルンを失ってしまった。自分のせいだと、レイアは唇を噛む。
すぐに視界が滲み始め、手で顔を覆って声を殺した。
「ルシア様、どこかお苦しいのですか」
ひたすら声を殺して泣いていると、クルドが何度も「ルシア様」と労わるように声をかける。レイアは涙に濡れた顔のまま、クルドを見た。
「私はレイアです。あなたは、いったい私を誰と間違えているのですか?」
気を失う間際、あの恐ろしい黒衣の男ーー魔王もその名を語っていたのではないか。
ルシア、と。
レイアは涙を拭って、クルドに強い視線を向けた。
「私はレイア。レイア=ニブルヘム、人界の民です。ルシアとはいったい誰なのです?」
クルドが明らかに戸惑った顔をする。レイアはこみ上げた疑問を全てぶつけた。
「それに、あなたは魔族ではなさそうです。あなたも私と同じ人界の者ではないの?」
クルドが何かを悟ったのか、こくりと息をのむのがわかった。すぐに彼女のあどけない瞳にみるみる涙が溢れだす。
「クルド?」
突然泣き出した彼女を見て、レイアは慌てる。何か途轍もなくひどいことを言ってしまったのだろうか。狼狽えるレイアの気配が伝わったのか、クルドがすぐに涙を拭って顔を上げた。
何かを吹っ切ったように、明るい笑顔をレイアに向ける。
「ルシア様はお優しいから、そのように母の想いを受け止めて下さったのですね」
「え?」
レイアには何を言われているのか分からない。言葉もなくクルドを見つめていると、彼女は考えこむように顎に細い指をあてて何かを思案し始めた。
「私はルシア様のお気持ちは嬉しいです。でも、これは相当にやっかいなことになってしまいました」
「あの、クルド、とにかく私はルシアという者ではないのです」
レイアが話を元に戻すと、クルドはきっぱりと答えた。
「いいえ。あなたはルシア様です。レイアは私の母でした」
「え?」
たしかにクルドが誰かに似ていると感じたが、それでも突然打ち明けられた事実は、レイアにとって作り話でしかない。
「突然、何を言い出すのです? あなたが私の娘?」
「違います。あなたはルシア様。そして、わたしはレイアの娘です。ーールシア様。とにかくいまあなたがご存知のことを、私にお話しくださいませんか?」
「私の知っていることを?」
「はい。これまでの経緯や、ノルンのことを」
「ーーわかりました」
まるで悪い夢をみているような気持ちになっていたが、このままでは一向に話が進まない。レイアはクルドの問いに荅えることにした。
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