聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜

長月京子

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終章 終焉のあと

2:綺麗な真紅

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 彼は素直に詫びる。ミアは蘇った哀しみと安堵で何も言えなくなる。ただひたすら泣いていると、シルファが涙を拭うミアの手を取った。

 涙に濡れる頬に、そっと彼の唇が触れる。ミアの零れる涙を追いかけるように、シルファが何度も口づける。

「シ、シルファ……」

 ミアは頬に触れる口づけに固まってしまい、ぴたりと涙が止まった。シルファはミアを引き寄せて、さらに唇を重ねる。啄むようなキスは、すぐに与えられるような濃密さを宿した。

(ーー甘い)

 シルファの甘さに触れると、ミアはほっと肩の力が抜ける。
 同時に聖女の恩恵を思い出した。

(あ、渇望?)

 以前のように、色香に酔うような陶酔感がない。そのせいか恥ずかしくてたまらないが、聖女の恩恵が必要なら仕方ないと、ミアはじっと身を委ねる。
 彼が離れると、藤色の瞳が真紅に変わっていた。

「やっぱり。シルファ、渇望してたんだね」

 恥ずかしさを誤魔化すように、ミアは視線を泳がせながら、無理矢理話を振る。

「してない」

「え? でも、眼が赤く……」

聖なる光アウルを与えてもらったから、もう私が渇望することはないよ」

「あ。そう、なんだ」

 納得しかけたが、ミアはすぐに頭に疑問符が飛んだ。

(――ん?)

 ミアは味覚の飢えを癒せるが、シルファには口づける理由がない。
 理由がないはずなのに、シルファが再び唇を重ねてくる。ミアはぐぐっと腕に力を込めて避けた。

「ちょ、ちょっと待って。これは何のためのキス? ご褒美のおやつ?」

「――甘いものが欲しいなら応えてやるが」

「いや、いいです」

 ミアは手を振ってきっぱりと断る。

「聖女の恩恵が必要ないなら、私のおやつも大丈夫なので。もう気にしなくてもいいです」

 聖なる光アウルによって彼が復活を果たしたのなら、聖女としての役目も終わった筈である。シルファを助けることに必死で深く考えていなかったが、これからは彼に甘えている場合ではないのだ。そもそもシルファは元の世界に帰すという約束は果たしてくれた。それを無駄にして、勝手に居残ったのは自分である。命の恩人というだけで、庇護を受け続けるのは気が引ける。

「変わらないな」

「何が?」

「その色気のないところ」

 ミアはむっと不機嫌を顔に出したが、再びシルファに引き寄せられる。

「理由がないとキスできないわけ?」

「そういう事じゃなくて、こういうのは、ほら、恋人同士でする事であって」

「そうだな。ミアのその考え方を尊重するとして、私達の何が問題なんだ?」

「いや、問題しかないでしょ!?」

 シルファが不思議そうに首を傾ける。

「私達は想い合っている筈だが、恋人になるには、それ以上に何か必要なのか?」

 一瞬、ミアの思考が停止した。

「は、はぁ!?」

 仰天したが、ミアははたと思い至る。手に変な汗が滲んだ。

(そ、そういえば……)

 聖なる光アウルを果たしたのだから、自分の想いは明白である。いまさら誤魔化しようもない。ミアはボッと顔に熱が巡ったが、このままではいけないと口を開く。

「う、その、わたしの気持ちはともかく、シルファは聖女を崇拝しているだけだよね。そういうのは想い合っているって言わないと思うんだけど」

「聖女への崇拝だけで、こんなことは望まないだろ」

「こんなこと?」

 すっとシルファの掌が身体に触れた。ミアは小さく悲鳴を上げて、ゴキブリのような素早さでさささっと寝台の隅っこまで身を引く。

「な! 何を考えてーー」

「抱きたい」

「む、無理です」

「聞こえない」

「無理です!」

「聞こえない」

 シルファは寝台の端にへばりついているミアに近づいて来る。瞳はずっと真紅に染まったままだった。今までのように怖気づくミアをからかっている訳ではないようだ。
 ミアは寝台の隅に追い詰められてしまい、ただ身を固くする。

「私は聖女への崇拝で、おまえを欲しがっているわけじゃない」

「で、でも、ほら、わたしは色気がないし、シルファの理想には程遠いみたいだし」

「すぐに怖気づくミアへの気遣いだろ。それを本気で信じているなら、今から試してみればいい」

「いえ、結構です!」

 ミアの拒否を全く受けつけず、シルファが手を伸ばしてくる。抗う隙も与えられず、噛み付くように唇が重なる。

 長い口づけの後で、もう一度シルファと目が合う。彼がからかうような笑みを浮かべた。

「ミアの眼も赤い」

「え?」

 聖なる光アウルになると、聖女は崇高な一族サクリードになる。

 死と痛みと、決意と愛。

 ミアは全てを満たしたとは思えない。
 ただ、シルファと一緒にいたいと願っただけである。

「綺麗な真紅だ」

「う……」

 それが何を意味するか。ミアは顔が真っ赤に染まる。

「これは……」

 もう何も誤魔化せない。彼に触れてほしくて、瞳が真紅に輝くのだ。

「これは、シルファが好きだから」

「ーー知ってる」

 ミアは覚悟を決めて、固く眼を閉じた。
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