上 下
68 / 83
第十四章 アラディアと聖なる光(アウル)

3:アラディア

しおりを挟む
 扉が開かれた瞬間、ミアは強い風が吹いたのではないかと錯覚するほどの、濃密な香りに襲われた。けれど、その香りよりもさらに意識したのは、目の前に広がった翠光子アルカフェルムの群生だった。

 窓のない地下の闇をはらい、一帯が光っている。群れになった光はまるでイルミネーションのように美しかった。

「すごい。これが、翠光子アルカフェルム

 ミアは思わず見とれてしまうが、翠に輝く光景の奥で、ふと一際強い光を見つけた。
 真紅の光。美しい輝きだった。じっと見つめていると、赤い光に波があるのがわかる。
 まるで生きているかのように、光が強くなったり弱くなったりしているのだ。

(もしかして、あれは――)

 ミアは思わず隣のシルファの顔を仰ぐ。彼はまっすぐに赤い光を見つめていた。
 鼓動のように強弱を繰り返す光。
 シルファは何も言わず、翠の群生の中を赤い光に向かって進んでいく。ミアも後に続いた。

「お久しぶりです、我が王」

 鈴を転がすような可憐な少女の声が響いた。ミアは赤い光に照らされて、少女が立っているのを見つける。小さな掌の上で輝くのは、シルファの心臓。

 ミアの想像とは異なり、それは宝石のように美しい形をしていた。
 翠と赤の光に照らされて見分けられないが、少女の頭髪がシルファのような銀髪ではないことだけはわかる。黒髪のミアに等しい深い色合いに見えた。

「アラディア、悪趣味なことだな」

 シルファの声は冷ややかに響く。

「久しぶりにお会いしたのに、冷たい仰りようです」

「司祭の思いを踏みにじるその姿。私には理解できない」

「愛らしい姿は、お気に召しませんでしたか」

 シルファの苛立ちがミアにまで伝わってくる。ドラクルの娘の姿を借りているのだとしたら、たしかに悪趣味だった。
 教会で目撃された黒髪の少女は、彼女だったのだろうか。

「では、こちらではいかがでしょう?」

 ゆらりと少女の輪郭が崩れる。現れた姿を見てミアは息を呑んだ。

「あなたが崇拝する聖女」

 目の前にいるのは、鏡を見ているのではないかと思うぐらい自分だった。けれど、ミアは嫌悪感に貫かれる。思わず目を背けると、自分と同じ姿をしたままアラディアが笑う。

「いい加減にしないか」

 低くシルファの声が響く。アラディアは困ったような顔して、ようやく本来の姿を見せた。

 目を見張るほどの美貌の女性だった。赤い光と翠の光を照り返す、淡い髪色。きっとシルファと同じ癖のない銀髪なのだろう。身の丈よりも長く、細く美しい髪。優美な手足と女性らしい豊満な身体。品のある佇まいで、彼女は貴婦人のように改めてシルファに一礼した。

 そして、顔を輝かせて告げる。

「シルファ様、ご覧ください。この素晴らしい翠光子アルカフェルムの園を」

「誰がこんなことを許した」

「今となっては、裁可を賜ることもございませんでしょう。翠光子アルカフェルム崇高な一族サクリードに繁栄をもたらします」

「あり得ない。おまえと私は相容れない」

 シルファの声はどこまでも苦々しい。

「ですが、あなたは受け入れるしかございません。ここに王の心臓がある限り、いつでも勝者はわたくしです。わたくしの手をとって共に歩むしかありません」

 ミアはぞっとする。アラディアがシルファを求めていることはわかる。けれど、あまりにも愚かだった。相手の退路を断って、自分の気持ちを押し付けているだけなのだ。

 どんなに言い繕ってみても、ただの脅迫でしかない。
 そんな方法で想いを叶えて、彼女は満たされるのだろうか。ミアには理解できない。

 けれど、確かにシルファには拒むことができないだろう。心臓いのちを人質に取られているようなものだ。ミアは心配になる。聖女の血で多少の力を取り戻しているが、アラディアに敵うとは思えない。何もわからないミアにも、目の前で輝く真紅の光が途轍もない力であることが伝わってくる。

わたくしは未来永劫シルファ様をお慕いしております。ひととき聖女に心を奪われたことには目を閉じましょう。ですから、もう一度わたくしの手を取り、信じてください。あなたがこの心臓を手放した時のように」

「おまえは黒の書ダークに魅入られた女だ。大魔女アラディア。私の、――一族の信頼を跡形もなく裏切った。私が許すことはない。そして、もう二度と、その手を取ることはない」

 完全な拒絶だった。ミアはアラディアがシルファの婚約者だったのだろうと悟る。シルファの嫌悪は分かるが、最大の弱点は握られたままなのだ。

 果たして切り抜ける道はあるのだろうか。シルファが考えていないとは思えないが、圧倒的な力の差がわかる。ミアは掌に汗が滲んだ。

「おまえと共に歩むなら、私は滅びることを望む」

 アラディアの表情が少し歪んだ。彼女は掌にある美しい光を眺めて、浅くほほ笑む。

「この世界で、あなたを理解できるのはわたくしだけです」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王太子殿下が浮気をしているようです、それでしたらわたくしも好きにさせていただきますわね。

