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おまけSS
1:セラフィの作戦
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(……遅いな)
主であるシルファが部屋から出て来ない。ミアの傍にいる時間がいつもより長かった。多忙極まりない主の予定を考えて、セラフィは時間を気にしながら、離れの広い通路をうろうろしてしまう。
(無理もないか。本当はずっと傍にいたいはずだし)
聖女の放った聖なる光が、主を救ってくれた。絶望と破滅のあとの、奇跡の再生。王の親衛である影の一族として、その喜びは筆舌に尽くしがたいが、引き換えにミアが犠牲になった。
セラフィはミアの放った聖なる光の輝きを一部始終見ていた。
感じたことも、見たこともない、ただ温かく美しい光が、生きているように脈打っていた。
ミアのシルファへの想いはあんなにも美しい形をしているのかと、視界が滲むほどだった。
夢のような情景。思わず魅入っていた。
けれど、その光がシルファの胸に施されると、後に残されたのは悲惨な光景だった。
シルファに折り重なる様に倒れているミアの身体から、夥しい血が流れて辺りを血だまりに染めていく。セラフィが悲鳴をあげると、倒れていたシルファが目覚めた。
主は一目で何が起きたのか理解したのだろう。瀕死のミアを強く抱きしめて、すぐに膨大な魔力を行使した。ミアは何とか一命を取り留めたが、目覚めないまま日々だけが過ぎていく。
シルファは事件の事後処理に動きながら、時間が許すだけ、毎日眠り続けるミアを訪れている。
セラフィはもう一度時間をたしかめた。
(ミアの身に、何か良くないことが起きたとか?)
少し不安になった時、室内から「セラフィ」と呼ぶ声がする。セラフィはぎくりと身震いしてしまう。自分の嫌な予感が当たってしまったのだろうか。
「シルファ様! どうしたんですか? ミアに何か?」
慌てて室内へ駆け込んで、セラフィは目を瞠る。
ミアが寝台で上体を起こして、こちらを見ていた。どこか恥ずかしそうに肩をすくめて、頬を染めている。
「ミア!」
セラフィは喜びに体が震えた。すぐに傍まで駆け付けてミアを抱きしめる。温かい身体と少し戸惑った気配。飛びついた自分を抱きとめてくれる腕に、しっかりと力がこもっている。
「良かったです! 良かった!」
じんと涙がこみ上げてしまう。
「セラフィ、心配かけてごめんね、ありがとう」
久しぶりに聞く、高く澄んだミアの声。セラフィはぐりぐりと頬ずりをして、ひとしきり喜びを噛み締めた後、ようやくミアから離れた。
「セラフィ」
シルファがどこか可笑しそうに笑っている。
「私はもう行くが、ミアに食事を用意してやってほしい。久しぶりだから、それなりのもので」
「わかりました」
セラフィが答える横で、ミアの顔がさらに赤くなった。シルファは可笑しそうに笑いながら「また後で様子を見に来る」といって、部屋を出ていった。
セラフィは部下に命じて、すぐに食事の支度を整えた。ミアは依然として少し顔が赤い。聖なる光を放ったことによって、身体に色々な変化があったのだろうか。発熱しているのかもしれない。
セラフィが寝台で食事ができるように整えると、ミアがガンっと小さな卓に頭を打ち付ける。
「え? ミア? どうしたんですか?」
「さいあく……」
ミアが怨念のこもった上目遣いでこちらを見て、瞳を潤ませている。セラフィは既視感を覚える。暗示にかかってシルファを襲ってしまったと錯乱していた時と同じだった。
「シルファも、きっと呆れてる」
「ミアが目覚めてそれは――」
ないと言いかけて、セラフィはふとミアの首筋で視線を止めた。小さな痣が出来ているように見えたのだ。
(もしかして!?)
