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第十章:手掛かり
4:血の威力
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抱きしめられていると理解した途端、ミアは緊張してしまう。
「ありがとう、ミア。おまえは、必ず元の世界に帰すから」
「――うん」
「約束するよ」
振り払うことができず、ミアはじっとシルファの胸に頬を寄せていた。シルファには自分を召喚したことを後悔してほしくない。元の世界に帰った後、もしシルファが自分を思い出すことがあるのなら。
一緒に過ごした日々が、できるだけ綺麗な想い出になれば良いと思う。
温もりのある身体に、ミアはほっとした。とくりと規則正しい鼓動が聞こえてくる。
(ん?)
とくりと脈打つ鼓動。ミアは途轍もない違和感を覚えた。
(心臓の音が、する?)
「動いてる!?」
思わず勢いよく顔を上げてしまい、ミアは再びくらりとした眩暈に襲われた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ごめん」
ふらつきをやり過ごして、ミアはシルファの顔を仰ぐ。
「シルファの胸から鼓動が聞こえるんだけど! 心臓を失ったんじゃなかったの?」
「え? 本当ですか?」
セラフィも身を乗り出してくる。シルファは「よく気が付いたな」と好戦的な笑顔を浮かべた。
「ミアのおかげだな。渇望を癒すだけでなく、力にまで余裕ができた。だから、ちょっと試してみたが、うまくいったみたいだな」
「試すって何を? もしかしてシルファの心臓は元に戻ったの?」
「――残念ながら、これは一時的な方法。偽物の心臓といったところかな。できるだけ魔力を効率良く使えるようにしただけだ。自分で供給できる訳じゃないから、聖女の血で補った力が潰えると、無くなってしまうだろうな」
「また、鼓動が聞こえなくなる?」
「そういうこと」
残念だと思う心の片隅で、ミアは安堵している自分を感じていた。シルファが心臓を取り戻して、本来の魔力を得ると、ミアは元の世界に帰れるのだ。マスティアにいる意味も、シルファの傍にいる意味もなくなってしまう。
元の世界に帰りたい気持ちはある。けれど、それは今ではないのだ。
いつか帰ることが出来れば、それで良い。
(まだ、帰りたくない……)
自分は、まだシルファの傍にいたい。
ミアは自分の内に芽生えていた矛盾した思いに戸惑う。身を乗り出していたセラフィの「すごいですね」という声で我に返った。
「本当に聖女の血の威力って、すごいんですね。そういうことですか。じゃあ、シルファ様は、しばらく渇くこともないですね」
さっきまでのミアの戸惑いは、セラフィの言葉ですぐに姿を潜めた。シルファの渇きが癒されているのなら、聖女の恩恵を求めてくることもない。良かったと思う心の裏で、今度は残念な気持ちがあった。
(いや、キスしたいわけじゃなくて、甘いものがおあずけって意味で……)
あたふたと自分にそんな言い訳をしていると、セラフィが「でも、ちょっと残念ですね」とまるでミアの心中を代弁しているかのような一言を放った。
「残念? 何が残念なんだ」
シルファは意図がわからないようだが、ミアはセラフィが余計なことを言うのではないかと気が気ではなくなる。
「え? シルファ様も残念でしょ? だってミアにキスできる理由がなくなっちゃったんですよ?」
「おまえはいったい、私のことを何だと思っているんだ」
「いえ、酔っていたとはいえ、愛してるという台詞がなかなか衝撃的だったので」
「私には未だに信じられないな」
シルファが苦々し気に呟く。ミアは複雑な気持ちになったが、とりあえずセラフィの矛先は自分には向いていないようだ。
ほっと安心したのも束の間で、セラフィが狙っていたかのように、にこやかな顔でミアを見た。
「ミアもシルファ様とキスできなくて残念でしょ?」
「そんなわけないでしょ!」
すぐに全否定したが、顔には瞬時に熱がこもる。思わず両手で頬をおさえた。ちらりとシルファの顔を窺うと、しっかりと目があってしまう。ミアは余計に狼狽えて、ますます顔が赤くなった。
シルファが意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「おやつが欲しくなったら、遠慮せずに言ってくれれば良い」
「さ、最低!」
「女の子は無償に甘い物がほしくなるんだろ?」
「いりません!」
「それは残念だな」
完全に人をからかって遊んでいる。ミアはそっぽ向いたが、近くの小卓の上で小さな器に入れられた色香避けが視界に入った。
「そういえば色香避けは甘い味がした。おやつに欲しいかも」
「あ~、なるほど。んーと、でも駄目です、ミア」
セラフィが指を交差させてバツ印を作る。
「これは駄目です。甘いものが欲しかったらシルファ様にねだって下さい」
「セラフィまで変なこと言わないでよ」
「変じゃありません。私はミアにはシルファ様をもっと好きになってほしいですから」
「セラフィ、いい加減にしろ」
シルファも余計なおせっかいだと思ったのか、話を元に戻す。
「ミアを襲った女の身元は? これまでにミアと何か接点があったのか?」
「あ。それをミアに聞いてみようと思っていたんです」
セラフィも一瞬で頭を切り替えて、ミアを見た。ミア咄嗟に横に首を振る。
「知らない人だと思う」
「思うって?」
シルファが見逃さずにミアを見た。
「ありがとう、ミア。おまえは、必ず元の世界に帰すから」
「――うん」
「約束するよ」
振り払うことができず、ミアはじっとシルファの胸に頬を寄せていた。シルファには自分を召喚したことを後悔してほしくない。元の世界に帰った後、もしシルファが自分を思い出すことがあるのなら。
一緒に過ごした日々が、できるだけ綺麗な想い出になれば良いと思う。
温もりのある身体に、ミアはほっとした。とくりと規則正しい鼓動が聞こえてくる。
(ん?)
