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第十章:手掛かり
5:魔法陣
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「どこかで見たことあるような気もするけど、どこにでもいそうな女性だっだし。気のせいかなって」
「たしかにこれと言って特徴のあるご婦人ではなかったですね」
「でしょ? あ、でも女の人に声をかけられる前に、司祭服を見た気がする」
ミアは視界の端をよぎった白い影のことを思い出す。裾を縁取る細工に見覚えがあった。教会でドラクルが着ているものと同じだった。そこまで考えた時、かちりと記憶が符合した。
「あ! あの人、教会でドラクル司祭と話していた人だ」
「え? 司祭とですか?」
セラフィが意外そうに目を丸くする。
「うん。ルミエが気になるって言って、様子をうかがっていた人」
「――なるほど」
シルファが長椅子から立ち上がる。再び大きな鏡の前に立った。
「ベルゼも何かを掴んでいる筈だ。すぐに戻そう」
「え? ベルゼが? そういえば瀕死だって」
さっと心配と不安が蘇る。ミアの気持ちを察したのか、セラフィが明るい声を出した。
「ああ、ベルゼも、もう大丈夫ですよ」
どこか面白そうにセラフィが笑う。たしかに彼女には、この離れに来た時のような焦りや不安はどこにもない。
「本当に? それなら良かったけど」
安堵するミアの前で、セラフィが伺うようにシルファに声をかけた。
「でも、シルファ様。――相当な力を消耗しますよ」
「わかっているが心配には及ばない。聖女の血の恩恵で、今ならいける」
セラフィが感嘆するように息を吐いた。
「さすが、ですね」
ミアとセラフィが見守る中、シルファが台座に置かれた大きな鏡――魔鏡に手をかざした。
シルファの澄んだ瞳がくっきりとした蛍光色に輝き、じわりと色を移していく。
紫から赤へ。
彼の手元から、光が円を形作るように細い筋を描く。複雑な模様を編み上げるように、シルファの掌から光線が広がっていく。
光で描かれた美しい円模様――魔法陣が室内に満ちた。
「――この手に戻れ、ベルゼ」
魔鏡が発光し、空へ駆けあがるように光が立ち上る。眩しくて正視できない。ミアが思わず手をかざすと、鏡面から光の塊が伸びあがってきた。部屋中に広がっている複雑に描かれた模様が、ひときわ強く発光する。
同時に、ミアの視界に細い銀色の帯がよぎった。舞い踊る細い糸。すぐにシルファの銀髪であると気づく。急激に伸びた髪が辺りに広がって、魔鏡の光を受けて輝いた。
ミアは息を呑む。
見たことのない迫力に満ちた、美しい光景。
「――我が王、力を取り戻されたのですか」
いつの間にかシルファの前に黒い影が跪いていた。彼の手から放たれていた美しい模様がすうっと収斂する。頭髪が身の丈よりも長くなっている。癖のない輝く銀髪。立っているだけで、天上の神々のような厳かな雰囲気を纏っている。
(……我が王って?)
「ベルゼ。おかえり」
シルファは長くなった髪を鬱陶しそうにかき上げてから、ばさりと手を離した。長い銀髪が残像のように舞い、まるで手品のようにいつもの長さに戻る。これまでと変わらない姿、話し方。慣れた仕草を見て、ミアはシルファへの親近感を取り戻した。
彼の前で跪いてた影がすっと立ち上がる。黒猫のように静謐でしなやかな立ち居振る舞い。ミアもよく知っているベルゼだった。
「シルファ様、力が戻ったのですか?」
「聖女のおかげで、一時的にだがな」
「しばらく、お傍には戻れないと思っていました」
「私もそれは覚悟した。おまえを非力な形に変幻させたのは失敗だったよ。悪かったな」
「いえ。仕方がありません」
ミアは茫然と長椅子に座っているだけだったが、二人の会話で現実に引き戻される。
「ほんとにベルゼ? っていうか、これが魔法? シルファってば凄すぎない? ほんとに? トリックとかじゃなくて?」
「ミア、落ち着いて下さい」
「だって、ブワーって光ってすごかったよ?」
セラフィに軽く肩を叩かれるが、驚いてしまうのは仕方がない。シルファはミアの戸惑った様子に笑っている。ベルゼがすっと踵を返してミアに歩み寄って来るが、相変わらず足音がしない。
「シルファ様に血を与え、その身を捧げてくれたのですか?」
「えっ?」
「残念ながら血を与えてもらっただけですよ。彼女はまだ処女で~す」
ミアよりも早くセラフィが答えてくれる。頰を染めるミアを置き去りにしたまま、ベルゼは不思議そうに首を傾げている。
「いったいどうやって?」
「そこは私の知恵でうまくやりました」
ベルゼに向かって自慢げに胸をはるセラフィに、シルファが呆れた声を出す。
「――ただの無謀な作戦だったがな」
「そうでしょうね」
なぜかベルゼがすぐに納得する。むっと拗ねるセラフィを見ながら、シルファが笑った。
「ベルゼも戻ったことだし、早速で悪いが現状を本部で共有したい。話もそこでまとめて聞く。いくつか動くべき案件もある。会議を開くぞ」
「かしこまりました」
「はい」
混乱が冷め切らないミアに、シルファが近づいてくる。
「ミアは少しこの部屋で休んでいると良い。私の力を巡らせておくから、安全は保証する」
「あ、――うん。ありがとう」
聞きたいことが山のようにあったが、ミアは何も言えなかった。
