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第十一章:仕掛け

4:影の一族(シャドウ)の願い

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 ミアを離れで休ませ、シルファは本部でミアを襲った女と面会した。既に素性はあきらかになっており、街に住むごく普通の婦人である。これまでに悪い噂もなく、ミアとの接点もない。

 女は質問に黙秘を貫くが、時折ブツブツと何かを呟いている。

――聖女、魔女、人、捕らえ、狩れ、答え、己、汝、使命

 聞き取れる言葉は、意味が繋がるほどには追えない。
 これまでの猟奇的な殺人を犯した者達とは、明らかに様子が異なっていた。薬による中毒を起こしていると思いたいが、まだ結果は出ていない。
 シルファは女から情報を得ることを諦めた。

 その後は会議を行い、部下と迅速に情報共有をはかる。些末なことからミアに関わる事件まで、案件ごとの役割と得るべき情報の確認に費やして、半日が終わった。

 午後になってシルファが教会を訪れると、少年が失踪したという話が予想以上に聞こえてきた。聖堂はいつも通り解放されているらしく、聖糖を求めてきた人々が信憑性のない噂の火種を作っているようだった。

 ベルゼが変幻していた少年の件も、失踪事件として呪術対策局に届いている。シルファは少年ルミエの失踪事件を建前にして、旧聖堂の調査を行うことにした。

 この教会、または近隣には少年ルミエ――ベルゼを襲った人間もいるはずなのだ。
 犯人は気が気ではないだろう。消えた遺体について、もしかすると殺したはずの少年が生きているのではないかと恐れていても不思議ではない。

 残念なのは、ベルゼが犯人の姿を確認していないことだった。菜園の奥にある旧聖堂を調べている時に背後から一撃を受けた。非力な少年がこと切れるには充分すぎる凶行である。
 司祭のドラクルにルミエについての話を聞いてから、シルファはベルゼと旧聖堂へ入る承諾を取った。

「立ち入るのはかまいませんが、壁が崩れ落ちてきたりしますので、充分気を付けてください」

「わかりました」

 シルファはベルゼと共に菜園へ出る。そのまま旧聖堂の敷地へと足を進めた。

「今、一番怪しいのは、やはりドラクル司祭じゃないか?」

 菜園の側道を歩きながら、シルファが笑う。

「そうですね。私もそう考えています。ただ倒れる間際に見た靴は別人だったと思います」

「司祭に共犯がいる?」

「わかりませんが」

 ベルゼは自分を襲ったのが女性か子どもではないかと考えているようだ。シルファは深く吐息をつく。

「旧聖堂に何かあるのは間違いないだろうが、ドラクル司祭は私達にあっさりと開放した」

「そうですね。もしかすると遅かったのかもしれません。せっかくミアがヒントをくれたのに」

「甘い香りか」

「はい」

「聖女だけが感じる芳香。たしかに崇高な一族サクリードが関わっている可能性が格段に高くなった。この手掛かりが、そのままアラディアまで届けばいいが」

「――シルファ様」

「どうした?」

 背後でベルゼが立ち止まった気配を感じて、シルファも足を止めて振り返る。風が菜園の緑に波紋を描くように吹いた。シルファの銀髪が黄昏に向かっているけだるげな陽光を照り返す。

「ミアに聖なる光アウルを求めることはしないのですか? 彼女と共に生きる途を望むことは、影の一族わたしたちの幻想でしょうか?」

 表情のないベルゼに、シルファは面白そうに笑った。

「ミアを生贄に心臓を取り戻せと言っていたおまえの言葉とは思えないな」

聖なる光アウルには希望があります」

 ベルゼがまっすぐシルファを見つめる。視線を受け止めきれず、シルファは菜園の緑態に目を向けた。

「それは夢物語だな。私は長く在りすぎた。この世界には、もう崇高な一族サクリードの力は必要ない。一族を失ってから、私が望んだ世界はすでに完成している。人々は魔力に頼らない世界を手にした。私は今のマスティアが好きだよ。この世界を愛している」

影の一族わたしたちは、我が王の終焉を望みません」

崇高な一族サクリードが絶えたら、おまえたちは自由だ」

「我が王のいない世界に、なんの意味があるでしょう?」

崇高な一族サクリードは世界に残るさ。聖なる双書が信仰となって、ずっとこの世界にあり続ける。崇高な一族サクリードの思いが残ってめぐる。全てが失われるわけじゃない」

「我が王……」

 無表情なベルゼが、悲嘆にくれた声でつぶやいた。まるで乞うような、かすれた声が風に紛れる。

「ベルゼ。もう王はいない。私は全てを失った。――わかってほしい」

 シルファは再び旧聖堂に向かって歩き出す。ベルゼはそれ以上は何も言わず、主の後に付き従った。
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