セラフィはがばりとミアの着ているものの襟元を開いた。
「ちょっと! セラフィ!?」
戸惑うミアに構わず、じっくりとミアの白い肌を観察する。首筋だけでなく、胸元にも小さな花のような赤い痣が点々と咲いている。
「これ! キスマークですよね?」
「え? わ!」
「ついに? ついにシルファ様と繋がりました? そんなことされて、何もない筈ないですよね」
「こ、これは、その――」
ミアはささっと襟元を掻き合わせて、すぐに肌に咲いた印を隠す。
「いまさら恥ずかしがることもないですって!」
セラフィは嬉しくなる。個人的には盛大にお祝いでもしたい位の気持ちだが、シルファに怒られそうなので「良かったです」と気持ちを伝えるだけに留めておくことにした。
「ち、違うの!」
「え?」
この期に及んでそれはないだろうと、セラフィは「またまた~」とミアの肩を叩いた。
「そんなに恥ずかしがらなくても」
「たしかに、気持ちはつながったと思うけど……、でも」
ミアはがばりとセラフィに抱き着いて悶絶する。
「わたし、またやらかしちゃったよ」
どうやら良い雰囲気に盛り上がったところで、ミアのお腹が盛大に空腹を訴えたようだった。
「ただでさえ、色気が足りないって言われ続けているのに! 最低! 最悪!」
「はぁ、それはまた、――何とも可愛らしいエピソードですね」
「どこが? 全然可愛くない!」
「可愛いですよ。それに、シルファ様もそれで我に返ったんじゃないですか?」
「え?」
「あの方は毎日予定がびっしり詰まってますし。もちろん今日も。それに、目覚めたばかりのミアに無理をさせるのもどうかと考えたんじゃないですかね?」
「予定が――、そうなの?」
「はい」
ミアは「そっか」と少しだけ落ち着きを取り戻した様だった。セラフィは聖なる光の美しさを思い出しながら、ミアにゆっくりと頭を下げた。
「ミア、シルファ様を救ってくれて、ありがとうございました」
「何? 急に改まって、どうしちゃったの?」
ミアは目を丸くして、こちらを見ている。
「ミアがシルファ様を選んでくれたから」
「でも、実はあの時は何かを選んだとか、覚悟するとか、そんなことは考えてなくて……、聖なる光が成功したのも、ただ運が良かっただけの様な気がするんだけど」
「運だけでどうにかなるものじゃないですよ。ミアの聖なる光はとても綺麗でした。それに何より、シルファ様がこの世界から立ち去ろうとしてた決意を覆したんですから、本当に影の一族としては感謝と尊敬しかないです」
「そんな大袈裟な」
「全然、大袈裟じゃありませんよ」
終焉へと向かう闇だけを見つめていたシルファに、ミアは光を見せたのだ。
シルファは主として、もう充分に崇高な一族としての矜持や責任を果たしている。彼自身が人のために作り変えたマスティアで、これからはミアと楽しく過ごしてみれば良いと思うのだ。
これ以上人々が歩む途に、崇高な一族が責任を追う必要はない。
もし人が破滅するのなら、それは人が犯した成り行きの結果である。
「ミアはやっぱり聖なる光でした」
セラフィは自然と笑顔になってしまう自分を感じながら、ミアの首筋に咲いた小さな花をツンとつついた。
「でも、シルファ様がキスマークを残すなんて、はじめて見ました! シルファ様でもそういうことするんですね」
「うぐ……」
ミアは耳まで真っ赤になってしまった。セラフィはまた余計なことを言いすぎたかと思ったが、全てが喜ぶべきことだ。何かを配慮することもない。
「とにかく! ミアはゆっくりとこれ食べてください」
「あ、うん。ありがとう」
ミアが用意された食事に手を伸ばした。匙でスープを口に含む。
「わ!」
「え? どうしたんですか?」
「味がする!」
「ええ?」
ミアはもう一度スープを口に含んだ。
「美味しい! すごく美味しい! 味がする!」
「本当ですか?」
二人で手を取り合って喜んでしまう。ミアは美味しいといって、ずっと何も食べていなかったにも関らず、念のために用意していた料理にまで手を伸ばした。
「そんなに食べて、大丈夫ですか?」
「うん。平気みたい。 とにかく全部美味しい!」
「体の具合はどうですか? 何かおかしかったりしませんか?」
聖なる光を果たし、シルファの心臓を受け入れた彼女は、聖女から崇高な一族に生まれ変わったようなものである。
セラフィが気遣うが、ミアはもぐもぐと料理を頬張ったまま、首を傾けた。何かが変わったという実感がないようだった。
「なんか、味覚以外は、ほんとに今まで通りでびっくりしてる」
