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第十一章:仕掛け
3:異なる聖糖
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離れの書庫で何冊かの絵本を手に取って、ミアは各階に設けられている小さな卓に、抱えていた絵本とドミニオにもらった聖糖を置いた。隣に配置されている長椅子に掛けてさっそく絵本を開く。以前よりは文字の多い絵本が読めるようになっていた。
書庫内にも影の一族の気配はあるが、静寂は守られている。ミアが一冊の絵本を読み終えた時、食事を用意してくれたゲルムが近づいてきた。
「珈琲がお好きだと聞いたので、お持ちしました」
「わぁ、ありがとうございます。あ、そうだ」
ミアは小卓に置いてあった白い包みに手を伸ばす。
「せっかくだから、王子にもらった聖糖をいただこうかな」
「では、こちらの器に移しましょう」
ゲルムが白い包みを開き、小さな器に盛った。角砂糖のような白い立方体。全て同じはずなのに、ミアは一つだけ色目のある聖糖を見つけた。光の加減だろうか。淡緑の色合い。かすかに発光しているように見える。
「これ、一つだけ緑に光ってないですか?」
教会で補充をした経験もあるが、色の付いた聖糖を見たのは初めてだった。錯覚かと思い、異色を放っている立方体をつまんで掌にのせる。窓からの陽光に当ててみるが、やはりかすかに緑色をしている。
「聖糖に色付きなんてあるんだ?」
ミアが角度を変えて眺めていると、傍で一部始終を見ていたゲルムが首を傾げた。
「色? 僕には全て純白に見えますけど」
「え? ほらこれ。これだけ淡い緑色してませんか? それに影で見ると少し光って見えるみたい」
ミアはゲルムの掌に、ころりと色の付いた聖糖をのせた。彼は綺麗な瞳でしげしげと眺めて、もう一度首をひねる。
「いえ、白いですよ。他のと同じように見えます」
ゲルムは器からもう一つ聖糖をとって掌にのせ、二つを比べるように眺める。ミアには明らかに色が異なるが、彼にはわからないようだった。
「同じですよ」
「そう、ですね」
視界の中で二つの違いは明白だったが、ミアは光と影の加減なのかもしれないと思いなおす。
「味は同じなのかな」
味覚を失っているので確かめようもないが、ゲルムが不思議そうに二つを見比べていたので、ミアは色の付いた聖糖を手に取って、少しだけ舐めてみた。
「甘い!」
「ええ、聖糖は甘くておいしいですよね」
ゲルムはミアの事情を知らないようだ。大袈裟にも見える反応にほほ笑むが、ミアには衝撃だった。
シルファの唾液と色香避けに加えて、聖糖。
甘く感じるものが増えていく。聖糖が甘いなら、味覚への欲求が癒される術になる。
ミアは期待を込めて純白の聖糖も舐めてみたが、やはり味を感じない。
「なんだろう、これ。当たりくじみたいなものかな」
「当たりくじ?」
「あ、ううん。なんでもないです」
ミアは淡く緑に発光している聖糖を眺める。ひとつだけ他とは違うが、自分の錯覚なのだろうか。または教会の遊び心だろうか。口に含むことにためらいがあったが、甘さに反応してしまったせいか、味覚への飢えが急激に高まっていた。味覚に触れた味を確かめたくなる。思い切って口に含むと、酔いそうな甘さが口内に満ちた。与えられる味覚への刺激に、思わず身震いする。
「おいしい」
ミアの嬉しそうな様子に微笑みながら、ゲルムが器に珈琲をそそぐ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ミアは唾液に残る甘さを追いかける。口内から甘味が失われてから、ようやく芳香を漂わせる珈琲をすすった。
何冊目かの絵本を読み終えて、さらに新しい絵本を開いた時、ミアはやはり教会に行くべきだという気持ちになっていた。不安に感じるほど、その気持ちが高まっている。
(やっぱり、わたしはルミエが心配なんだ)
