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第十二章 破られた盟約
6:終焉の予感
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ドミニオとの謁見はすぐに果たされた。夜更けの訪問に気を悪くした様子もなく、ドミニオは私室でワインを用意してシルファを迎える。
「シルファの訪問なら、いつだって大歓迎だよ」
寛いだ雰囲気だった。あまりにもいつも通りの王子を見て、シルファはふっと気を緩めた。思えば自分に懐く人間というのも珍しい。Dの称号のせいか、人々はシルファに見えない壁を築く。自分を慕う貴婦人達も同じである。シルファ自身が深く関わらないように壁を築いているので、むしろそれは好ましい結果だった。
「女性との逢瀬を邪魔したのではないかと心配していましたが」
「シルファは僕のことを誤解しているよ」
笑いながら、ドミニオがシルファにワインを勧める。
「今夜は遠慮しておきます。すこし、王子にお聞きしたいことがあって参りました」
シルファは注意深く王子の様子を見る。暗示がかかっているとは思えないが、ミアも夕食時には不審さを感じなかった。
「僕に?」
ドミニオは不思議そうにシルファを見つめる。何か思い当たることがあるのか、すぐにパッと顔を輝かせる。
「わかった。シルファの女神のこと? 今日――いやもう昨日かな、離れの書庫で会ったよ。少し貧血で顔色が悪かったけど、相変わらず可愛かった。ミアの調子はどう? 何かお見舞いでも贈ろうか?」
「いえ、それは結構ですが。なぜ、ミアのことだと?」
「やっぱり! シルファが関心を抱いているなんて、彼女しかいないだろう?」
なぜドミニオがそう感じたのかは分からない。シルファは暗示を疑うべきかとドミニオを眺めるが、嬉しそうにはしゃぐ王子の様子は見慣れている。
自分の知っている王子と、何の違和感もない。
「王子がミアに贈った聖糖ですが、あれは王家に納められたものですか?」
「聖糖? ああ、違うよ。教会で配布しているのをもらってきたんだ。離れの書庫にこもる時は、たまにそうしてるんだけど」
王家専用に納められた聖糖ではない。ドミニオならばあり得るだろうと思っていたが、予想通りだった。これまでの猟奇事件を振り返っても、犯人に共通項はない。おそらく教会で聖糖に似せて無作為に配られている。
ヴァハラの権威の象徴。
魔力にも似た暗示を可能にする。人を意のままに動かす手段。魔力を高める血の搾取も容易にした。
序列が低いにも関らず、三大家の中で権威を高めていった大公ヴァハラ。
暗示のかかった聖糖が王子からミアに届いたのは、ただの偶然だったのだろうか。
偶然か必然か。シルファはどちらでも同じだということに気付く。
ミアに届かなくても、暗示をかけられた者が彼女を狙う可能性は高い。シルファが後見する異邦人。それだけで人々の深層に、異質な存在として根付く。異端児の烙印を押すだろう。
暗示に魔女狩りが示唆されているのなら、標的になる確率が高い。
「何か事件の手掛かりでも見つかった?」
ドミニオが興味深げに身を乗り出してくる。
「そうですね。少し影が見えたかもしれません」
素直に認めると、ドミニオが「やっぱりね」と頷いた。
「うん。そんな顔をしているよ。じゃあ、もう心配はいらないかな。さすがだね、Dサクリード」
無邪気に笑うドミニオに、シルファは苦笑する。まだ称賛には程遠い所にいるのが現状だった。
「でも、少し失敗しました」
「え? Dサクリードが?」
心底驚いたと言いたげに、ドミニオが目を丸くした。
「油断していたのかもしれません」
自嘲するように伝えると、ドミニオがことりとワイングラスを置いた。
「いいんじゃないかな」
意味が分からず王子の眼を見ると、ドミニオは笑う。
「僕はそんなシルファの方が親近感がわくよ。僕も含めて、みんなDサクリードに期待しすぎだからね」
ドミニオらしい意見だった。人懐こく憎めない性分をしている。シルファは彼への猜疑心を解いた。
「王子、ありがとうございます」
シルファが退出しようとすると、ドミニオの声が追いかけてきた。
「ねぇ、シルファ。事件が解決したらミアを連れておいでよ。美味しい食事を用意させるから」
シルファは王子を見返って笑う。
「――そうですね。ぜひ」
それはきっと楽しい一時になるだろう。けれど叶えることは出来ない。事件の解決と共に、全てが終焉する。そんな予感がしていた。
「シルファ!」
まるで檄を飛ばすかのように、王子の声が響いた。
「――約束だよ」
シルファの覚悟を貫くように、ドミニオは真摯な眼差しをしていた。自分の望む安息が、彼には伝わってしまったのかもしれない。