「だったら良いんですけど。何かあったら、すぐ言ってくださいね」
「うん。ありがとう」
もりもりと食事をするミアを見て、セラフィは元気だなと可笑しくなった。さっきまで目覚めなかったとは、到底思えない。シルファが気遣う必要もなさそうである。
「そんなに元気だったら、今夜が楽しみですね!」
セラフィの声に、ミアがぶほっと食べているものを吹いた。
「あとで入浴のお手伝いしますからね。せっかくだから、夜に着るものも一緒に選びましょう! もうシルファ様に色気がないなんて言わせません! 私が最高に色っぽく仕上げてみせますよ!」
「――それは、ありがたいような、ありがたくないような……」
セラフィは戸惑っているミアに、ふふふと不敵に笑ってみせた。
その後セラフィの施したお色気作戦は見事に功を奏した――ようだった。
ミアは甘く素敵な夜ではなく、なぜか筆舌に尽くしがたい恥ずかしい夜を、シルファと過ごすことになった――らしい。
セラフィの作戦 おしまい
主であるシルファが部屋から出て来ない。ミアの傍にいる時間がいつもより長かった。多忙極まりない主の予定を考えて、セラフィは時間を気にしながら、離れの広い通路をうろうろしてしまう。
(無理もないか。本当はずっと傍にいたいはずだし)
聖女の放った聖なる光が、主を救ってくれた。絶望と破滅のあとの、奇跡の再生。王の親衛である影の一族として、その喜びは筆舌に尽くしがたいが、引き換えにミアが犠牲になった。
セラフィはミアの放った聖なる光の輝きを一部始終見ていた。
感じたことも、見たこともない、ただ温かく美しい光が、生きているように脈打っていた。
ミアのシルファへの想いはあんなにも美しい形をしているのかと、視界が滲むほどだった。
夢のような情景。思わず魅入っていた。
けれど、その光がシルファの胸に施されると、後に残されたのは悲惨な光景だった。
シルファに折り重なる様に倒れているミアの身体から、夥しい血が流れて辺りを血だまりに染めていく。セラフィが悲鳴をあげると、倒れていたシルファが目覚めた。
主は一目で何が起きたのか理解したのだろう。瀕死のミアを強く抱きしめて、すぐに膨大な魔力を行使した。ミアは何とか一命を取り留めたが、目覚めないまま日々だけが過ぎていく。
シルファは事件の事後処理に動きながら、時間が許すだけ、毎日眠り続けるミアを訪れている。
セラフィはもう一度時間をたしかめた。
(ミアの身に、何か良くないことが起きたとか?)
少し不安になった時、室内から「セラフィ」と呼ぶ声がする。セラフィはぎくりと身震いしてしまう。自分の嫌な予感が当たってしまったのだろうか。
「シルファ様! どうしたんですか? ミアに何か?」
慌てて室内へ駆け込んで、セラフィは目を瞠る。
ミアが寝台で上体を起こして、こちらを見ていた。どこか恥ずかしそうに肩をすくめて、頬を染めている。
「ミア!」
セラフィは喜びに体が震えた。すぐに傍まで駆け付けてミアを抱きしめる。温かい身体と少し戸惑った気配。飛びついた自分を抱きとめてくれる腕に、しっかりと力がこもっている。
「良かったです! 良かった!」
じんと涙がこみ上げてしまう。
「セラフィ、心配かけてごめんね、ありがとう」
久しぶりに聞く、高く澄んだミアの声。セラフィはぐりぐりと頬ずりをして、ひとしきり喜びを噛み締めた後、ようやくミアから離れた。
「セラフィ」
シルファがどこか可笑しそうに笑っている。
「私はもう行くが、ミアに食事を用意してやってほしい。久しぶりだから、それなりのもので」
「わかりました」
セラフィが答える横で、ミアの顔がさらに赤くなった。シルファは可笑しそうに笑いながら「また後で様子を見に来る」といって、部屋を出ていった。
セラフィは部下に命じて、すぐに食事の支度を整えた。ミアは依然として少し顔が赤い。聖なる光を放ったことによって、身体に色々な変化があったのだろうか。発熱しているのかもしれない。
セラフィが寝台で食事ができるように整えると、ミアがガンっと小さな卓に頭を打ち付ける。
「え? ミア? どうしたんですか?」
「さいあく……」
ミアが怨念のこもった上目遣いでこちらを見て、瞳を潤ませている。セラフィは既視感を覚える。暗示にかかってシルファを襲ってしまったと錯乱していた時と同じだった。
「シルファも、きっと呆れてる」
「ミアが目覚めてそれは――」
ないと言いかけて、セラフィはふとミアの首筋で視線を止めた。小さな痣が出来ているように見えたのだ。
(もしかして!?)