シルファと自分の間にある乗り越えられない壁。
自分はいつまでこの世界にいることができるのだろう。
改めて、いつか訪れる別れを噛み締めるだけだった。
「たしかにこれと言って特徴のあるご婦人ではなかったですね」
「でしょ? あ、でも女の人に声をかけられる前に、司祭服を見た気がする」
ミアは視界の端をよぎった白い影のことを思い出す。裾を縁取る細工に見覚えがあった。教会でドラクルが着ているものと同じだった。そこまで考えた時、かちりと記憶が符合した。
「あ! あの人、教会でドラクル司祭と話していた人だ」
「え? 司祭とですか?」
セラフィが意外そうに目を丸くする。
「うん。ルミエが気になるって言って、様子をうかがっていた人」
「――なるほど」
シルファが長椅子から立ち上がる。再び大きな鏡の前に立った。
「ベルゼも何かを掴んでいる筈だ。すぐに戻そう」
「え? ベルゼが? そういえば瀕死だって」
さっと心配と不安が蘇る。ミアの気持ちを察したのか、セラフィが明るい声を出した。
「ああ、ベルゼも、もう大丈夫ですよ」
どこか面白そうにセラフィが笑う。たしかに彼女には、この離れに来た時のような焦りや不安はどこにもない。
「本当に? それなら良かったけど」
安堵するミアの前で、セラフィが伺うようにシルファに声をかけた。
「でも、シルファ様。――相当な力を消耗しますよ」
「わかっているが心配には及ばない。聖女の血の恩恵で、今ならいける」
セラフィが感嘆するように息を吐いた。
「さすが、ですね」
ミアとセラフィが見守る中、シルファが台座に置かれた大きな鏡――魔鏡に手をかざした。
シルファの澄んだ瞳がくっきりとした蛍光色に輝き、じわりと色を移していく。
紫から赤へ。
彼の手元から、光が円を形作るように細い筋を描く。複雑な模様を編み上げるように、シルファの掌から光線が広がっていく。
光で描かれた美しい円模様――魔法陣が室内に満ちた。
「――この手に戻れ、ベルゼ」
魔鏡が発光し、空へ駆けあがるように光が立ち上る。眩しくて正視できない。ミアが思わず手をかざすと、鏡面から光の塊が伸びあがってきた。部屋中に広がっている複雑に描かれた模様が、ひときわ強く発光する。
同時に、ミアの視界に細い銀色の帯がよぎった。舞い踊る細い糸。すぐにシルファの銀髪であると気づく。急激に伸びた髪が辺りに広がって、魔鏡の光を受けて輝いた。
ミアは息を呑む。
見たことのない迫力に満ちた、美しい光景。
「――我が王、力を取り戻されたのですか」
いつの間にかシルファの前に黒い影が跪いていた。彼の手から放たれていた美しい模様がすうっと収斂する。頭髪が身の丈よりも長くなっている。癖のない輝く銀髪。立っているだけで、天上の神々のような厳かな雰囲気を纏っている。
(……我が王って?)
「ベルゼ。おかえり」
シルファは長くなった髪を鬱陶しそうにかき上げてから、ばさりと手を離した。長い銀髪が残像のように舞い、まるで手品のようにいつもの長さに戻る。これまでと変わらない姿、話し方。慣れた仕草を見て、ミアはシルファへの親近感を取り戻した。
彼の前で跪いてた影がすっと立ち上がる。黒猫のように静謐でしなやかな立ち居振る舞い。ミアもよく知っているベルゼだった。
「シルファ様、力が戻ったのですか?」
「聖女のおかげで、一時的にだがな」
「しばらく、お傍には戻れないと思っていました」
「私もそれは覚悟した。おまえを非力な形に変幻させたのは失敗だったよ。悪かったな」
「いえ。仕方がありません」
ミアは茫然と長椅子に座っているだけだったが、二人の会話で現実に引き戻される。
「ほんとにベルゼ? っていうか、これが魔法? シルファってば凄すぎない? ほんとに? トリックとかじゃなくて?」
「ミア、落ち着いて下さい」
「だって、ブワーって光ってすごかったよ?」
セラフィに軽く肩を叩かれるが、驚いてしまうのは仕方がない。シルファはミアの戸惑った様子に笑っている。ベルゼがすっと踵を返してミアに歩み寄って来るが、相変わらず足音がしない。
「シルファ様に血を与え、その身を捧げてくれたのですか?」
「えっ?」
「残念ながら血を与えてもらっただけですよ。彼女はまだ処女で~す」
ミアよりも早くセラフィが答えてくれる。頰を染めるミアを置き去りにしたまま、ベルゼは不思議そうに首を傾げている。
「いったいどうやって?」
「そこは私の知恵でうまくやりました」
ベルゼに向かって自慢げに胸をはるセラフィに、シルファが呆れた声を出す。
「――ただの無謀な作戦だったがな」
「そうでしょうね」
なぜかベルゼがすぐに納得する。むっと拗ねるセラフィを見ながら、シルファが笑った。
「ベルゼも戻ったことだし、早速で悪いが現状を本部で共有したい。話もそこでまとめて聞く。いくつか動くべき案件もある。会議を開くぞ」
「かしこまりました」
「はい」
混乱が冷め切らないミアに、シルファが近づいてくる。
「ミアは少しこの部屋で休んでいると良い。私の力を巡らせておくから、安全は保証する」
「あ、――うん。ありがとう」
聞きたいことが山のようにあったが、ミアは何も言えなかった。
シルファと自分の間にある乗り越えられない壁。
自分はいつまでこの世界にいることができるのだろう。
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