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第十二章 破られた盟約
4:捧げられた血
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無垢な心が、何かに囚われている。教会で感じた違和感の正体。シルファの中で歯車がかみ合って、回り始める。
「シルファの甘い香りがする。――聖女の血が、必要だよね」
ミアが自分の細い腕に、勢いよく噛みつく。
「ミア!? 何を――」
ぶつりと歯に破られた肌から血が流れる。彼女の細い腕を伝って、シルファのシャツに赤い染みが咲いた。傷口から、酔いそうな甘い香りが立ちのぼる。
「そんなことをしても意味がない!」
信じられない凶行。腕から流れる血を、ミアは差し出してくる。
「聖女の血」
「ミア?」
彼女に自分の声が届いているかどうかも、わからない。シルファは掲げるように差し出された腕をとって、首を横に振った。
「ミアが自分を傷つけても、意味がない」
聖女の血が必要だとしても、望む血には条件がある。流れ出た血では力にはならない。動脈を流れる、外気に触れない鮮血。崇高な一族が欲する、絶対的な血の条件。だからこそ、糧となる血を得るためには、頸動脈に歯を立てる必要がある。
自分を傷つけるミアの行為では何の糧にもならない。今は渇望も影を潜めている。
これ以上、彼女に生贄のような役割を強いたくはない。
「シルファ、どうして?」
どうして血を望んでくれないのかと、ミアが訴えかけてくる。
「私は大丈夫だから。今は満たされている」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
血から振りまかれる甘い香りが、シルファの本能をかき乱す。無防備に触れるミアの肢体が、渇望と見まちがいそうな欲望を刺激した。
「やめるんだ、ミア。私から離れ――」
「嫌!」
ミアが弾けるように声を高くする。
「どうして、拒むの!?」
彼女が忌々しげに傷口を爪で傷つける。さらに血が流れた。囚われた心が悲鳴をあげているように見える。
「わたしはシルファに血を捧げなくちゃいけないの! それが役目だから!」
ぎりぎりと嚙み痕に爪を立てて、ミアがさらに血を流す。甘い香りが濃度を増した。シルファが凶行を封じようとしても、激しく抗う。
「はなして! どうして!? わたしは血を与えなくちゃいけない!」
激昂するように、ミアが繰り返す。彼女の白い夜着にも血の染みが咲く。じわりと花開くように、血痕が滲んで広がる。
「わたしを拒まないで!」
「――ミア!」
自傷を続けるミアを封じるように、シルファが彼女の身体を抱き寄せた。彼女の血の香りが、哀しいほど甘い。抱きしめた身体は、変わらず細くて柔らかい。薄い夜着は何の妨げにもならず、彼女のぬくもりが伝わる。
「わたしの血を――」
全てが噛み合って回り出した歯車。シルファは全てを悟る。最悪の予感が形になった。
(どうして、こんなことに……、いったい、いつ? どうやって?)
本部で見た女の面影がよぎる。
目的を遂げなければ、彼女の衝動は止まらない。そして、正気には戻れない。
シルファはぎりっと歯を噛み締めた。
(――ヴァハラ!)
絶望的な思いで、自分の憶測が間違っていないことを思い知る。
魔力に頼らず人をとらえる。ヴァハラの専売特許とも言える手段。古の盟約は破られていた。いや、あるいはアラディアが秘匿していたのかもしれない。
「ミア――」
噛みつくように、彼女が聖女の恩恵を施してくる。もし正気であったなら、どれほどの悦びになっただろう。自分を求められて与えられるのなら、永遠に欲していたい。
焦がれて止まない聖女。それ以上に、何よりもミアを愛している。
唯一無二の女神。このままにはしておけない。
シルファは覚悟を決めた。
欲望のままに、崇高な一族の色香で染めあげる。囚われて失われた無垢な心を、自分が犯す。
「あ、ああ……」
腕の中で、ミアの狂気にも似た衝動が失われていく。
「――シルファ」
かわりにもたらされる甘い声。シルファを求めて彼女の全てが開かれる。抗うことを知らない欲望。細い腕が絡みつく。シルファは柔らかい身体を抱く力を緩めた。ミアの白い首筋に口付ける。
もう、引き返せない。
「――愛しているよ、ミア」
だから、全てを委ねて捧げてほしい。
その美しく甘い血を。糧を。