セラフィはがばりとミアの着ているものの襟元を開いた。
「ちょっと! セラフィ!?」
戸惑うミアに構わず、じっくりとミアの白い肌を観察する。首筋だけでなく、胸元にも小さな花のような赤い痣が点々と咲いている。
「これ! キスマークですよね?」
「え? わ!」
「ついに? ついにシルファ様と繋がりました? そんなことされて、何もない筈ないですよね」
「こ、これは、その――」
ミアはささっと襟元を掻き合わせて、すぐに肌に咲いた印を隠す。
「いまさら恥ずかしがることもないですって!」
セラフィは嬉しくなる。個人的には盛大にお祝いでもしたい位の気持ちだが、シルファに怒られそうなので「良かったです」と気持ちを伝えるだけに留めておくことにした。
「ち、違うの!」
「え?」
この期に及んでそれはないだろうと、セラフィは「またまた~」とミアの肩を叩いた。
「そんなに恥ずかしがらなくても」
「たしかに、気持ちはつながったと思うけど……、でも」
ミアはがばりとセラフィに抱き着いて悶絶する。
「わたし、またやらかしちゃったよ」
どうやら良い雰囲気に盛り上がったところで、ミアのお腹が盛大に空腹を訴えたようだった。
「ただでさえ、色気が足りないって言われ続けているのに! 最低! 最悪!」
「はぁ、それはまた、――何とも可愛らしいエピソードですね」
「どこが? 全然可愛くない!」
「可愛いですよ。それに、シルファ様もそれで我に返ったんじゃないですか?」
「え?」
「あの方は毎日予定がびっしり詰まってますし。もちろん今日も。それに、目覚めたばかりのミアに無理をさせるのもどうかと考えたんじゃないですかね?」
「予定が――、そうなの?」
「はい」
ミアは「そっか」と少しだけ落ち着きを取り戻した様だった。セラフィは聖なる光の美しさを思い出しながら、ミアにゆっくりと頭を下げた。
「ミア、シルファ様を救ってくれて、ありがとうございました」
「何? 急に改まって、どうしちゃったの?」
ミアは目を丸くして、こちらを見ている。
「ミアがシルファ様を選んでくれたから」
「でも、実はあの時は何かを選んだとか、覚悟するとか、そんなことは考えてなくて……、聖なる光が成功したのも、ただ運が良かっただけの様な気がするんだけど」
「運だけでどうにかなるものじゃないですよ。ミアの聖なる光はとても綺麗でした。それに何より、シルファ様がこの世界から立ち去ろうとしてた決意を覆したんですから、本当に影の一族としては感謝と尊敬しかないです」
「そんな大袈裟な」
「全然、大袈裟じゃありませんよ」
終焉へと向かう闇だけを見つめていたシルファに、ミアは光を見せたのだ。
シルファは主として、もう充分に崇高な一族としての矜持や責任を果たしている。彼自身が人のために作り変えたマスティアで、これからはミアと楽しく過ごしてみれば良いと思うのだ。
これ以上人々が歩む途に、崇高な一族が責任を追う必要はない。
もし人が破滅するのなら、それは人が犯した成り行きの結果である。
「ミアはやっぱり聖なる光でした」
セラフィは自然と笑顔になってしまう自分を感じながら、ミアの首筋に咲いた小さな花をツンとつついた。
「でも、シルファ様がキスマークを残すなんて、はじめて見ました! シルファ様でもそういうことするんですね」
「うぐ……」
ミアは耳まで真っ赤になってしまった。セラフィはまた余計なことを言いすぎたかと思ったが、全てが喜ぶべきことだ。何かを配慮することもない。
「とにかく! ミアはゆっくりとこれ食べてください」
「あ、うん。ありがとう」
ミアが用意された食事に手を伸ばした。匙でスープを口に含む。
「わ!」
「え? どうしたんですか?」
「味がする!」
「ええ?」
ミアはもう一度スープを口に含んだ。
「美味しい! すごく美味しい! 味がする!」
「本当ですか?」
二人で手を取り合って喜んでしまう。ミアは美味しいといって、ずっと何も食べていなかったにも関らず、念のために用意していた料理にまで手を伸ばした。
「そんなに食べて、大丈夫ですか?」
「うん。平気みたい。 とにかく全部美味しい!」
「体の具合はどうですか? 何かおかしかったりしませんか?」
聖なる光を果たし、シルファの心臓を受け入れた彼女は、聖女から崇高な一族に生まれ変わったようなものである。
セラフィが気遣うが、ミアはもぐもぐと料理を頬張ったまま、首を傾けた。何かが変わったという実感がないようだった。
「なんか、味覚以外は、ほんとに今まで通りでびっくりしてる」
「だったら良いんですけど。何かあったら、すぐ言ってくださいね」
「うん。ありがとう」
もりもりと食事をするミアを見て、セラフィは元気だなと可笑しくなった。さっきまで目覚めなかったとは、到底思えない。シルファが気遣う必要もなさそうである。
「そんなに元気だったら、今夜が楽しみですね!」
セラフィの声に、ミアがぶほっと食べているものを吹いた。
「あとで入浴のお手伝いしますからね。せっかくだから、夜に着るものも一緒に選びましょう! もうシルファ様に色気がないなんて言わせません! 私が最高に色っぽく仕上げてみせますよ!」
「――それは、ありがたいような、ありがたくないような……」
セラフィは戸惑っているミアに、ふふふと不敵に笑ってみせた。
その後セラフィの施したお色気作戦は見事に功を奏した――ようだった。
ミアは甘く素敵な夜ではなく、なぜか筆舌に尽くしがたい恥ずかしい夜を、シルファと過ごすことになった――らしい。
セラフィの作戦 おしまい
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