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第十一章:仕掛け
5:破滅に至る記憶
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ミアと出会って、シルファにはわかったことがあった。
アラディアが自分に何を求めていたのか。
聖女への憧憬を越えて、ミアが自分にもたらしたもの。誰かを愛しいと思う気持ち。はじめは聖女への本能的な崇拝だと考えていたが、今ならわかる。
聖女への畏敬の念だけでは語りつくせない。
彼女を愛している。
アラディアが欲しがっていたのは、この想いなのだろう。
崇高な一族の王として、自分は孤高を貫くべきだったのだろうか。
魔力によって序列が決まる一族の世界。
王の親衛を務める影の一族。
王の下につく三大公。
アラディアは三大公の一角を担うヴァハラの娘だった。
ヴァハラは三大家の中では一番下位の序列にあった。だからこそ、魔力に執着したのだろう。一族の意向とは異なる黒の書への傾倒。人の血をもって魔力を高めることを厭わない。
犠牲を出すには至らないため、シルファは沈黙を守っていた。ヴァハラも一族の意向を理解はしていただろう。だが三大家には次第に確執が生じる。
どのように均衡を保つことが正しかったのか。三大家の提案をシルファは受け入れた。大公にも思惑があったに違いない。だが自分にとっては些末なことでしかなかった。
いずれヴァハラの娘であるアラディアを王の妃に据える。引き換えにヴァハラは一つの条件を呑む。その申し入れを受けたことが、破滅の始まりだったのかも知れない。
黒の書に傾倒しているアラディア。魔力による支配的な思想。
自分は一族としての矜持を説いたが、彼女に届いていたのかはわからない。
――人への庇護が、自分への愛を越えている。
アラディアの訴え。彼女は王の愛に執着していた。シルファは最大の労わりをもって接したが、彼女の求めていた物とは違っていたのだろう。
いや、あきらかに違っていたのだ。
自分はアラディアを愛してはいなかった。ミアに出会うまで、愛しさに心が動くことなど知らなかったのだ。
噛み合わない歯車。どこで間違えてしまったのだろう。
いまでも時折考えるが、すでに錆び付いた記憶になりつつある。後悔しても意味がない。
シルファは気持ちを切り替えて、旧聖堂の中を見て回る。
「シルファ様」
静寂に小さな声が通る。
締め切られた聖堂は闇に満ちており、シルファは手に灯りを持っていた。灯りに照らされた朽ちた造形。何も不審な面はない。向こう側で動いていたベルゼの灯りが、ゆっくりと動いてこちらへ近づいてくる。
「これといって、手掛かりになるようなものは見当たりませんが、一度陽光をいれましょうか」
「そうだな。明るくするだけで見える事もあるかもしれない」
ベルゼが鎧戸で閉ざされていた窓を開放していく。シルファも身近な窓の鎧戸から手にかけた。久しぶりに日の光が入った堂内は、朽ちていても美しい。
時間をかけて全ての窓を開放したが、やはり不審な様子はない。堂内からいくつか小部屋に繋がっているが、どこを調べても手掛かりになりそうな様子や痕跡はなかった。
「時折、人が出入りしているようですね」
たしかに蜘蛛の巣や埃から違いが見える。辿ってみても堂内から小部屋への行き来しているだけのようだ。司祭のドラクルが、時折様子を見るくらいのことはしているだろう。
「一度ミアを連れてくるのも良いかもしれないな。私達には見えない何かを見つけるかもしれない」
「そうですね」
調査を打ち切り、再び鎧戸を閉ざす頃には夕闇が迫り始めていた。再び外界の光を遮断されて、朽ちた聖堂内が闇に沈む。シルファはベルゼと共に旧聖堂を出た。
アラディアが自分に何を求めていたのか。
聖女への憧憬を越えて、ミアが自分にもたらしたもの。誰かを愛しいと思う気持ち。はじめは聖女への本能的な崇拝だと考えていたが、今ならわかる。
聖女への畏敬の念だけでは語りつくせない。
彼女を愛している。
アラディアが欲しがっていたのは、この想いなのだろう。
崇高な一族の王として、自分は孤高を貫くべきだったのだろうか。
魔力によって序列が決まる一族の世界。
王の親衛を務める影の一族。
王の下につく三大公。
アラディアは三大公の一角を担うヴァハラの娘だった。
ヴァハラは三大家の中では一番下位の序列にあった。だからこそ、魔力に執着したのだろう。一族の意向とは異なる黒の書への傾倒。人の血をもって魔力を高めることを厭わない。
犠牲を出すには至らないため、シルファは沈黙を守っていた。ヴァハラも一族の意向を理解はしていただろう。だが三大家には次第に確執が生じる。
どのように均衡を保つことが正しかったのか。三大家の提案をシルファは受け入れた。大公にも思惑があったに違いない。だが自分にとっては些末なことでしかなかった。
いずれヴァハラの娘であるアラディアを王の妃に据える。引き換えにヴァハラは一つの条件を呑む。その申し入れを受けたことが、破滅の始まりだったのかも知れない。
黒の書に傾倒しているアラディア。魔力による支配的な思想。
自分は一族としての矜持を説いたが、彼女に届いていたのかはわからない。
――人への庇護が、自分への愛を越えている。
アラディアの訴え。彼女は王の愛に執着していた。シルファは最大の労わりをもって接したが、彼女の求めていた物とは違っていたのだろう。
いや、あきらかに違っていたのだ。
自分はアラディアを愛してはいなかった。ミアに出会うまで、愛しさに心が動くことなど知らなかったのだ。
噛み合わない歯車。どこで間違えてしまったのだろう。
いまでも時折考えるが、すでに錆び付いた記憶になりつつある。後悔しても意味がない。
シルファは気持ちを切り替えて、旧聖堂の中を見て回る。
「シルファ様」
静寂に小さな声が通る。
締め切られた聖堂は闇に満ちており、シルファは手に灯りを持っていた。灯りに照らされた朽ちた造形。何も不審な面はない。向こう側で動いていたベルゼの灯りが、ゆっくりと動いてこちらへ近づいてくる。
「これといって、手掛かりになるようなものは見当たりませんが、一度陽光をいれましょうか」
「そうだな。明るくするだけで見える事もあるかもしれない」
ベルゼが鎧戸で閉ざされていた窓を開放していく。シルファも身近な窓の鎧戸から手にかけた。久しぶりに日の光が入った堂内は、朽ちていても美しい。
時間をかけて全ての窓を開放したが、やはり不審な様子はない。堂内からいくつか小部屋に繋がっているが、どこを調べても手掛かりになりそうな様子や痕跡はなかった。
「時折、人が出入りしているようですね」
たしかに蜘蛛の巣や埃から違いが見える。辿ってみても堂内から小部屋への行き来しているだけのようだ。司祭のドラクルが、時折様子を見るくらいのことはしているだろう。
「一度ミアを連れてくるのも良いかもしれないな。私達には見えない何かを見つけるかもしれない」
「そうですね」
調査を打ち切り、再び鎧戸を閉ざす頃には夕闇が迫り始めていた。再び外界の光を遮断されて、朽ちた聖堂内が闇に沈む。シルファはベルゼと共に旧聖堂を出た。
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