あどけなさの残った少年の事を思うと、自分が教会へ行きたくなるのは仕方がないと思う。
姿が見えなくなったというが、本当だろうか。教会に何か手掛かりになるものは残されていないだろうか。考え始めると、ミアは居ても立ってもいられなくなる。
貧血によるふらつきも大したことはない。
窓の外を見ると、昼下がりの陽光が黄昏に近づいているのを感じた。自分が呑気に絵本を読んでいたことに罪悪感が生まれる。
ミアは手早く絵本を片付けて、書庫の正面扉に向かった。
「こちらはいけません」
正面扉の両脇に立っていた影の一族が、声を揃えてミアの進路をふさぐ。
「ミア? どこへ行くんですか? 戻るなら二階の通路から」
気配を感じなかったが、ゲルムは書庫にとどまっていたようだ。素早く書庫の大きな扉の前に駆け付けてくる。三人の影の一族に阻まれて、ミアは仕方なく立ち止まった。
「わたし、教会へ行きたいんです」
「教会へ?」
「はい。やっぱり、ルミエが心配で」
「――お気持ちはわかりますが、今日は諦めてください」
「でも、いなくなった手掛かりを探すなら、早い方がいいんじゃないかって」
「きっと教会が手配をして捜索をしてくれているはずです。ミアは貧血気味ですし、王宮の離れからお出しすることはできません。今あなたに出歩かれるとシルファ様が心配されます」
「シルファが――」
そうかもしれないと思う。彼の気遣いはわかっているが、自分はどうしても教会へ行きたい。
行かなければならない。
「でも、教会に行かなくちゃ」
「ミア、いけません」
「すごく嫌な予感がするんです。わたし、教会に行かなくちゃ」
諦めることができない。自分の身の危険は承知しているが、今は胸に広がった不安が上回っている。
ルミエへの心配が肥大する。教会に行きたい。
行かなければならない。
「お願いです。教会に行かせて!」
「――……」
ゲルムは戸惑った顔をしたが、決して縦に首を振らなかった。ミアは考えを改める。
「――ごめんなさい。そうですよね。私がここを出るとみんなに迷惑がかかっちゃう」
「そういうわけでは」
「ごめんなさい。とりあえず部屋に戻ります」
ミアはゲルムに案内されて、離れへと戻った。
(――でも、わたしは教会に行かなくちゃ……)
書庫内にも影の一族の気配はあるが、静寂は守られている。ミアが一冊の絵本を読み終えた時、食事を用意してくれたゲルムが近づいてきた。
「珈琲がお好きだと聞いたので、お持ちしました」
「わぁ、ありがとうございます。あ、そうだ」
ミアは小卓に置いてあった白い包みに手を伸ばす。
「せっかくだから、王子にもらった聖糖をいただこうかな」
「では、こちらの器に移しましょう」
ゲルムが白い包みを開き、小さな器に盛った。角砂糖のような白い立方体。全て同じはずなのに、ミアは一つだけ色目のある聖糖を見つけた。光の加減だろうか。淡緑の色合い。かすかに発光しているように見える。
「これ、一つだけ緑に光ってないですか?」
教会で補充をした経験もあるが、色の付いた聖糖を見たのは初めてだった。錯覚かと思い、異色を放っている立方体をつまんで掌にのせる。窓からの陽光に当ててみるが、やはりかすかに緑色をしている。
「聖糖に色付きなんてあるんだ?」
ミアが角度を変えて眺めていると、傍で一部始終を見ていたゲルムが首を傾げた。
「色? 僕には全て純白に見えますけど」
「え? ほらこれ。これだけ淡い緑色してませんか? それに影で見ると少し光って見えるみたい」
ミアはゲルムの掌に、ころりと色の付いた聖糖をのせた。彼は綺麗な瞳でしげしげと眺めて、もう一度首をひねる。
「いえ、白いですよ。他のと同じように見えます」
ゲルムは器からもう一つ聖糖をとって掌にのせ、二つを比べるように眺める。ミアには明らかに色が異なるが、彼にはわからないようだった。
「同じですよ」
「そう、ですね」
視界の中で二つの違いは明白だったが、ミアは光と影の加減なのかもしれないと思いなおす。
「味は同じなのかな」
