聖女よ、我に血を捧げよ 〜異世界に召喚されて望まれたのは、生贄のキスでした〜

長月京子

文字の大きさ
上 下
63 / 83
第十三章 愚かな嫉妬

4:聖女の失態

しおりを挟む
 ぼんやりと角砂糖のような塊を口に含んだ。途端に口内が甘さで満ちる。ミアはびくりと反応した。

 どこか狭いところに閉じこめられて、小さな窓から外を眺めているような気がしていた。異次元から外界を眺めているような気持ち。その世界が急速に広がって、ミアは鮮明な視界を取り戻す。

 傍にセラフィがいることはわかっていたが、まるで遠ざかっていた感覚が蘇るように、はっきりと彼女を意識した。

「セラフィ?」

 まだ口の中に残る甘味をたしかめながら、ミアは寝台の傍らで自分を見つめているセラフィを見た。存在を感じていたのに、なぜか久しぶりに会ったような気がする。
 不思議な感覚だった。

「ミア!?」

 セラフィは泣き出しそうな顔で、寝台に上体を起こしているミアに抱きついてくる。

「え? え? どうしたの?」

 戸惑うミアを力一杯抱きしめて、セラフィはぐりぐりと頬擦りをしてきた。

「ちょっと、何? どうしたの? セラフィ」

「良かったです。良かった」

 何かを噛み締めているセラフィにされるがままの状態で、ミアは辺りの様子を確かめる。魔鏡のある広い部屋。どうやらシルファの部屋で寝込んでいたようである。

(あれ? なんか、おかしいような――)

 違和感はすぐに記憶とつながった。あまりにも自分らしくない行動の数々を思い出して、ミアは体が強張る。その緊迫した調子が伝わったのか、ようやくセラフィがミアから離れた。

「あー、本当に良かったです。正気に戻って!」

「正気って……?」

 ミアは全てが夢だったのではないかと一縷の希望にすがっていたが、セラフィに事情を説明されて、全身から火が出そうな勢いで羞恥心がこみ上げる。

(ゆ、夢じゃないってこと?)

「ミア? どうしたんですか? どこか具合が悪いですか?」

「さ、さいあく」

「え?」

 シーツを掴んだ手がぶるぶると震える。

 昨夜の記憶。
 覚えている、全て。

 自分は何という失態をやらかしてしまったのだろう。恥ずかしさと申し訳なさで、涙が滲んだ。噛み付いて掻き毟った傷跡は失われている。きっとシルファが治してくれたのだろう。けれど、起きた出来事は、やり直すことも、消去も削除もできない。

 ミアは去来した感情に、ぐわぁっと悶絶した。

「え? ミア? どうしたんですか?」

 戸惑うセラフィにミアは縋り付く。

「わたし、シルファのこと襲っちゃった!」

「はぁ?」

 ミアは絶望的な失態を抱えきれず、泣きながらセラフィに打ち明ける。

「まさか、昨夜にそんなことが……」

「どうしよう。わたし、ただでさえ迷惑ばっかりかけているのに、シルファにどうやって償おう。ただの痴女だよ! 絶対に軽蔑された! 嫌な思いをさせた!」

「いや、落ち着いてください、ミア」

「落ち着いていられるわけないでしょ!」

 セラフィは場違いにくすくすと笑っている。

「笑い事じゃないってば!」

「あ、ごめんなさい。でも、自分のことを痴女って……」

 こらえきれないのか、セラフィは大笑いする。

「心配しなくても、シルファ様は気にしていませんよ」

「本当に!? 本当にそう言い切れる?」

 気にされないのも、それはそれで問題である。彼にとっては子猫がじゃれかかって来たくらいの出来事なのだろうか。良いのか悪いのかわからないが、痴女として軽蔑されるよりは良いかもしれない。

「気にしてないっていうか、シルファ様はミアが怒り狂って暴れるかもしれないって心配していましたよ」

「え?」

「きっとシルファ様もそれなりに楽しんだじゃないですかね?」

「え? は?」

 全く眼中にない自分に迫られて、そんな気持ちでいられるだろうか。どう考えても迷惑以外の何ものでもないだろう。

「それにしても、昨夜そんなことになっていたなんて。それで? どうでした?」

「何が?」

「気持ち良かったですか?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

城内別居中の国王夫妻の話

小野
恋愛
タイトル通りです。

二度目の召喚なんて、聞いてません!

みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。 その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。 それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」 ❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。 ❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。 ❋他視点の話があります。

聖女召喚に巻き込まれた挙句、ハズレの方と蔑まれていた私が隣国の過保護な王子に溺愛されている件

バナナマヨネーズ
恋愛
聖女召喚に巻き込まれた志乃は、召喚に巻き込まれたハズレの方と言われ、酷い扱いを受けることになる。 そんな中、隣国の第三王子であるジークリンデが志乃を保護することに。 志乃を保護したジークリンデは、地面が泥濘んでいると言っては、志乃を抱き上げ、用意した食事が熱ければ火傷をしないようにと息を吹きかけて冷ましてくれるほど過保護だった。 そんな過保護すぎるジークリンデの行動に志乃は戸惑うばかり。 「私は子供じゃないからそんなことしなくてもいいから!」 「いや、シノはこんなに小さいじゃないか。だから、俺は君を命を懸けて守るから」 「お…重い……」 「ん?ああ、ごめんな。その荷物は俺が持とう」 「これくらい大丈夫だし、重いってそういうことじゃ……。はぁ……」 過保護にされたくない志乃と過保護にしたいジークリンデ。 二人は共に過ごすうちに知ることになる。その人がお互いの運命の人なのだと。 全31話

【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした

楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。 仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。 ◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪ ◇全三話予約投稿済みです

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

教会を追放された元聖女の私、果実飴を作っていたのに、なぜかイケメン騎士様が溺愛してきます!

海空里和
恋愛
王都にある果実店の果実飴は、連日行列の人気店。 そこで働く孤児院出身のエレノアは、聖女として教会からやりがい搾取されたあげく、あっさり捨てられた。大切な人を失い、働くことへの意義を失ったエレノア。しかし、果実飴の成功により、働き方改革に成功して、穏やかな日常を取り戻していた。 そこにやって来たのは、場違いなイケメン騎士。 「エレノア殿、迎えに来ました」 「はあ?」 それから毎日果実飴を買いにやって来る騎士。 果実飴が気に入ったのかと思ったその騎士、イザークは、実はエレノアとの結婚が目的で?! これは、エレノアにだけ距離感がおかしいイザークと、失意にいながらも大切な物を取り返していくエレノアが、次第に心を通わせていくラブストーリー。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

舌を切られて追放された令嬢が本物の聖女でした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...