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終章 終焉のあと

4:元世界への報告【完結】

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 ドミニオは何から聞こうかと迷ったようだが、とりあえず今回の一連の猟奇事件についてを聞きたがった。

 喪失の雨と影の一族シャドウによる根回しにより、今回の事件は他国から持ち込まれた未知の薬による無差別な暗示、または洗脳があったという結論に終始している。

 結局、呪術対策局は先に報告していた呪術による暗示を完全に否定していた。
 マスティアには魔力も呪術もない。今もその姿勢は貫かれ、守られている。

 そんな風に世間に強いた成り行きとは異なる真実を、シルファはドミニオには包み隠さず伝えた。
 いつかミアに語ったように、自身の素性も暴露する。

 長い話になった。ミアはもりもりと食事を続けていたが、さすがにこれ以上は食べられない。一通り聞き終えると、ドミニオは「はぁ」と嘆息をついた。けれど、戸惑っているようには見えない。

「今回の雨はそういうことだったのか」

「天候を操作するには、さすがに膨大な力を消耗しますので。今回のような機会がない限りは、今後も雨季を利用しますよ」

「今回のような機会か。……僕もシルファがいなくなるのは嫌だからね」

 ドミニオをどこか晴れやかな顔で、シルファにカチンとグラスを重ねた。

「でも安心したよ。今日は以前に会った時のような印象がすっかりなくなっている。ここにいる女神のおかげかな?」

「ーーそうですね。それに、これからは少しのんびりと過ごしてみようかと思っています」

 ミアは給仕が用意してくれた珈琲を啜りながら、シルファの覚悟に気付いていた王子に驚いていた。素直に凄いと感じる。ミアも見抜けなかったシルファの闇に、何の事情も知らない彼がたどり着いていたのだ。

 人懐こい雰囲気とは裏腹に、ドミニオは繊細な感覚を持っているのかもしれない。

「ミアも頑張ったよね」

 成り行きを知ったドミニオはミアのことも讃えてくれる。まさか褒められるとは思っていなかったので、ミアは照れくさくなった。

「いえ、わたしはいつも勢いだけなので……。迷惑ばかりかけています」

「そうかな? 元の世界よりシルファを選ぶのは、簡単なことじゃないよ?」

「シルファを助けるのに必死で、深く考えていませんでした。……それに」

 実は元の世界に戻れないわけではない。
 シルファは聖なる光アウルによって力を取り戻している。ミア自身も練習すれば、匹敵するくらいの魔力を使えるのだ。

 元の世界との行き来は可能だった。
 シルファには一時的に元の世界に戻ってみることを提案されていた。

 ミアは崇高な一族サクリードに生まれ変わったため、もう元の世界でも以前のように家族や友人と同じ刻を過ごすことはできない。

 ただ、自分は幸せに生きている。そのことだけを報せるために、ひととき顔を見せることはできる。

「わたしは一度、元の世界に戻ってみようかと思っています」

「え? 戻れるんだ?」

「はい」

 シルファの提案について、ずっと答えをためらっていた。
 元の世界に戻ってうまく家族に説明する自信がない。
 戻ったら戻ったで、きっと騒ぎになるだろう。

「いろいろ不安なこともあるんですけど。でも、やっぱり顔を見せておこうかなって。安心させてあげたいし」

 そして、家族にはシルファのことをきちんと話しておきたいと思ったのだ。頭がおかしくなったと思われるかもしれないし、信じてもらえないかもしれない。

 時間がかかるかもしれないが、それでも彼の傍で幸せに生きていくことをわかってもらいたかった。
 シルファと歩む永い時、ずっと後悔を抱えていたくない。

「家族にシルファのことをたくさん話して、自慢したいです」

 ドミニオは「いいね」と笑ってくれる。シルファは驚いたように表情を動かした。

「だから、シルファ。わたし一度戻ってみることにする」

「――わかった」

 シルファはまた眩しいものを眺めるように目を細めている。

 家族にわかってもらうには、時間がかかるかもしれない。それでも、父も母も弟も、最後には祝福してくれるだろう。

ーー大切だと想える人と巡り会えたんだね。おめでとう、美亜。

きっと、そう言って笑ってくれるのだ。



聖女よ、我に血を捧げよ END
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