世間の評価より、いつもドミニオは聡明だった。第七王子という肩書に、わざと自分を合わせているのだろう。
「私はこれで失礼します、王子」
シルファは約束に答えることが出来ないまま、王子の私室を後にした。
「シルファの訪問なら、いつだって大歓迎だよ」
寛いだ雰囲気だった。あまりにもいつも通りの王子を見て、シルファはふっと気を緩めた。思えば自分に懐く人間というのも珍しい。Dの称号のせいか、人々はシルファに見えない壁を築く。自分を慕う貴婦人達も同じである。シルファ自身が深く関わらないように壁を築いているので、むしろそれは好ましい結果だった。
「女性との逢瀬を邪魔したのではないかと心配していましたが」
「シルファは僕のことを誤解しているよ」
笑いながら、ドミニオがシルファにワインを勧める。
「今夜は遠慮しておきます。すこし、王子にお聞きしたいことがあって参りました」
シルファは注意深く王子の様子を見る。暗示がかかっているとは思えないが、ミアも夕食時には不審さを感じなかった。
「僕に?」
ドミニオは不思議そうにシルファを見つめる。何か思い当たることがあるのか、すぐにパッと顔を輝かせる。
「わかった。シルファの女神のこと? 今日――いやもう昨日かな、離れの書庫で会ったよ。少し貧血で顔色が悪かったけど、相変わらず可愛かった。ミアの調子はどう? 何かお見舞いでも贈ろうか?」
「いえ、それは結構ですが。なぜ、ミアのことだと?」
「やっぱり! シルファが関心を抱いているなんて、彼女しかいないだろう?」
なぜドミニオがそう感じたのかは分からない。シルファは暗示を疑うべきかとドミニオを眺めるが、嬉しそうにはしゃぐ王子の様子は見慣れている。
自分の知っている王子と、何の違和感もない。
「王子がミアに贈った聖糖ですが、あれは王家に納められたものですか?」
「聖糖? ああ、違うよ。教会で配布しているのをもらってきたんだ。離れの書庫にこもる時は、たまにそうしてるんだけど」
王家専用に納められた聖糖ではない。ドミニオならばあり得るだろうと思っていたが、予想通りだった。これまでの猟奇事件を振り返っても、犯人に共通項はない。おそらく教会で聖糖に似せて無作為に配られている。
ヴァハラの権威の象徴。
魔力にも似た暗示を可能にする。人を意のままに動かす手段。魔力を高める血の搾取も容易にした。
序列が低いにも関らず、三大家の中で権威を高めていった大公ヴァハラ。
暗示のかかった聖糖が王子からミアに届いたのは、ただの偶然だったのだろうか。
偶然か必然か。シルファはどちらでも同じだということに気付く。
ミアに届かなくても、暗示をかけられた者が彼女を狙う可能性は高い。シルファが後見する異邦人。それだけで人々の深層に、異質な存在として根付く。異端児の烙印を押すだろう。
暗示に魔女狩りが示唆されているのなら、標的になる確率が高い。
「何か事件の手掛かりでも見つかった?」
ドミニオが興味深げに身を乗り出してくる。
「そうですね。少し影が見えたかもしれません」
素直に認めると、ドミニオが「やっぱりね」と頷いた。
「うん。そんな顔をしているよ。じゃあ、もう心配はいらないかな。さすがだね、Dサクリード」
無邪気に笑うドミニオに、シルファは苦笑する。まだ称賛には程遠い所にいるのが現状だった。
「でも、少し失敗しました」
「え? Dサクリードが?」
心底驚いたと言いたげに、ドミニオが目を丸くした。
「油断していたのかもしれません」
自嘲するように伝えると、ドミニオがことりとワイングラスを置いた。
「いいんじゃないかな」
意味が分からず王子の眼を見ると、ドミニオは笑う。
「僕はそんなシルファの方が親近感がわくよ。僕も含めて、みんなDサクリードに期待しすぎだからね」
ドミニオらしい意見だった。人懐こく憎めない性分をしている。シルファは彼への猜疑心を解いた。
「王子、ありがとうございます」
シルファが退出しようとすると、ドミニオの声が追いかけてきた。
「ねぇ、シルファ。事件が解決したらミアを連れておいでよ。美味しい食事を用意させるから」
シルファは王子を見返って笑う。
「――そうですね。ぜひ」
それはきっと楽しい一時になるだろう。けれど叶えることは出来ない。事件の解決と共に、全てが終焉する。そんな予感がしていた。
「シルファ!」
まるで檄を飛ばすかのように、王子の声が響いた。
「――約束だよ」
シルファの覚悟を貫くように、ドミニオは真摯な眼差しをしていた。自分の望む安息が、彼には伝わってしまったのかもしれない。
世間の評価より、いつもドミニオは聡明だった。第七王子という肩書に、わざと自分を合わせているのだろう。
「私はこれで失礼します、王子」
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