希望に応えるように、強くミアに触れる。色香に犯された彼女の嬌声が、静寂を貫いた。
「……私の聖女」
規則正しい脈動を感じる。シルファは、ゆっくりと白い首筋に歯を立てた。
――聖女よ、我に血を捧げよ。
「シルファの甘い香りがする。――聖女の血が、必要だよね」
ミアが自分の細い腕に、勢いよく噛みつく。
「ミア!? 何を――」
ぶつりと歯に破られた肌から血が流れる。彼女の細い腕を伝って、シルファのシャツに赤い染みが咲いた。傷口から、酔いそうな甘い香りが立ちのぼる。
「そんなことをしても意味がない!」
信じられない凶行。腕から流れる血を、ミアは差し出してくる。
「聖女の血」
「ミア?」
彼女に自分の声が届いているかどうかも、わからない。シルファは掲げるように差し出された腕をとって、首を横に振った。
「ミアが自分を傷つけても、意味がない」
聖女の血が必要だとしても、望む血には条件がある。流れ出た血では力にはならない。動脈を流れる、外気に触れない鮮血。崇高な一族が欲する、絶対的な血の条件。だからこそ、糧となる血を得るためには、頸動脈に歯を立てる必要がある。
自分を傷つけるミアの行為では何の糧にもならない。今は渇望も影を潜めている。
これ以上、彼女に生贄のような役割を強いたくはない。
「シルファ、どうして?」
どうして血を望んでくれないのかと、ミアが訴えかけてくる。
「私は大丈夫だから。今は満たされている」
「嘘だ」
「嘘じゃない」
血から振りまかれる甘い香りが、シルファの本能をかき乱す。無防備に触れるミアの肢体が、渇望と見まちがいそうな欲望を刺激した。
「やめるんだ、ミア。私から離れ――」
「嫌!」
ミアが弾けるように声を高くする。
「どうして、拒むの!?」
彼女が忌々しげに傷口を爪で傷つける。さらに血が流れた。囚われた心が悲鳴をあげているように見える。
「わたしはシルファに血を捧げなくちゃいけないの! それが役目だから!」
ぎりぎりと嚙み痕に爪を立てて、ミアがさらに血を流す。甘い香りが濃度を増した。シルファが凶行を封じようとしても、激しく抗う。
「はなして! どうして!? わたしは血を与えなくちゃいけない!」
激昂するように、ミアが繰り返す。彼女の白い夜着にも血の染みが咲く。じわりと花開くように、血痕が滲んで広がる。
「わたしを拒まないで!」
「――ミア!」
自傷を続けるミアを封じるように、シルファが彼女の身体を抱き寄せた。彼女の血の香りが、哀しいほど甘い。抱きしめた身体は、変わらず細くて柔らかい。薄い夜着は何の妨げにもならず、彼女のぬくもりが伝わる。
「わたしの血を――」
全てが噛み合って回り出した歯車。シルファは全てを悟る。最悪の予感が形になった。
(どうして、こんなことに……、いったい、いつ? どうやって?)
本部で見た女の面影がよぎる。
目的を遂げなければ、彼女の衝動は止まらない。そして、正気には戻れない。
シルファはぎりっと歯を噛み締めた。
(――ヴァハラ!)
絶望的な思いで、自分の憶測が間違っていないことを思い知る。
魔力に頼らず人をとらえる。ヴァハラの専売特許とも言える手段。古の盟約は破られていた。いや、あるいはアラディアが秘匿していたのかもしれない。
「ミア――」
噛みつくように、彼女が聖女の恩恵を施してくる。もし正気であったなら、どれほどの悦びになっただろう。自分を求められて与えられるのなら、永遠に欲していたい。
焦がれて止まない聖女。それ以上に、何よりもミアを愛している。
唯一無二の女神。このままにはしておけない。
シルファは覚悟を決めた。
欲望のままに、崇高な一族の色香で染めあげる。囚われて失われた無垢な心を、自分が犯す。
「あ、ああ……」
腕の中で、ミアの狂気にも似た衝動が失われていく。
「――シルファ」
かわりにもたらされる甘い声。シルファを求めて彼女の全てが開かれる。抗うことを知らない欲望。細い腕が絡みつく。シルファは柔らかい身体を抱く力を緩めた。ミアの白い首筋に口付ける。
もう、引き返せない。
「――愛しているよ、ミア」
だから、全てを委ねて捧げてほしい。
その美しく甘い血を。糧を。
希望に応えるように、強くミアに触れる。色香に犯された彼女の嬌声が、静寂を貫いた。
「……私の聖女」
規則正しい脈動を感じる。シルファは、ゆっくりと白い首筋に歯を立てた。
――聖女よ、我に血を捧げよ。
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