69 / 83
第十四章 アラディアと聖なる光(アウル)
4:崇高な一族(サクリード)の終焉
しおりを挟む
再びアラディアがシルファを見つめた。
「聖女への崇拝は認めましょう。ですが、聖女もあなたと永遠に歩むことは出来ません。彼女を失った時、あなたには哀しみを癒す者が必要でしょう」
「それが自分だと言いたいのか」
「真実を申し上げているだけです」
「――おまえは、最後まで愚かだな」
労わるようにシルファが呟いた。
「もう、終わりにしよう」
彼がすうっと両手を掲げる。新たな光が描かれはじめた。複雑な模様を編み上げるように、光が伸びていく。ミアは眩しさに思わず手をかざした。翠光子の光を呑みこむように、シルファの手から描かれた複雑な模様が発光する。
「何をなさるのです!?――まさか!」
アラディアの悲鳴が聞こえた。
光に吞まれて彼女の姿が見えないが、心臓の放つ赤い光だけは明瞭だった。シルファの放った魔法陣が、その赤い光を捕らえる。シルファがミアを振り返る。
「ミア、ここは危険だ。もっと落ち着いた状態で見送りたかったが、仕方がないな。道を開くから、行くといい」
「でも! シルファは大丈夫なの?」
「――もちろん」
ミアの目の前で、虹色に輝く光が新たな道を開く。彼方へと通じる道。
「シルファ、でも――」
心残りがありすぎる。心配でたまらなかった。無事にアラディアを捕らえることが出来るのかどうか、それだけでも見届けたい。いつの間にか長く伸びた彼の銀髪が、魔力にあおられるように閃く。
「この機会を逃すとおまえを帰せなくなる。だから、早く――」
「ミア!」
駆け寄ってきたセラフィがミアの背中を押した。
「ミア、早く行ってください」
セラフィが泣いていた。彼女は涙を拭うこともせず、さらに強くミアの背中を押す。咄嗟にベルゼを振り返ると、彼はひっそりと佇んだまま、目頭を押さえて俯いている。
「でも……」
「帰れなくなりますよ!」
魔力が吹き荒れて、辺りに赤い光が弾けている。とても綺麗なのに、どこか破滅的な危機感があった。自分がいると迷惑をかけるのかもしれない。ミアは見届けることを諦めた。虹色の光へ向かい、ゆっくりと輝く道へと踏み出す。
「振り返らずに、行ってくださいね!」
セラフィの声が響く。
「さようなら、ミア」
「うん……、う、く」
こらえきれずに涙が溢れた。ミアは嗚咽を漏らしながら、振り返らずに虹色の道を歩きはじめた。
元世界へ続く道に姿を消したミアを見届けて、シルファは安堵する。
約束は果たせた。彼女は無事に家へと帰れるだろう。
ミアと過ごしたひとときを、シルファは噛み締める。永い時の中で、心が動いた眩しい記憶。
こんな想いを抱えて逝けるのなら、悪くない。
「シルファ様」
セラフィが傍らでしゃくりあげるようにして泣いている。ベルゼを見ると手で顔を覆ったまま立ち尽くしていた。
自分の最期に立ち会わせることを申し訳なく思うが、仕方がない。
シルファは決意を違えることなく、アラディアの手の中の心臓から、そのまま魔力を放出する。
命が尽きるまで。
翠光子の園を焼き付くし、マスティアには一連の事件について、喪失の雨を降らせる。全ての辻褄を合わせることは難しいが、あとは影の一族がうまく処理してくれるだろう。
それで終わりだった。
アラディアはシルファの心臓を抱きしめたまま、顔色を失っていた。がくがくと体を震わせているのが伝わってくる。
「なぜ? なぜ破滅を選ぶのです?」
「一族の招いた事に、責任を取るのが私の務めだ」
彼女には永遠にわからないだろう。自分の抱えるこの世界への――、人への思い入れは。
だから、伝えられることなど何もない。
「終わりだよ、アラディア」
シルファの長く伸びた銀髪が舞い上がる。消耗と引き換えに、圧倒的な力が放たれた。
びしりと、彼女の手にあった心臓に亀裂が走る。鼓動の輝きが失われた。
美しい破砕音と共に、赤い光が砕け散る。同時に、胸の空洞から生まれた衝撃がシルファの身体を貫いた。裂けた胸から血がほとばしる。
綺羅綺羅と、赤く美しい光が舞った。
「聖女への崇拝は認めましょう。ですが、聖女もあなたと永遠に歩むことは出来ません。彼女を失った時、あなたには哀しみを癒す者が必要でしょう」
「それが自分だと言いたいのか」
「真実を申し上げているだけです」
「――おまえは、最後まで愚かだな」
労わるようにシルファが呟いた。
「もう、終わりにしよう」
彼がすうっと両手を掲げる。新たな光が描かれはじめた。複雑な模様を編み上げるように、光が伸びていく。ミアは眩しさに思わず手をかざした。翠光子の光を呑みこむように、シルファの手から描かれた複雑な模様が発光する。
「何をなさるのです!?――まさか!」
アラディアの悲鳴が聞こえた。
光に吞まれて彼女の姿が見えないが、心臓の放つ赤い光だけは明瞭だった。シルファの放った魔法陣が、その赤い光を捕らえる。シルファがミアを振り返る。
「ミア、ここは危険だ。もっと落ち着いた状態で見送りたかったが、仕方がないな。道を開くから、行くといい」
「でも! シルファは大丈夫なの?」