味覚を失っているので確かめようもないが、ゲルムが不思議そうに二つを見比べていたので、ミアは色の付いた聖糖を手に取って、少しだけ舐めてみた。
「甘い!」
「ええ、聖糖は甘くておいしいですよね」
ゲルムはミアの事情を知らないようだ。大袈裟にも見える反応にほほ笑むが、ミアには衝撃だった。
シルファの唾液と色香避けに加えて、聖糖。
甘く感じるものが増えていく。聖糖が甘いなら、味覚への欲求が癒される術になる。
ミアは期待を込めて純白の聖糖も舐めてみたが、やはり味を感じない。
「なんだろう、これ。当たりくじみたいなものかな」
「当たりくじ?」
「あ、ううん。なんでもないです」
ミアは淡く緑に発光している聖糖を眺める。ひとつだけ他とは違うが、自分の錯覚なのだろうか。または教会の遊び心だろうか。口に含むことにためらいがあったが、甘さに反応してしまったせいか、味覚への飢えが急激に高まっていた。味覚に触れた味を確かめたくなる。思い切って口に含むと、酔いそうな甘さが口内に満ちた。与えられる味覚への刺激に、思わず身震いする。
「おいしい」
ミアの嬉しそうな様子に微笑みながら、ゲルムが器に珈琲をそそぐ。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
ミアは唾液に残る甘さを追いかける。口内から甘味が失われてから、ようやく芳香を漂わせる珈琲をすすった。
何冊目かの絵本を読み終えて、さらに新しい絵本を開いた時、ミアはやはり教会に行くべきだという気持ちになっていた。不安に感じるほど、その気持ちが高まっている。
(やっぱり、わたしはルミエが心配なんだ)
あどけなさの残った少年の事を思うと、自分が教会へ行きたくなるのは仕方がないと思う。
姿が見えなくなったというが、本当だろうか。教会に何か手掛かりになるものは残されていないだろうか。考え始めると、ミアは居ても立ってもいられなくなる。
貧血によるふらつきも大したことはない。
窓の外を見ると、昼下がりの陽光が黄昏に近づいているのを感じた。自分が呑気に絵本を読んでいたことに罪悪感が生まれる。
ミアは手早く絵本を片付けて、書庫の正面扉に向かった。
「こちらはいけません」
正面扉の両脇に立っていた影の一族が、声を揃えてミアの進路をふさぐ。
「ミア? どこへ行くんですか? 戻るなら二階の通路から」
気配を感じなかったが、ゲルムは書庫にとどまっていたようだ。素早く書庫の大きな扉の前に駆け付けてくる。三人の影の一族に阻まれて、ミアは仕方なく立ち止まった。
「わたし、教会へ行きたいんです」
「教会へ?」
「はい。やっぱり、ルミエが心配で」
「――お気持ちはわかりますが、今日は諦めてください」
「でも、いなくなった手掛かりを探すなら、早い方がいいんじゃないかって」
「きっと教会が手配をして捜索をしてくれているはずです。ミアは貧血気味ですし、王宮の離れからお出しすることはできません。今あなたに出歩かれるとシルファ様が心配されます」
「シルファが――」
そうかもしれないと思う。彼の気遣いはわかっているが、自分はどうしても教会へ行きたい。
行かなければならない。
「でも、教会に行かなくちゃ」
「ミア、いけません」
「すごく嫌な予感がするんです。わたし、教会に行かなくちゃ」
諦めることができない。自分の身の危険は承知しているが、今は胸に広がった不安が上回っている。
ルミエへの心配が肥大する。教会に行きたい。
行かなければならない。
「お願いです。教会に行かせて!」
「――……」
ゲルムは戸惑った顔をしたが、決して縦に首を振らなかった。ミアは考えを改める。
「――ごめんなさい。そうですよね。私がここを出るとみんなに迷惑がかかっちゃう」
「そういうわけでは」
「ごめんなさい。とりあえず部屋に戻ります」
ミアはゲルムに案内されて、離れへと戻った。
(――でも、わたしは教会に行かなくちゃ……)
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