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おまけ短編
3:聖なる夜に、永遠の約束 3
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聞いてしまえば、いらない想像をすることもなくなるのに。
ミアの心が生み出す、幻の令嬢。不安な気持ちに寄り添うように、胸の内に住み着いている。
シルファの隣に立っても、見劣りのしない美しい女性。優雅な立ち居振る舞い。優美な所作。家柄も立場も申し分がない相手。ミアが持っていない全てを、その幻は持っている。
(気持ちがスッキリしない!)
投げやりな気持ちになりながら、ミアは物思いに終止符を打つ覚悟を決める。
ついに最終手段に出ることにした。
(よし! もう、セラフィに聞いちゃおう)
彼女は主人であるシルファには、絶対に隠し事をしない。そのため、ミアの相談事も筒抜けになってしまうが、祝典は明日なのだ。いずれシルファに今夜のことがばれても仕方ないと諦めた。
早速セラフィを呼びつけて、話を聞いてみる。
「シルファ様が祝典に同伴する相手ですか? シルファ様から聞いていないんですか?」
「え?――うん」
セラフィはきょとんとしていたが、すぐにミアの憂慮に気づいた。ふふっと含みのある笑みを浮かべる。
「あれ? もしかして妬きもちですか? 気になります?」
「気になるから聞いてるの!」
開き直って訴えると、セラフィは満足そうにニンマリと笑う。
「大丈夫ですよ。ミアは聖なる光なんですから。シルファ様が心変わりすることなんてありませんよ! だから、ミアに面倒が降りかからないように、今回の祝典で正妻を持つと発表する事にしたみたいですし」
「え? 正妻?」
「まぁ、毎回のことですよ。なんせ永い時を生きておられるので、程よいところで折り合いをつけておかないと、派閥とか権力争いを含んだ縁談に巻き込まれたりしちゃいます。面倒ごとを避けて、身を守るための建前みたいなものですね。その辺りも毎回ぬかりなく整えてあるので」
「建前って。……でも、そんな都合の良い相手がいるの?」
「もちろんですよ。えーと、今回はたしかブリール伯の長女だったかな。セレネです。大丈夫ですよ、ミアとシルファ様の邪魔にはなりません」
「ちょっと待って! 相手がいるの? いつから? それって婚約者? 建前で結婚って、何それ!? 建前って言っても、正妻ならシルファと一緒に住むんでしょ?」
「そうですね」
セラフィは飄々としたものだった。ミアはあまりの衝撃に眩暈がする。
気持ちを立て直すまもなく、セラフィが追い打ちをかける。
「これでミアは公に愛人として認められます」
「はぁ!?」
「良いとこどりってやつですよ」
「はぁ!? 嘘でしょ?」
「本当です」
ミアはじっとセラフィの澄んだ湖底のような碧眼を見つめる。
冗談かと思ったが、どうやらそうではなさそうだった。
ぐらりと足元が揺れた気がした。シルファが自分に説明しようとしていたのも、この事だったのだ。
正妻と愛人。
ミアには到底受け入れられそうもない。マスティアにはマスティアの風習や慣例がある。シルファにも彼なりの考えがあるのだろう。おそらく永い時を生き抜いてきた処世術も働いている。
でも、ミアにはいきなり理解することなどできない。
建前とは言え、正妻には意味がある。通すべき筋もできる。
自分が未熟なのは認めるが、心が追いつかない。
彼の一番は自分ではないと、公然と発表される気がした。
見つめていたセラフィの顔が、にじんでぼやける。
「ミ、ミア!?」
「う……」
奥歯を噛みしめてこらえても、ぼろぼろと涙が溢れた。悔しくて、悲しい。自分はこの先マスティアでうまく生きていけるのだろうか。
シルファへの気持ちが変わることはない。
彼の気持ちを疑うことも知らない。
「ミア、いったいどうしたんです?」
「……なんでもない」
「何でもないって、あるでしょ!?」
セラフィの戸惑った声が、自分の嗚咽に呑まれる。
勢いで選んだ道が、限りなく不安定で覚束ないものだと思い知った瞬間だった。
不安でたまらない。
涙が止まらない。
でも。
シルファと共に生きるとは、そういう事なのだ。
自分の覚悟が足りていなかった。元世界とは異なる価値観。
誰も責められない。誰も悪くない。自分の考えが甘かっただけなのだ。
ミアの心が生み出す、幻の令嬢。不安な気持ちに寄り添うように、胸の内に住み着いている。
シルファの隣に立っても、見劣りのしない美しい女性。優雅な立ち居振る舞い。優美な所作。家柄も立場も申し分がない相手。ミアが持っていない全てを、その幻は持っている。
(気持ちがスッキリしない!)