村上かおり
恋愛
 アデリア・カーティス伯爵令嬢はペイジア王国の王太子殿下の婚約者である。しかしどうやら王太子殿下とは上手くはいっていなかった。それもそのはずアデリアは転生者で、まだ年若い王太子殿下に恋慕のれの字も覚えなかったのだ。これでは上手くいくものも上手くいかない。  しかし幼い頃から領地で色々とやらかしたアデリアの名は王都でも広く知れ渡っており、領を富ませたその実力を国王陛下に認められ、王太子殿下の婚約者に選ばれてしまったのだ。  そのうえ、属性もスキルも王太子殿下よりも上となれば、王太子殿下も面白くはない。ほぼ最初からアデリアは拒絶されていた。  そして月日は流れ、王太子殿下が浮気している現場にアデリアは行きあたってしまった。  基本、主人公はお気楽です。設定も甘いかも。

婚約破棄されたから能力隠すのやめまーすw

ミクリ21
BL
婚約破棄されたエドワードは、実は秘密をもっていた。それを知らない転生ヒロインは見事に王太子をゲットした。しかし、のちにこれが王太子とヒロインのざまぁに繋がる。 軽く説明 ★シンシア…乙女ゲームに転生したヒロイン。自分が主人公だと思っている。 ★エドワード…転生者だけど乙女ゲームの世界だとは知らない。本当の主人公です。

甘く嬲られ青年は悦んでよがり鳴く

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

転生悪役令嬢の考察。

saito
恋愛
転生悪役令嬢とは何なのかを考える転生悪役令嬢。 ご感想頂けるととても励みになります。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

愛しの貴方にサヨナラのキスを

百川凛
恋愛
王立学園に通う伯爵令嬢シャロンは、王太子の側近候補で騎士を目指すラルストン侯爵家の次男、テオドールと婚約している。 良い関係を築いてきた2人だが、ある1人の男爵令嬢によりその関係は崩れてしまう。王太子やその側近候補たちが、その男爵令嬢に心惹かれてしまったのだ。 愛する婚約者から婚約破棄を告げられる日。想いを断ち切るため最後に一度だけテオドールの唇にキスをする──と、彼はバタリと倒れてしまった。 後に、王太子をはじめ数人の男子生徒に魅了魔法がかけられている事が判明する。 テオドールは魅了にかかってしまった自分を悔い、必死にシャロンの愛と信用を取り戻そうとするが……。

【完結】私に触れない貴方は、もう要らない

ハナミズキ
恋愛
リライト&加筆して書籍化となりました。皆様のおかげです。ありがとうございます。 「もう妻には欲情しないんだよ。隣で寝ても何の反応もしない」 彼の職場に差し入れを持って訪ねた時に、彼の本音を聞いた。 結婚して5年。 政略ではなくて、子供の頃から愛し合って結ばれた私達だけど、 仲睦まじかったのは最初の1年くらいだけだった。 未だに子供はできていない。 子供なんて出来るわけないじゃない。 だってあの人はもう何年も私を抱いていないんだもの。 同じベッドで寝ているけれど、 「仕事で疲れてるし、そんな気分じゃない」 さすがの私も気づいたわ。 貴方の瞳に、もう私への熱がないのだと。 貴方にとって、私はもう女ではないのだと。 時々貴方から香る、ウチとは違う石鹸の香りに、 私が何度涙で枕を濡らしたか知ってる? そんなことに気づきもせず、無防備に隣で眠っている貴方がとても憎らしい。 もういいわ。もういい。 疲れた。 もう要らない。 私に触れない貴方は、もう要らない。 ──────────────────── 前作の短編小説の主人公、セイラのお友達の話です。 結婚後のセイラとジュリアンも脇役で出てきます。 子供の頃から相思相愛の幼馴染とそのまま結婚したけど、現実は美談のようにならない。 そんなお話です。

真実は仮面の下に~精霊姫の加護を捨てた愚かな人々~

ともどーも
恋愛
 その昔、精霊女王の加護を賜った少女がプルメリア王国を建国した。 彼女は精霊達と対話し、その力を借りて魔物の来ない《聖域》を作り出した。  人々は『精霊姫』と彼女を尊敬し、崇めたーーーーーーーーーーープルメリア建国物語。  今では誰も信じていないおとぎ話だ。  近代では『精霊』を『見れる人』は居なくなってしまった。  そんなある日、精霊女王から神託が下った。 《エルメリーズ侯爵家の長女を精霊姫とする》  その日エルメリーズ侯爵家に双子が産まれた。  姉アンリーナは精霊姫として厳しく育てられ、妹ローズは溺愛されて育った。  貴族学園の卒業パーティーで、突然アンリーナは婚約者の王太子フレデリックに婚約破棄を言い渡された。  神託の《エルメリーズ侯爵家の長女を精霊姫とする》は《長女》ではなく《少女》だったのでないか。  現にローズに神聖力がある。  本物の精霊姫はローズだったのだとフレデリックは宣言した。  偽物扱いされたアンリーナを自ら国外に出ていこうとした、その時ーーー。  精霊姫を愚かにも追い出した王国の物語です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初心者のフワフワ設定です。 温かく見守っていただけると嬉しいです。

処理中です...