聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜

長月京子

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第十四章 アラディアと聖なる光(アウル)

3:アラディア

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 扉が開かれた瞬間、ミアは強い風が吹いたのではないかと錯覚するほどの、濃密な香りに襲われた。けれど、その香りよりもさらに意識したのは、目の前に広がった翠光子アルカフェルムの群生だった。

 窓のない地下の闇をはらい、一帯が光っている。群れになった光はまるでイルミネーションのように美しかった。

「すごい。これが、翠光子アルカフェルム

 ミアは思わず見とれてしまうが、翠に輝く光景の奥で、ふと一際強い光を見つけた。
 真紅の光。美しい輝きだった。じっと見つめていると、赤い光に波があるのがわかる。
 まるで生きているかのように、光が強くなったり弱くなったりしているのだ。

(もしかして、あれは――)

 ミアは思わず隣のシルファの顔を仰ぐ。彼はまっすぐに赤い光を見つめていた。
 鼓動のように強弱を繰り返す光。
 シルファは何も言わず、翠の群生の中を赤い光に向かって進んでいく。ミアも後に続いた。

「お久しぶりです、我が王」

 鈴を転がすような可憐な少女の声が響いた。ミアは赤い光に照らされて、少女が立っているのを見つける。小さな掌の上で輝くのは、シルファの心臓。

 ミアの想像とは異なり、それは宝石のように美しい形をしていた。
 翠と赤の光に照らされて見分けられないが、少女の頭髪がシルファのような銀髪ではないことだけはわかる。黒髪のミアに等しい深い色合いに見えた。

「アラディア、悪趣味なことだな」

 シルファの声は冷ややかに響く。

「久しぶりにお会いしたのに、冷たい仰りようです」

「司祭の思いを踏みにじるその姿。私には理解できない」

「愛らしい姿は、お気に召しませんでしたか」

 シルファの苛立ちがミアにまで伝わってくる。ドラクルの娘の姿を借りているのだとしたら、たしかに悪趣味だった。
 教会で目撃された黒髪の少女は、彼女だったのだろうか。

「では、こちらではいかがでしょう?」

 ゆらりと少女の輪郭が崩れる。現れた姿を見てミアは息を呑んだ。

「あなたが崇拝する聖女」

 目の前にいるのは、鏡を見ているのではないかと思うぐらい自分だった。けれど、ミアは嫌悪感に貫かれる。思わず目を背けると、自分と同じ姿をしたままアラディアが笑う。

「いい加減にしないか」

 低くシルファの声が響く。アラディアは困ったような顔して、ようやく本来の姿を見せた。

 目を見張るほどの美貌の女性だった。赤い光と翠の光を照り返す、淡い髪色。きっとシルファと同じ癖のない銀髪なのだろう。身の丈よりも長く、細く美しい髪。優美な手足と女性らしい豊満な身体。品のある佇まいで、彼女は貴婦人のように改めてシルファに一礼した。

 そして、顔を輝かせて告げる。

「シルファ様、ご覧ください。この素晴らしい翠光子アルカフェルムの園を」

「誰がこんなことを許した」

「今となっては、裁可を賜ることもございませんでしょう。翠光子アルカフェルム崇高な一族サクリードに繁栄をもたらします」

「あり得ない。おまえと私は相容れない」

 シルファの声はどこまでも苦々しい。

「ですが、あなたは受け入れるしかございません。ここに王の心臓がある限り、いつでも勝者はわたくしです。わたくしの手をとって共に歩むしかありません」

 ミアはぞっとする。アラディアがシルファを求めていることはわかる。けれど、あまりにも愚かだった。相手の退路を断って、自分の気持ちを押し付けているだけなのだ。

 どんなに言い繕ってみても、ただの脅迫でしかない。
 そんな方法で想いを叶えて、彼女は満たされるのだろうか。ミアには理解できない。

 けれど、確かにシルファには拒むことができないだろう。心臓いのちを人質に取られているようなものだ。ミアは心配になる。聖女の血で多少の力を取り戻しているが、アラディアに敵うとは思えない。何もわからないミアにも、目の前で輝く真紅の光が途轍もない力であることが伝わってくる。

わたくしは未来永劫シルファ様をお慕いしております。ひととき聖女に心を奪われたことには目を閉じましょう。ですから、もう一度わたくしの手を取り、信じてください。あなたがこの心臓を手放した時のように」

「おまえは黒の書ダークに魅入られた女だ。大魔女アラディア。私の、――一族の信頼を跡形もなく裏切った。私が許すことはない。そして、もう二度と、その手を取ることはない」

 完全な拒絶だった。ミアはアラディアがシルファの婚約者だったのだろうと悟る。シルファの嫌悪は分かるが、最大の弱点は握られたままなのだ。

 果たして切り抜ける道はあるのだろうか。シルファが考えていないとは思えないが、圧倒的な力の差がわかる。ミアは掌に汗が滲んだ。

「おまえと共に歩むなら、私は滅びることを望む」

 アラディアの表情が少し歪んだ。彼女は掌にある美しい光を眺めて、浅くほほ笑む。

「この世界で、あなたを理解できるのはわたくしだけです」
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