投げやりな気持ちになりながら、ミアは物思いに終止符を打つ覚悟を決める。
ついに最終手段に出ることにした。
(よし! もう、セラフィに聞いちゃおう)
彼女は主人であるシルファには、絶対に隠し事をしない。そのため、ミアの相談事も筒抜けになってしまうが、祝典は明日なのだ。いずれシルファに今夜のことがばれても仕方ないと諦めた。
早速セラフィを呼びつけて、話を聞いてみる。
「シルファ様が祝典に同伴する相手ですか? シルファ様から聞いていないんですか?」
「え?――うん」
セラフィはきょとんとしていたが、すぐにミアの憂慮に気づいた。ふふっと含みのある笑みを浮かべる。
「あれ? もしかして妬きもちですか? 気になります?」
「気になるから聞いてるの!」
開き直って訴えると、セラフィは満足そうにニンマリと笑う。
「大丈夫ですよ。ミアは聖なる光なんですから。シルファ様が心変わりすることなんてありませんよ! だから、ミアに面倒が降りかからないように、今回の祝典で正妻を持つと発表する事にしたみたいですし」
「え? 正妻?」
「まぁ、毎回のことですよ。なんせ永い時を生きておられるので、程よいところで折り合いをつけておかないと、派閥とか権力争いを含んだ縁談に巻き込まれたりしちゃいます。面倒ごとを避けて、身を守るための建前みたいなものですね。その辺りも毎回ぬかりなく整えてあるので」
「建前って。……でも、そんな都合の良い相手がいるの?」
「もちろんですよ。えーと、今回はたしかブリール伯の長女だったかな。セレネです。大丈夫ですよ、ミアとシルファ様の邪魔にはなりません」
「ちょっと待って! 相手がいるの? いつから? それって婚約者? 建前で結婚って、何それ!? 建前って言っても、正妻ならシルファと一緒に住むんでしょ?」
「そうですね」
セラフィは飄々としたものだった。ミアはあまりの衝撃に眩暈がする。
気持ちを立て直すまもなく、セラフィが追い打ちをかける。
「これでミアは公に愛人として認められます」
「はぁ!?」
「良いとこどりってやつですよ」
「はぁ!? 嘘でしょ?」
「本当です」
ミアはじっとセラフィの澄んだ湖底のような碧眼を見つめる。
冗談かと思ったが、どうやらそうではなさそうだった。
ぐらりと足元が揺れた気がした。シルファが自分に説明しようとしていたのも、この事だったのだ。
正妻と愛人。
ミアには到底受け入れられそうもない。マスティアにはマスティアの風習や慣例がある。シルファにも彼なりの考えがあるのだろう。おそらく永い時を生き抜いてきた処世術も働いている。
でも、ミアにはいきなり理解することなどできない。
建前とは言え、正妻には意味がある。通すべき筋もできる。
自分が未熟なのは認めるが、心が追いつかない。
彼の一番は自分ではないと、公然と発表される気がした。
見つめていたセラフィの顔が、にじんでぼやける。
「ミ、ミア!?」
「う……」
奥歯を噛みしめてこらえても、ぼろぼろと涙が溢れた。悔しくて、悲しい。自分はこの先マスティアでうまく生きていけるのだろうか。
シルファへの気持ちが変わることはない。
彼の気持ちを疑うことも知らない。
「ミア、いったいどうしたんです?」
「……なんでもない」
「何でもないって、あるでしょ!?」
セラフィの戸惑った声が、自分の嗚咽に呑まれる。
勢いで選んだ道が、限りなく不安定で覚束ないものだと思い知った瞬間だった。
不安でたまらない。
涙が止まらない。
でも。
シルファと共に生きるとは、そういう事なのだ。
自分の覚悟が足りていなかった。元世界とは異なる価値観。
誰も責められない。誰も悪くない。自分の考えが甘かっただけなのだ。
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