とくりと脈打つ鼓動。ミアは途轍もない違和感を覚えた。
(心臓の音が、する?)
「動いてる!?」
思わず勢いよく顔を上げてしまい、ミアは再びくらりとした眩暈に襲われた。
「大丈夫か?」
「う、うん。ごめん」
ふらつきをやり過ごして、ミアはシルファの顔を仰ぐ。
「シルファの胸から鼓動が聞こえるんだけど! 心臓を失ったんじゃなかったの?」
「え? 本当ですか?」
セラフィも身を乗り出してくる。シルファは「よく気が付いたな」と好戦的な笑顔を浮かべた。
「ミアのおかげだな。渇望を癒すだけでなく、力にまで余裕ができた。だから、ちょっと試してみたが、うまくいったみたいだな」
「試すって何を? もしかしてシルファの心臓は元に戻ったの?」
「――残念ながら、これは一時的な方法。偽物の心臓といったところかな。できるだけ魔力を効率良く使えるようにしただけだ。自分で供給できる訳じゃないから、聖女の血で補った力が潰えると、無くなってしまうだろうな」
「また、鼓動が聞こえなくなる?」
「そういうこと」
残念だと思う心の片隅で、ミアは安堵している自分を感じていた。シルファが心臓を取り戻して、本来の魔力を得ると、ミアは元の世界に帰れるのだ。マスティアにいる意味も、シルファの傍にいる意味もなくなってしまう。
元の世界に帰りたい気持ちはある。けれど、それは今ではないのだ。
いつか帰ることが出来れば、それで良い。
(まだ、帰りたくない……)
自分は、まだシルファの傍にいたい。
ミアは自分の内に芽生えていた矛盾した思いに戸惑う。身を乗り出していたセラフィの「すごいですね」という声で我に返った。
「本当に聖女の血の威力って、すごいんですね。そういうことですか。じゃあ、シルファ様は、しばらく渇くこともないですね」
さっきまでのミアの戸惑いは、セラフィの言葉ですぐに姿を潜めた。シルファの渇きが癒されているのなら、聖女の恩恵を求めてくることもない。良かったと思う心の裏で、今度は残念な気持ちがあった。
(いや、キスしたいわけじゃなくて、甘いものがおあずけって意味で……)
あたふたと自分にそんな言い訳をしていると、セラフィが「でも、ちょっと残念ですね」とまるでミアの心中を代弁しているかのような一言を放った。
「残念? 何が残念なんだ」
シルファは意図がわからないようだが、ミアはセラフィが余計なことを言うのではないかと気が気ではなくなる。
「え? シルファ様も残念でしょ? だってミアにキスできる理由がなくなっちゃったんですよ?」
「おまえはいったい、私のことを何だと思っているんだ」
「いえ、酔っていたとはいえ、愛してるという台詞がなかなか衝撃的だったので」
「私には未だに信じられないな」
シルファが苦々し気に呟く。ミアは複雑な気持ちになったが、とりあえずセラフィの矛先は自分には向いていないようだ。
ほっと安心したのも束の間で、セラフィが狙っていたかのように、にこやかな顔でミアを見た。
「ミアもシルファ様とキスできなくて残念でしょ?」
「そんなわけないでしょ!」
すぐに全否定したが、顔には瞬時に熱がこもる。思わず両手で頬をおさえた。ちらりとシルファの顔を窺うと、しっかりと目があってしまう。ミアは余計に狼狽えて、ますます顔が赤くなった。
シルファが意地の悪そうな笑みを浮かべた。
「おやつが欲しくなったら、遠慮せずに言ってくれれば良い」
「さ、最低!」
「女の子は無償に甘い物がほしくなるんだろ?」
「いりません!」
「それは残念だな」
完全に人をからかって遊んでいる。ミアはそっぽ向いたが、近くの小卓の上で小さな器に入れられた色香避けが視界に入った。
「そういえば色香避けは甘い味がした。おやつに欲しいかも」
「あ~、なるほど。んーと、でも駄目です、ミア」
セラフィが指を交差させてバツ印を作る。
「これは駄目です。甘いものが欲しかったらシルファ様にねだって下さい」
「セラフィまで変なこと言わないでよ」
「変じゃありません。私はミアにはシルファ様をもっと好きになってほしいですから」
「セラフィ、いい加減にしろ」
シルファも余計なおせっかいだと思ったのか、話を元に戻す。
「ミアを襲った女の身元は? これまでにミアと何か接点があったのか?」
「あ。それをミアに聞いてみようと思っていたんです」
セラフィも一瞬で頭を切り替えて、ミアを見た。ミア咄嗟に横に首を振る。
「知らない人だと思う」
「思うって?」
シルファが見逃さずにミアを見た。
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