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第十三章 愚かな嫉妬

3:大魔女の使者

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 王宮の離れへ戻るため本部を出ると、門前でシルファは見慣れた白い影を見つけた。教会の美しい司祭服。ドラクルが佇んでいた。

 強引に聖糖の回収を行った結果だろう。
 彼が呪術対策局に意識を向けないわけがない。

 何らかの動きがあるだろうと予想はしていたが、まさかこれほど早く行動を起こすとは考えていなかった。

「ドラクル司祭」

 彼を徹底的に問い詰めたい気もしたが、司祭にも暗示がかかっている可能性があった。
 シルファは警戒しながら、ドラクルと対峙した。

「この度は急な聖糖の回収を行い、ご迷惑をおかけしました」

Dダアトサクリード、あなたは聖者ですか?」

 抑揚のない声を聞いて、一気に危機感が高まる。会話を無視した唐突な言葉。シルファは一歩さがった。司祭は追従してくるように、すっと至近距離へ近づく。

「シルファ様」

 動こうとするベルゼを、シルファは手で制した。ドラクルは感情のない声で続ける。

「聖者なら、この鍵を。違うのであれば――」

「私は聖者です」

 シルファは咄嗟に答えていた。ドラクル司祭と目が合う。彼は異様な微笑みを浮かべて、シルファに鍵を差し出した。

「では、大魔女が暗闇に咲く光の園でお迎えしましょう」

 大魔女と翠光子アルカフェルムを示唆する呟き。
 噛み合って回り出していた歯車が、ついに本体を動かした。

 大魔女――アラディア。

 ドラクルはシルファに鍵を手渡すと、何の未練もないという様子で踵を返した。捕らえるべきかと思ったが、あえて追いかけることはせず、シルファはドラクルの背中を見送る。

「シルファ様――」

 無表情なベルゼの声が、わずかに震えている。シルファはいつも通り軽口を叩いた。

「ついに司祭に暗示をかけたのか。わりと追い込んだのかもしれないな」

「強引な回収で、シルファ様が聖糖の仕掛けに気付いたことが伝わったのでしょう」

「だろうな。いよいよ大魔女のお出ましか」

 シルファは手の中に残された鍵を見る。旧聖堂のどこかに、この鍵で開くことのできる扉があるのだろう。翠光子アルカフェルムが光る地下への入り口が。

(――Dダアトサクリード、あなたは聖者ですか?)

 聖なる双書をもたらした聖者。言い換えれば崇高な一族サクリードのことであるが、現代においてそんな発想ができるのはアラディアだけである。

 シルファは永い時をかけて、崇高な一族サクリードを世界から切り離した。王家の祖についてヴァンパイアを流布し、古くは教会と王家の対立を利用して、少しずつ過去の真実を隠していったのだ。

 今では教会で語られる聖者は聖者でしかない。教会の信仰に残ったのは聖なる双書だけである。崇高な一族サクリードとのつながりや面影は何も残っていない。

(……永かった)

 ようやく崇高な一族サクリードは滅びる。初めから存在していなかったかのように、この世界から姿を消す。

 残るのは聖なる双書だけである。
 一族があったという証は、それだけで充分だった。

(――アラディア)

 ずっと追いかけても手掛かりすら掴めなかった。やはり聖女の存在が、大魔女の心を動かしたのだろうか。

(おまえは昔から、私の想いを欲しがった)

 今もきっとそれは変わっていない。
 思えば、自分がアラディアを追い続けることが、彼女の望みだったのかもしれない。それが憎しみでも、心を占めていることには変わりがない。

(だが、私は聖女を見つけた)

 アラディアへの憎しみが、聖女への想いで侵食される。彼女が奪った心臓から、全てが伝わっていたかもしれない。大魔女には耐えられないだろう。

(……わかりやすい嫉妬だな)

 やかりやすくて、ただ愚かだった。
 一族として本能に刻まれた聖女への崇拝。アラディアにも在る筈なのに、それすらを凌駕する王への執着。
 同族でありながら、大魔女は聖女を慈しむ心さえ許さないのかもしれない。
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