「――もちろん」
ミアの目の前で、虹色に輝く光が新たな道を開く。彼方へと通じる道。
「シルファ、でも――」
心残りがありすぎる。心配でたまらなかった。無事にアラディアを捕らえることが出来るのかどうか、それだけでも見届けたい。いつの間にか長く伸びた彼の銀髪が、魔力にあおられるように閃く。
「この機会を逃すとおまえを帰せなくなる。だから、早く――」
「ミア!」
駆け寄ってきたセラフィがミアの背中を押した。
「ミア、早く行ってください」
セラフィが泣いていた。彼女は涙を拭うこともせず、さらに強くミアの背中を押す。咄嗟にベルゼを振り返ると、彼はひっそりと佇んだまま、目頭を押さえて俯いている。
「でも……」
「帰れなくなりますよ!」
魔力が吹き荒れて、辺りに赤い光が弾けている。とても綺麗なのに、どこか破滅的な危機感があった。自分がいると迷惑をかけるのかもしれない。ミアは見届けることを諦めた。虹色の光へ向かい、ゆっくりと輝く道へと踏み出す。
「振り返らずに、行ってくださいね!」
セラフィの声が響く。
「さようなら、ミア」
「うん……、う、く」
こらえきれずに涙が溢れた。ミアは嗚咽を漏らしながら、振り返らずに虹色の道を歩きはじめた。
元世界へ続く道に姿を消したミアを見届けて、シルファは安堵する。
約束は果たせた。彼女は無事に家へと帰れるだろう。
ミアと過ごしたひとときを、シルファは噛み締める。永い時の中で、心が動いた眩しい記憶。
こんな想いを抱えて逝けるのなら、悪くない。
「シルファ様」
セラフィが傍らでしゃくりあげるようにして泣いている。ベルゼを見ると手で顔を覆ったまま立ち尽くしていた。
自分の最期に立ち会わせることを申し訳なく思うが、仕方がない。
シルファは決意を違えることなく、アラディアの手の中の心臓から、そのまま魔力を放出する。
命が尽きるまで。
翠光子の園を焼き付くし、マスティアには一連の事件について、喪失の雨を降らせる。全ての辻褄を合わせることは難しいが、あとは影の一族がうまく処理してくれるだろう。
それで終わりだった。
アラディアはシルファの心臓を抱きしめたまま、顔色を失っていた。がくがくと体を震わせているのが伝わってくる。
「なぜ? なぜ破滅を選ぶのです?」
「一族の招いた事に、責任を取るのが私の務めだ」
彼女には永遠にわからないだろう。自分の抱えるこの世界への――、人への思い入れは。
だから、伝えられることなど何もない。
「終わりだよ、アラディア」
シルファの長く伸びた銀髪が舞い上がる。消耗と引き換えに、圧倒的な力が放たれた。
びしりと、彼女の手にあった心臓に亀裂が走る。鼓動の輝きが失われた。
美しい破砕音と共に、赤い光が砕け散る。同時に、胸の空洞から生まれた衝撃がシルファの身体を貫いた。裂けた胸から血がほとばしる。
綺羅綺羅と、赤く美しい光が舞った。
0
お気に入りに追加
450
あなたにおすすめの小説
義妹に苛められているらしいのですが・・・
天海月
恋愛
穏やかだった男爵令嬢エレーヌの日常は、崩れ去ってしまった。
その原因は、最近屋敷にやってきた義妹のカノンだった。
彼女は遠縁の娘で、両親を亡くした後、親類中をたらい回しにされていたという。
それを不憫に思ったエレーヌの父が、彼女を引き取ると申し出たらしい。
儚げな美しさを持ち、常に柔和な笑みを湛えているカノンに、いつしか皆エレーヌのことなど忘れ、夢中になってしまい、気が付くと、婚約者までも彼女の虜だった。
そして、エレーヌが持っていた高価なドレスや宝飾品の殆どもカノンのものになってしまい、彼女の侍女だけはあんな義妹は許せないと憤慨するが・・・。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
帝国の花嫁は夢を見る 〜政略結婚ですが、絶対におしどり夫婦になってみせます〜
長月京子
恋愛
辺境の小国サイオンの王女スーは、ある日父親から「おまえは明日、帝国に嫁入りをする」と告げられる。
幼い頃から帝国クラウディアとの政略結婚には覚悟を決めていたが、「明日!?」という、あまりにも突然の知らせだった。
ろくな支度もできずに帝国へ旅立ったスーだったが、お相手である帝国の皇太子ルカに一目惚れしてしまう。
絶対におしどり夫婦になって見せると意気込むスーとは裏腹に、皇太子であるルカには何か思惑があるようで……?
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!
桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。
「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。
異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。
初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる